Interlude ~いつでも元気な太陽ガール?~
※Interludeは登場人物の心情をより深く理解するための番外編です。
こちらを読まなくても、本編が支障なくお楽しみいただけるような作りになっております。
ベッドの上でゴロつき始めてから何時間経っただろう。時計を見て現実と向き合わなければという思いと、時計を見なければいつまでも怠惰に過ごせるのではないかという相反する思いが心中で喧嘩をしている。
それでも観念して携帯で時刻を検めると、こんな非生産的なことを始めてから2時間近くが経過していた。それでも全身に力が入らず、どうでもいいやという思いと共に携帯を適当な箇所へとほっぽりだす。
あたしの名前は朝霞愛美、高校一年生。おチビな身長とおチビに相応しい貧相な体を持ち、立派な高校生だというのに小学六年生と間違われたこともあるガキ臭い女だ。
学校では明るいキャラとして通っており、女子トモから「マナっちはいつも明るいよねー」と言われたこともある(アイと呼んでくれと言っているのだが、お昼メイトたちには何故かマナっちというアダ名で通されているのだ)。そんな時は持ち前の笑顔を見せながら「でしょう!」と言うのだが、正直なことを言うと内面は全然そんなことなどない。
笑顔を見せるのは、それが一番苦労しないと思ったから。
一人でいる時はいつも仏頂面で、何に対してもつまらなさそうな顔をしている……と、自分では思う。
それでもムリヤリ笑顔を浮かべているわけではなく、パッシブスキルとして自動的に発動するものなのだ。別に苦痛なわけじゃない、そういう自分であろうと思っているだけ。
誰だってそうだとは思うけど、グループによって見せる顔は違うはず。一人称だって変わるかもしれない。家族の前だと俺だけど、会社では僕で、知らない相手には私で通す――みたいな。
ええと、なんかごちゃついてきたけど、つまりは「明るいヤツだと思われることが多いけど、実はそんなことないんだよ」っていう当たり前のことを言いたいだけ。自然発生した根明な人たちと違って、あたしの性格は後天的の養殖モノ。まあ、別にだからといってどうということはないけど。
天然モノの前向き人間なら休日という概念が存在しないかの如く、毎日様々な予定を入れてたりするだろう。そうでなくともたまの休日を自分磨きに使ったり、汗ばむ程度の軽い運動をしてみたり、お風呂にバスオイルでも垂らして優雅なフレグランスと共に半身浴なんかをしているはずだ。偏見かもしれないけど。
しかし養殖モノのあたしはそこまで徹底できるわけでもなく、週に1日は1人の時間が欲しいと思うタイプだ。意識高い何かをするわけでもなく、ただただベッドの上でゴロゴロとして、時には携帯をいじって、時にはぼーっとして、時には自分でも知らぬ間に眠りこける。学生という身分に甘えたダメ人間って感じだ。
でも一人の時間が欲しいのだ。これはもう誰に改善を促されても全力で現状維持を訴える自信がある。
「……あー……」
喉の奥からガサついた声が漏れ出る。長いこと水分を摂っていないせいか喉はカサつき、風邪一歩手前を思い出すような状態だ。
あたしは億劫そうに上半身を起こすと、枕もとで静かに佇むジュースを掴み、ペットボトルのケツを天に向けながら全ての中身を飲み干した。底に沈殿したオレンジジュースの濃い部分が喉を刺激し、小さな咳となって喉を責め立てる。
「………………」
せっかく起き上がったのだから何か生産性のあることをしよう、珍しくそう思った。
だが生産性のあることとは?という議題に随分悩まされ、気づけば机の上に転がっていた毛抜きで足の毛を抜いていた。目の前で横倒しにされた携帯には、動画サイトがオススメしてきた面白くもつまらなくもない動画が流れている。
それを見ながらぷちぷちと、ぷちぷちと、ぷちぷちと……。
眠る一歩手前にもよく似た緩慢な意識の中に、毛抜きと同時に発生した仄かな痛みが混ざり合い、怠惰と痛みが交互に襲い来る。マトモな時の自分なら自分に呆れ果ててすぐに止めてしまうのだが、堕落しきった自分にはまるでサウナのととのいに近い桃源郷感を与えてくれる。
ぷちぷち、ぷちぷち、ぷちぷち……。
えー、まー、毛を抜きながらの雑談なんですけれども。
以前鳳輔がですね、クラスで可愛い女の子の排泄を見てしまったんですって。小学生の頃の話なんですけど。なんだっけ、サマーキャンプで学校に泊まった時に、夜のトイレが怖くて茂みでしていたら見つかった……みたいな。
それを見た時の感想を教えられたんですけど(教えんなよそんなもん)、人間の奥深さを実感したんですって。なんだそりゃ。
クラスでは可愛くて面白い女子として通ってた子なんだけど、生活の中でトップクラスに汚いワンシーンを見た鳳輔は、むしろその子を身近に感じたみたい。今まで平面としか捉えてなかった女子が立体に見えたとか、やっぱり人間意外性が大事だよなとか。
妙に興奮していたのが癇に障るが、言いたいことは分からないでもない。
可愛い、面白い、なんて印象だけじゃ漫画やアニメの中の登場人物と同じで、誰かに見られていることを意識した一面だけしか捉えられていない。その人が表では見せない一面を見て、ようやく人物という立体的な存在に昇華させることができる。そういうふうに解釈していいのならば、鳳輔の気持ちが分かると声を大にして言える。
そのことと関係があるのかは分からないけど、あたしは今まで俳優とかアイドルとかにハマったことがない。なんというか、キャラクターではあるんだけど、人物ではない……みたいな感じ。
むしろ不倫発覚とか裏ではパワハラとか、そういう人間臭い報道が出回って初めて好感度が上がる。全く自分のことながら損な感性してると思う。
えー、とはいえ、こんなあたしの姿を鳳輔に見せられるかと問われれば、それはまた話が変わってくる。
そりゃ立体的に捉えてもらいたいという気持ちはあるが、だからといってわざわざダメな自分を見せるのは気が引けるのだ。津々浦々の皆様方も、好感度が上がると囁かれたところで人前では排泄などできまい。それと同じような感じ。
しかしそんな乙女心とは相反するように、こんな自分を受け入れてほしいという別の乙女心も存在する。ゴロゴロするあたしの頭を撫でてほしいし、全肯定してほしいし、他愛のない愚痴を聞いてほしい。ダメな自分まで愛してもらって、相手の愛に溺れたいのだ。
いやあ、我ながら勝手な女だね。ダメな自分を肯定してくれって、相手に与える心理的負荷を考えちゃいない。でも、分かっているけど分かりたくないんだ。
誰だってそうでしょう? 無条件に愛されたいし、無条件に愛してみたい。
ダメな一面すら愛らしいエクボに見えるくらい好いてほしいの。
「いっ……」
無意識の中で毛抜きを続けていたが、うっかり肌と肉を挟んでしまって我に返る。毛抜きによって挟まれてしまった腿の肉には哀れにも僅かなへこみが生じているが、どうやら傷はついていないようで一安心だ。
えーと、何の話だったっけ?
まあ、どうでもいいか。
とりあえず笑顔浮かべとこ、笑顔。
「にこっ」
日頃から浮かべているせいで、音速クラスで出せるようになってしまった笑顔をぶちかますが、向ける相手がいないせいかどこかくすんでいた。
「………………」
バカらしくなって元の仏頂面に戻り、毛抜きをポイして体を起こし、部屋を出てリビングに向かう。何もしていなくても腹は減る。
夕方を極めた17時だというのに、リビングはしんと静まり返っていた。電気は消え、人の気配もなく、事故物件に来たかのような空気の冷たさだ。
「あー…………」
なるほど、浮気か。
いや離婚済みだから浮気とも違うな……デートか。
いやいや、デート未満か。
両親は数年前に離婚していて、あたしは母と二人暮らしだ。離婚当時から精神状態に危うい箇所はあったのだが、お兄ちゃんが犯罪者として報道されたことで近所から腫れもの扱いをされるようになり、今では立派なヒステリーマダム。金切り声を上げながらコップを投げつけてきたり、あたしが全部悪いんでしょとか怒鳴りながら果物ナイフで手首に平行線を描いたり、てんやわんやの毎日だ。
そんな母も職場では大人しくしているようで、勤務態度は結構真面目らしい。それとオトコの前でも淑やかというか、シナを作っていやらしい女になる。何度か家にオトコを連れ込んでいたから、その悍ましさはよく知っている。
別にその男と恋愛関係にあるわけじゃなくて――というか母が一方的に乗り気なのだろうけど――まあ、つまりは遊ばれているのだ。でも母は弄ばれているなんて一切思っておらず、自分にはまだまだ魅力があると増長し、一方的にどんどんと消費されていくだけ。
大学生になったらこんな家出られるかな、とも思っているが、それでもそんな母親の稼いだお金で学校に行けているのも事実だ。憐憫と感謝を50:50でブレンドした感情を向けるしかない。
「………………」
いや、憐憫を感謝を混ぜている場合でもない。あたしは腹が減ったのだ。
仕方ないのでテキトーに眉を描いて、目元に少しだけシャドウを入れ(張り切り過ぎるとファラオみたいになるのだ、誰か上手なやり方を教えてほしい)、顔の下半分はマスクで覆い隠して家を出る。
10月の暑くもなく寒くもない気温が体を覆い、心地よさとも違う変な感覚に襲われた。これはアレだ、風呂の温度が想像以上に温くなっていて、でも追い炊きするほど浸かるわけでもないからこれで我慢するか――と思いながら入る時の感覚だ。
別に手が凍えているわけでもないが、なんとなくクセで両手をポケットにしまいこみ、若干前のめりになりながらコンビニを目指して歩いていく。コンビニから数百メートル先に行けば激安スーパーがあるが、あたしの腹はもう胃酸を喉に押し上げてくるほどの暴動を起こしているので、近場のコンビニで我慢するしかない。
さーて何を買うか。たまの休日なんだし、ガッツリとホットスナックにでも齧りつくかな? いやいやこの前それで根気強いニキビができたのをお忘れか。ここは胃にも肌にも優しいヨーグルトをだな。いや、この胃袋はそれしきの白い汁では満たされぬ。
「お、アイじゃん」
衝突注意の看板が立てられたクロスロードを通ろうとしたら、丁度曲がってきた鳳輔と鉢合わせる。
カチリ、と自分の中のスイッチがオンになった。
「やーやー鳳輔じゃーん。なにしてるのこんなとこで、風俗帰り?」
「おう、数多の女子たちに股を開かれてきたぜ」
「せめて開いてきなよ」
幼馴染と2人の時にしか出せない下ネタを出しつつ、鳳輔が手に持っている袋のロゴを確認する。先ほど目的地候補から却下された激安スーパーの安っぽいロゴがでかでかとプリントされていた。
「なにさ、買い物帰り?」
「お袋に夕飯の買い出し頼まれちまってなぁ。ま、俺も入り用のブツがあったから丁度よかったんだけどな」
「へー、ちくわとか?」
「おい、俺がいつも筒状の何かを求めていると思うなよ。全くけしからん女だ、こんなはしたない娘を産んだ両親の顔と娘を作っている時の動画を見てみたい」
「さりげなく人の親のいやらしい動画を要求しないで」
で、一体何を欲してたの? と聞いてみると、視線を逸らしながらチョコケーキを見せてきた。何事もない休日に浮かれてケーキを食べるからって恥ずかしそうにしないでほしい。
「あ、そうだ。アイ、ちょっと口を開けてくれ」
「えっ、こんな往来で口を使った淫猥な真似を……!?」
「誰が道ばたでオーラルプレイを要求するか、人に見せられるほど逞しいアレではねえ。いいから意を決して口を開けてみろ、ほらあーんしろあーん」
覚悟を決めて口を開けてみると、鳳輔はスーパーの袋から何かを取り出し、あたしの口の中にぽいっと投げ入れた。
「あつッッッ!」
マグマの塊を投げ入れられたのかと思い、この世のものとは思えない声を上げてしまう。
しかしそれを吐き出さなかったのは、口の中にソースと青のりと鰹節の味が広がっていたからだ。この3種を味わえるのは大抵お好み焼きか、それとも……。
「あ、ゴメン、まだ熱かったか? 結構時間経ってるからもう冷めたと思ってたんだけど……」
「ひ、ひや、いひないはっははらおほろいはだへ……」
いきなりだったから驚いただけと言ったのだが、口の中に侵入してきたのは想像以上に巨大なタコ焼きなようで、歯が全部失われたかのような喋り方しかできなかった。
それでも鳳輔には通じたようで、それはよかったと言いながら頷いていた。
「お前、また昼飯をテキトーに済ませたろ。あんまり顔色よくないぞ、腹減ってたんだろ?」
「……ん」
「もうこのたこ焼き半分食べていいから、さっさと顔色戻せ。飲み差しでいいなら水もあるぞ」
「……ん、んっ。……ありがと」
口の中で縦横無尽に転がっていたタコ焼きを嚥下し、素直にお礼を言う。そんな私を見ながら、鳳輔もタコ焼きを一つ頬張った。
「あつッッッ!」
いきなり食べなければそこまで熱くないタコ焼きなのだが、猫舌気味の鳳輔はこの世の終わりみたいな声を上げて苦しんだ。
「あ、あっぶねぇ、死体検案書の死亡原因欄にタコ焼きって書かれるとこだったぜ。……ところでアイはどこ行く予定だったんだ? 風俗?」
「あーそうそう、ゲロマブな嬢さまたちと二輪車をお楽しみにあがりたくてねぇ」
母親が夕飯を放棄してデートに出たから、自分で買い物に行くんだよ……と言うのは憚られたので、適当なことを言って誤魔化した。
……のだが、鳳輔には感付かれてしまったようだ。
「あー……風俗行く前に、ウチで英気を養ってけよ。今日はちょっと米を多く炊きすぎてな、中学軟式野球部並の食欲と性欲を持つ輩を鶴ヶ島家は随時募集中だ。我が家の逆米騒動を助けると思って、まあ、一口食べに来いよ」
嘘がへたっぴだ。鳳輔はいつも右上を見ながら嘘をついてしまう。
でもそれはあたしも同じなのだろう。先ほどの誤魔化しを感付かれた時点で、似たもの同士だとすぐに分かる。
あたしは後頭部あたりを少しだけ掻いて、視線を逸らした。そして暮れなずむ街並みだけを視界に入れながら、少しだけ素の仏頂面を出してしまいながら言う。
「あー、じゃあ、ご相伴に預かろうかな? お金は出すよ、無銭飲食は詐欺罪に値するからね」
「要らないって言ってもお前は払うからなー。いっそのこと吹っ掛けてみようかな」
「お、その時は顧問弁護士の出番だね。法廷で裁き合っちゃうよ」
「じゃあその時は俺も肛門弁護士を繰り出すね。法廷で触り合っちゃうよ」
何故か昔から、鳳輔の家族には優しくしてもらっている。兄の事件以降も対応を変えない唯一の家庭だ。
だからご飯を一緒に食べることくらいはよくあることなのだが、まあ、理由が母の遊び惚けというのだからなんだか申し訳ない。いつか大きな恩返しができたらいいなと思う。
鳳輔とくだらないことを話し合いながら、夕暮れの街路を歩いていく。
今日は誰とも会わずに、一日中ゴロゴロする日だったはずだ。
だけど、なんだかんだ言っても、偶然誰かと会えると嬉しくなってしまうのが面倒臭い自分のサガ。
いや、会えた相手が好きな人だからかな?
「ねえ、ア鳳輔」
「アホウドリみたいに言うな」
「なんか、あたし、元気出たかもしれない」
「……そりゃよかった」
夕日が伸ばした2つの影が、街路に伸びて重なるくらいの距離感で。
あたしたちは鶴ヶ島家に向かって歩いていく。
さっきあたしは、「笑顔を見せるのは、それが一番苦労しないと思ったから」と言ったけど。
もしかしたら、そんな小賢しい理屈を抜きにして笑顔を見せたい人が、本当に好きな人なのかもね。
……なんて、恋に脳を支配されたバカ女みたいなことを言ってみたりもする。
気づけば、つまらない休日が、いつもの日常へと変わっていた。
あたしの日常は、大体こんな感じ。
人が毎日眠るように、時々明るさを忘れて暗くもなるけど、それも含めて朝霞愛美の人生だ。
あなたにも人には見せられない一面って、あるのかな?




