6章 魔法と共にある日常
夜道を歩いていたらデースマースというオッサンに話しかけられて、魔法使いにされた。
その後は基礎的な魔法の使い方と、魔力の存在、そして魔力は使い過ぎるとガス欠を起こすから気を付けろということを教えられ、言いたいことを言い終えたデースマースは煙のように消えてしまったという。
アイに詳しく経緯を聞いてみたらそんな一連の流れを教えられたものの、どうやら名前以外は有用な情報がないようだった。これだけでは正直、何かを探ろうにも難しいだろう。
さて、朝からセンセーショナルな出来事もあったがとにかく学校にも着き、俺たちはいつもの学園生活を過ごすことになった。
正直なことを言えば学校なんてサボって今すぐ祖国に連絡を取りたかったが、祖国も今の時間は軍事行動に忙しいだろう。放課後までは大人しく情報収集に努めたほうがよさそうだ。
「時にクロ、一つ聞きたいことがあるんだが」
朝のHR前、何故かいたく真面目な顔をしくさった鳳輔が声を潜めてそんなことを聞いてきた。この男が真面目な顔をしている時はだいたい不真面目なことを言う時なので、こちらはさして真面目ではない顔で応対する。
「女性のな、服を、服をな、スケスケにするアレってあるのか?」
やっぱりだった。
ちなみに魔法の話を人前ですると頭がファンタジーな子だと思われてしまうので、アレという抽象的な言葉で表すことに決めたらしい。でも女性の服を透明にするアレっていう言葉の羅列自体が正気の沙汰ではないから無意味な気もするのだがどうだろう?
「あー……俺もアレ使いになることを断った身だから詳しく知らないけど、アレってそんなにピンポイントで精度よくないんじゃないか? 皮膚とか肉とか臓器とかあるし、どの段階まで透明にするか調整難しそうだろ」
「ああ、確かにそうだな。スケスケにして胸を見ようとしたら乳癌を発見してしまう可能性もありそうだ」
ちなみに魔法界では性被害を防ぐため、衣服を透明にする魔法が禁じられている。不可視の魔法のように人間をブラインド状態にすることはできるのだが、許されているのはせいぜいそれくらいだ。
「しかしなクロ、俺は性衝動に関しては諦めたくない男なんだ。調整が難しいなら慣れてもらえばいいだろう。俺の口八丁手八丁でアイを説得してくる」
「お前の話術は八丁もないだろ、零丁だろ」
「それは一丁前ってことでよろしいか?」
「ポジティブだな」
見上げたネバーギブアップ精神を持った鳳輔が、九州男児のような大股でアイのほうに向かって歩いていく。ハルと談笑しているアイが鳳輔に存在に気づき、着せ替え人形のように大きな目を向けていた。
そして何かを二言三言話し、アメリカンな笑いを交わし合い、最終的には飴ちゃんを貰って鳳輔が帰還した。
「クロ、説教されたぜ!」
「その割には賑々しかったな」
服こそスケスケにできなかったが、飴を貰ってご満悦のようだった。美味しいものを与えられたら満足してしまうのはうちのハルに似ている。
「なんか鳳輔が変なこと聞いてきたんだけど、クロくんの差し金ー?」
と、思ったらアイとハルもこちらに来ていた。
「いやめちゃめちゃ鳳輔発案だろ。俺が携わってるならもっとこう、世間様がスタンディングオベーションするような見上げるべきアレの使い方を提案するね」
「でもクロって意外とアレだからねぇ……」
アイの後ろでハルが呆れたような口調でそんなことを言うが、アレってなんだよ。そのアレは魔法じゃなくてスケベとかいやらしいとかそういう意味でのアレだろ。
「ちなみにクロくんにも言っておくけど、服を透明にするアレは使えないからね。あたしが教わったのは、えーっと……浮遊と煙幕と防壁と変形と生成とかいうアレの5つだけだから」
こちらの世界では初等科で習うような基礎魔法だ。兵士にならずとも、国民なら全員が習得する基礎中の基礎。
それを考えると、アイは本当にただ魔法使いにされただけなんだな、と少しだけ拍子抜けする。もしもデースマースとやらがアイを戦力として使うなら攻撃魔法を覚えさせるだろうし、なにかの手駒として使うなら姿を変えたりするスパイ向けの魔法を教えるだろう。
今のアイは、ただ空を飛んで、簡単なモノを魔法で作り出せるだけの存在だ。こんな状態じゃ、どんな思惑があったとしても役に立たない。
……逆にそのせいで、デースマースが何を考えているか分からなくて不安なのだが。
「なにっ、異性を惚れさせるアレとかは使えないのか!?」
鳳輔がのけぞるほど驚きながらそんなことを言っているが、もしかしてそんな使い方しか思い浮かばないのだろうか。
「ざーんねんでした。そのような用途にはご利用できませんー。ご自分で頑張れ」
「くそっ……こうなったら俺の実力で、小さなお子様から小さな大人まで全員を骨抜きにしてやる」
「鳳輔が低身長の人を好むことはよく分かった」
こう考えると、魔法使いにされたのが鳳輔じゃなくてアイでよかったなとつくづく思う。いや鳳輔が実は魔法使いなんじゃないかという疑いはまだ消えていないけど、もしも鳳輔が魔法を使えたら、スカートの女性を浮遊させて空一面にパンツ畑を作ることくらいやりかねない。
「あれ、鳳輔もアレ使えるんじゃないの?」
と、急にブッ込んできたのはハルだった。あまりの突然っぷりに俺までもが目を剥いてハルのほうを見てしまう。
「え、な、何言ってるんだよハルちゃん。俺はアレ使いなんかじゃねえって。聞いたろ? 田辺って人に誘われたけど断ったって」
不意を突かれた鳳輔が狼狽えながら応えているが、さっきは確か田中とかいう人に誘われたって言ってただろと睨みを利かせる。
「あ、そうだっけ。ゴメンゴメン、アイがアレ使いになったって言った時に、『お前も』って言ってたから勘違いしちゃった」
ぺろりと舌を出しながらそう言ってのけつつ、ハルが俺のほうに意味深な視線を向けてくる。
「え、あぁ、そんなこと言ったっけ? ダイナマイトな言い間違いだな、悪いなハルちゃん」
「そういえば、委員長もさ……」
そこで俺は咳き込んだ振りをして言葉を切り、鳳輔の様子を窺いながら続ける。
「委員長も、アレで空を飛んだら少しは元気になるかもしれないな。ほら、最近元気がなさそうだったし」
「ああ! そうだな! 今度誘ってみようぜ、な、アイ!」
俺のそんな揺さぶりを聞いて、鳳輔は全く動揺していないどころか、むしろ話題が変わってラッキーとでも言いたげな表情を浮かべていた。
その様子を見るに、諜報員が記憶改竄をしくじったわけではなさそうだ。もしかしたら委員長が魔法使いだということを憶えていて『お前も』に繋がったのではないかと思ったが、そうでもないらしい。
……そういえば、委員長にも話を聞いておかなければならないだろう。
昨日までは杖の出自について『もう少し元気を取り戻したら聞こう』なんて悠長なことを考えていたが、人を魔法使いにする輩が現れたとなれば話は別だ。少しでも早く情報を聞き出さなければならないだろう。
そんなことを考えて――。
――放課後、俺とハルは委員長に話を聞くため、3年生の教室が面並ぶフロアに来ていた。
よっぽどのことでもない限り、1年坊が3年生の教室に来ることなんて無いだろう。俺もハルもこの学校に入ってから初めて来たフロアだ。
ただでさえ下級生がうろついているだけで目立つのに、ハルは口惜しいことに見た目だけなら花丸をあげちゃえるくらいなので、廊下にいる3年生から視線の圧を感じまくってしまう。尤もハルは視線に疎いので、なぜか隣にいる俺が恐縮しまくってしまうのだが。
「おいハル、お前今だけブスになれないか?」
「クロが今だけイケメンになれるなら検討するわ」
とても残酷なことを言われて少しだけ頬を濡らしながら、委員長が属しているという3年6組を探していく。
元々3年4組までしかなかったのに受け入れ人数の増加で教室を増やした関係で、3年4組までは横並びに続いているのだが、それ以降のクラスに関しては校舎内の至るところに点々としているらしい。そういう事情もあって、3年6組を見つけるのには中々苦労した。
しかしやがて6組を見つけた俺たちは、開け放たれた扉から教室内を窺い見て、委員長の姿を探していく。
「いるか?」
「見つからないわね、トイレかしら。ちょっと男子トイレ見てきてもらえる?」
「委員長が男子トイレにいたら鳳輔が興奮しちゃうだろ。……ん?」
たわごとを抜かしながら教室内を探していると、扉の近くに座っていた女子生徒が見かねて俺たちのほうへ向かって歩いてきた。
「うーっすジャリどもー。なに、3年になんか用?」
いきなり気さくな先輩だな……と思ってその顔を見てみると、よく見知った学園祭実行委員会の先輩だった。とはいえ3年生はこの前の学園祭で引退したので、元実行委員と言うほうが正しいのだろうが。
「あ、先輩。おひさっす」
「なに、アタシに会いに来たん? 可愛い後輩じゃねーの、帰りにサ店でも連れてってやろうか?」
「いや、実は委員長を訪ねてきたんですよ」
「なに、アタシに会いに来たん? 可愛い後輩じゃねーの」
「え、全然人の話聞かないじゃん……」
実は来年の学園祭実行委員会で不安なところがありまして~……みたいに適当な御託を並べつつ、再度委員長との面会を要求すると、先輩は渋い顔をしながら首を捻る。
「うーん……実はな、委員長いねえのよ。なんか休学に近い感じらしくてなあ」
「えっ、なにかあったんですか?」
なにかしたのは俺たちだろと自分でも思いつつ、何も知らない後輩を装ってそう尋ねる。なんだか心が痛いのは気のせいだろうか。
「いやホラ、学園祭終わった後さ、委員長スッゲ萎びてたじゃんか。燃え尽き症候群的な。んーでアタシたちが色々元気付けてあげようとしてたんだけど、マジ復活しなくてさ」
「なるほど……」
「で、免許取るって消えてった」
「ん? 急に話が分からない」
「だぁらさ、運転免許取りに行ってんのよ委員長。なんか日本中を回ってケンブン広めたいーみたいなこと言ってさ。あ、センセには体調不良で休んでるってことになってるから言うなよ?」
まさか運転免許を取るために姿を消しているとは思わず、ハルと顔を見合わせてしまう。
「申請出さなくても免許取れるガッコで助かったわ。隠れて取り放題だもん。委員長もマジラッキー」
「え、でも受験前ですよね。も、バリバリ勉強する時期ですよね」
「や、アタシはそうだけどー、委員長はマジ頭ハンパネーから。こん前まで大学行く気なかったみたいだけどぉ、なんか模試でナントカ大学のナントカ学部っつーイイトコの大学がA判定だったらしーわ。や、脳みその1割でいいから交換してほしいわマジで」
「………………」
確かに将来の希望を打ち砕いたのは俺たちだけど、まさか日本を旅する計画を立てているとは思わなかった。
いや……でもある種、納得できる選択なのかもしれない。
この学校に来るまでの委員長は親の言うことに従うばかりの人間だったらしいし、高校入学後は学園生活を楽しみながら、復讐を企む親をどう止めるか考えていたはずだ。世界の広さを気に掛ける余裕なんてなかっただろうし、視野を広げてみたいと思うのも当然なのだろう。
「え、じゃあ、委員長に連絡取りたい場合はメッセージ送るしかないんですか」
「そーなるわなー。でも最近の委員長って返信率ワリーぞ。だから送るだけ送って、気長に待つのがいいんじゃねーかな」
「なるほど、そうします」
できれば今すぐ情報を聞き出したかったが、そういう事情なら引かざるを得ないだろう。
とりあえず後でメッセージを送っておいて、返信を待つしかなさそうだ。しかし夢を打ち砕いた張本人である俺たちに快い反応をしてくれるかは五分五分だろう。
「で、クロたちン用はそんだけ?」
「え? ええまあ、それだけですけど」
「んじゃさあ、次はアタシが聞きたいんだけど、あんたらってどこまでイったん? 認知した?」
「またそれか!」
後夜祭で俺とハルが踊り狂っているのを見た先輩方に、その後の打ち上げでは大いにいじられたものだ。しかも鳳輔経由で同居しているという事実まで知られてしまい、先輩方の中ではもう淫猥な二人だと見做されているらしい。
「いいから答えろよ後輩ィー。ていうかどういうところが好きなん? あんたらどこがラブラブチュッチュなん?」
「あの、そういう心の柔らかいところをツンツンされると気まずいんで、もうちょっと優しい質問からしてもらっていいですかね」
「あー? 例えばどんなん」
「もっとこう、あんたらどんな貝が好きなのとか……」
「しょーもねえ。アタシは受験でストレス溜まってんの、後輩が高校生にしては度の過ぎた恋愛というか濁愛をしてどれだけお友達と差ぁつけてんのが知りたいの!」
「悪いほうの差はつけたくないんですけど」
なんて抵抗をしていると、俺の隣で成り行きを見守っていたハルが突然前に出てきて、謎のダブルピースをかましながら今世紀一番のしたり顔をする。
「私たち、今度水族館行くの。どや!」
くそっ、嬉しそうに報告しやがった!
しかしそんな報告を聞いた先輩は、人の家に遊びに行ったらブラウン管テレビを見つけたかのような表情でハルを見はじめる。
「え、オメそれ、そんなドヤ顔で報告するレベルでもねえだろ?」
「でも初めてのお出かけ!」
「え、それマジなん?」
「マジ!」
「…………クロぉー。ちょっと来いや」
先輩は俺の肩に腕を回し、ハルから離れて廊下の隅っこまで連れて行く。
「オメ、マジなん? 一緒に暮らしててロクなところにも連れてってねえの?」
「や、まあ、ハイ。ちょっとあの、金と心の余裕がなくて」
「かーッ! 甲斐性無しかオメーは。ミジメな顔してねーでシャンとしろや。そだ、ちょっと待ってろ」
別に今はミジメな顔をしているわけではないと思うのだが、先輩は携帯電話のカバーを外し、その中から五千円を取り出して俺のポケットに忍ばせる。
「コレ、アタシの虎の子。五千円な。いいモン食わせてやれよ、肉にしろ肉に」
「え、いいんですか。あの、利子とか担保とか……」
「返済の必要とかねーよ。テメコラ、初デートだろ。サイコーの思い出作ってやれよ、できなきゃ玉を潰すぞ玉を。いや事前に潰しとくわ」
「いててててて玉が2つに減る!」
「オメ初期状態いくつあんだよ」
先輩の手が俺の玉を解放して、ポケットの中にはくしゃくしゃになった5千円だけが残った。
「ありがとうござい……いてぇ……ます先輩。本気でハルを楽しませてきます」
「おう。あ、水族館の帰りなんだけどな、休憩だと最後のほう時間がなくてバタバタしちゃうから宿泊にしとけよ」
「やー、なんのこと言ってるかさっぱりー」
最後にもう一度お礼を言ってから、ハルのほうに戻っていく。
「どしたのクロ。なんか叫んでなかった?」
「睾丸1つにつき5千円貰えるキャンペーンやってた」
「わ、闇医者よりあくどいレート」
「んじゃ、委員長もいなかったし、そろそろ帰るか」
そうすべ、と言いながらハルが先輩に向かって手を振り、俺たちは1年の教室に戻っていく。
しかし、デースマースとかいうアブない男がヤバいことをしているというのに、本当に水族館に行っている余裕があるのだろうか。
そんなことを考えたが、ハルには言わずに心の中にしまっておいた。




