4章 咎を背負いし男の末路
かつては地元の患者を一手に引き受けていた遠之原医療センターは、時代の流れと共に廃業を余儀なくされ、今や建物は廃病院として佇むのみだった。手入れをする者がいなくなった建物は、数多の蔦や雑草に塗れて鬱蒼と茂り、もはや立ち入る者などいるはずもない。
……人目を忍んで悪事を働く無法者を除けば、だが。
廃病院の周囲こそ朽ち果てて荒れ放題になっているが、階段を上った2階は随分と綺麗なものだった。まるで今でも患者を待っているのではないかと錯覚してしまうほどに、埃一つすら転がっていない。
廃病院を装うために窓ガラスが割れている点だけはいただけないが、よく見れば魔法による膜が張られて窓代わりとなっていた。
2階の廊下を歩いた先の突き当りには、厳かな扉が聳えている。扉の頭上に掲げられた金色のプレートには、あまりにも偉そうな字体で院長室と刻まれていた。
院長室の扉には生意気にも魔法による施錠を施されていたが、想定の範囲内だ。俺は音もなく施錠を破壊し、マホガニー材の扉を蹴破る。
「……これはまた、随分蓄えたもんだな」
院長室の中は改造し尽くされ、経営事務作業など到底捗らなさそうな内装へと変わっていた。まるでサイコな研究施設を思わせるかのように並んだ培養液の水槽、ホルマリン漬けの臓器、反吐が出るほど非人道的な内容が綴られた書類、そしてエメラルドグリーンの蛍光灯を点滅させる謎の機械。
その真ん中に立っているのは、どこか胡乱な目をしたアブない男。薬の常習犯と言われれば手を打って納得してしまうほど、その目はクリーミーに濁り切っていた。
「ズウォーキン・イシャク元軍医中佐とお見受けするが、宜しいか?」
手持ちの資料と照合しながら、諜報員が男に向かって問いかける。
男は――諜報員の声が聞こえていないかのように、あらぬ方向を向いていた。聞き取れない何かをぶつぶつと呟きながら、眼球だけを動かして壁に並ぶ臓器の水槽を一瞥する。そして俊敏な動きで、手持ちのメモへと文字を殴り書きし始めた。
その姿はあまりにも一心不乱。敏腕サラリーマンのような容姿も相まって、まるで在庫棚卸をしているかのよう。もしくは品質管理の点検を行う管理団体のようで……。
「……ん?」
不意に彼の眼球が蠢き、俺たちの姿を視認した。
その刹那、歯の9割が金歯に挿げ替えられた口を大きく開いて笑い、満面の笑みで俺たちの方へと近づいてくる。
「やあ、これは! 3年と21日と18時間32分56秒ぶりのお客様! さあどうぞこちらの椅子へとお座りください、今ウェルカムドリンクをお持ちいたしましょう! チャイはお好きですかな?」
どうぞと差し出された椅子は、どう見ても横倒しになった水槽だった。中には夜空のような色の培養液がさざめいて、その中で無重力かのように膵臓が揺蕩っている。
あまりにも趣味が悪い椅子に俺たちが引いていると、恐らくイシャクと思われる男は自分勝手にテンションを上げ、部屋の隅でうず高く積もっていた書類を手に取る。
「もし宜しければアンケートにお答えください。いえいえご心配なさらず、3分55秒もあれば済む内容ですから! お答えいただいた方には協力のお礼として気の利いた茶葉と当店オリジナルのレシピをプレゼント致します! チャイはお好きですかな?」
「………………」
なんだか先制攻撃でも受けたかのように気が削がれてしまったが、ここで大人しくティーを召し上がるわけにはいかない。俺は隣のハルと視線を合わせてから、イシャクに向かって一歩踏み出した。
「……客扱いは結構。ズウォーキン・イシャク、新生児眼球摘出事件の重要参考人として話を聞かせていただきたい」
「ほう?」
俺が事件名を出すや、イシャクは懐かしそうな声を出して、虚空に向かってうっとりとした表情を浮かべ始める。この世の終わりレベルの気色悪さだった。
「ああ、14年と11ヶ月と29日前の事件が今現在も世に憚る広告となるとは、やはりマーケティングとは経営者にとって重要な手法の一つですなあ。つまりお客様は、新鮮な眼球を求めてこちらにいらっしゃったということでしょうか? それは結構! どうぞごゆっくりご覧くださいませ、ただいま当店では眼球のカラーリングを好きな色へと変更するデラックスサービスを実施中でございます。眼球への入れ墨や発光処理なんかも承っておりますよ、是非よしなに」
「……御託はさて置き、事件への関与を認めると?」
「勿論! あの事件は我がイシャク・トランスプラントの仕入れ活動になります。確かー……当時採取した商品はこちらに御座います。ええ、この『E-5768』というラベルが貼られた棚ですね!」
イシャクが指し示した水槽には培養液がこれでもかというほど詰め込まれ、そこに17個ほどの眼球が気ままに浮遊していた。何かを識別する為か、それぞれの眼球には1~17番の数字が書かれたラベルが付けられている。
「クロ、あれ!」
いち早く気付いたハルが、水槽の横に書かれた文字を指さす。そこには『8番 星宮朱莉 女 2806グラム』という文字と共に、眼球を抜き去る前の赤子の写真が小さく添付されていた。
もし8番という番号が眼球の番号と一致するのであれば、この水槽に揺蕩う8番の眼球が星宮の物ということになるだろう。
「……やっぱり、成長促進が施されていたか……!」
諜報員からズウォーキン・イシャクの情報を聞いた時から、ずっと不思議に思っていたことがあった。何故、わざわざ赤ん坊から臓器を抜き取るのか。
赤子の成長速度は目を見張るほど、とりわけ新生児ともなれば僅か数ヵ月で大きく変化する。そんな赤子の目を抜き取ったところで、同年代の移殖相手が見つかる可能性は低いだろう。1年でも違えばサイズに差異が生じてしまう臓器など、保有しておく価値がない。
しかし奴が『ゼロ』という戦争煽動犯罪組織と取引をしていると聞いた時、その用途について仮説が立った。恐らく戦争によって生み出された身体欠損者へと臓器を移殖させる気なのだ。
無論、一掴み幾らの兵士に対してならば、適当な患者から見繕った臓器を移植させればよい。恐らく奴が取引相手として想定しているのは高官、高額報酬が期待できる軍の上層部や政府首脳、及びその家族だ。
高官を相手にするならばできるだけ状態の良い臓器が望ましい。その為にわざわざ赤子から臓器を抜き取り、成長調整剤の中で成長させて『綺麗な臓器』を作り出したのだ。経年劣化や外部刺激を少しも受けていない眼球は、そのまま解剖図鑑へ載せられるほど綺麗なのだから。
……当然、無理矢理成長させれば形状に歪な変化が生じる。故に、できる限り自然に成長させなくてはならない。想定通り、液体の中に浮かぶ星宮の眼球は、14歳の眼窩に丁度嵌りそうなサイズとなっていた。
「……営業トークは止めて、一旦俺の話を聞いてもらおう」
胡散臭くてキナ臭いセールストークを喋り続けるイシャクへと近づいていく。諜報員に発行してもらった法的根拠の記載された書類を取り出して、奴の眼前へと突きつけた。
「ズウォーキン・イシャク、国際連合の発令する全国統一法第玖条に基づいてお前を拘束する。就いては現在保有している贓物を提出し、中立国家の諜報員へと身柄を差し出せ」
「……ん?」
イシャクは俺から差し出された書類を満月よりも真ん丸な目で見て、勢いよく引っ手繰り、書簡を持った手を戦慄かせる。あまり人の話を聞かない男だとしても、書類に書かれた文字くらいは真面目に目を通すようだ。
「……証拠を押収ゥ……? 身柄を拘束した上、司法に行く末を委ねるだとォ……?」
そしてイシャクは一度だけ喉を鳴らして、俺たちの姿を見たかと思いきや――。
「ハ! 私、押収とかやだもんね! 人の嫌がることはしちゃいけません! 死ね! 第一、零細小売業がちょっとばかし法律を犯すのは当然でしょうが。お上が決めたルールなんてもんはねぇ、健全経営の優等生企業を基準に作られているんですよ! 中小はそんなルール守れませェん、残念でしたァ。ルールの逸脱は経営努力って言うんですゥ」
「そんな話誰もしてないだろ、話聞け! ……お前、産まれたばかりの赤ん坊から臓器を奪い取って、何とも思わないのか……!? ルールを気にするモラルがあるなら常識や社会通念を守る気概は無いのかよ!」
「笑止! 人の嘲笑を誘発させるのはやめていただきたい。いいですか、魔法すら使えない猿に人間の法を持ち出すこと自体がナンセンス! 畜生は畜生に相応しい末路を辿れば良いのです! こちらの世界の人間を人類扱いしないでいただきたい、不愉快千万!」
「お前も増長するタイプの魔法使いかよ……ッ」
とてつもなく間抜けな話ではあるのだが、こちらの世界にやってきた魔法使いは『魔法を使えないこちらの人間は格下』と勝手に見下して好き勝手やることが多い。得てしてそういう人種は魔法界で地位が低かった者ばかりなのだが、それでも魔法が使えるという一点だけで絶大なアドバンテージを得ている現実は変わらないのだ。
「……問答は不愉快なだけだな。大人しく出頭するか?」
「するわけないでしょう。私の緻密かつ綿密かつ精巧な計算によれば3分10秒後に貴方がたは首を垂れ、失禁することになるのですから」
イシャクがふところから杖を取り出し、舞台役者のように大仰に振るう。それに呼応するように部屋中の水槽が震え、やがて飛沫を巻き上げながら、水槽内より20を超える手が飛び出してきた。
夥しいほどの手が宙に浮き、こちらを牽制するようにイシャクの周囲を旋回している。いずれの手にも商品判別用のタグが付いていないので、恐らく売物ではなく迎撃用として事前に仕込んでいたのだろう。
浮遊魔法、物体を浮かせる初歩的な魔法だ。しかし非戦闘員の身分で20もの手を別々に動かしつつ、こちらへの警戒も怠らないのは称賛に値するだろう。
「私は元軍医! 時には戦場を駆け、会敵することもありましたとも! 戦闘支援兵科であっても力なくしてはこの世を生き延びられず、ただ散り行くのみ! 慄け、しゃらくさいクソガキ共!」
猛々しい号令と共に、イシャクが杖を振り下ろすと――虚空を浮遊していた手が一斉に俺たちへと襲い掛かる。
「ハル、どっちがやる?」
「任せた」
話し合いの末、ぽん、とハルが俺の背に手を添える。役割を任された俺は杖を取り出し、迫り来る手に向かって杖を掲げた。
その瞬間、時が凍り付いたかのように手が静止する。イシャクの操作権を一瞬にして奪い去り、奴の杖との接続を解除した。
まるで流星が地球へと落下するように、手が地面へと落ちていく。奴がどれほど杖を振るおうが、操作権を上書きされた手は地面にて沈黙し続けていた。
「な……に……ッ」
途端に優位を失い、イシャクが間抜けさと驚愕が混じり合った声を漏らす。そしてムキになったかのように杖を掲げ、その切っ先で床を殴りつけても、現状は何一つ変化しなかった。
「……僭越ながら申し上げておきますが」
誰がどう見てもミジメなイシャクに声をかけたのは、作法の教科書に載るほど美しい姿勢で壁際に立つ諜報員だった。
「こちらにましますお二人は、シロガラ国のシロガラ・G・クロスエッジとメース国のメース・M・ハルモニア、どちらも母国の正規兵であります。貴方の技術は後方支援担当の中では些かマシという段階、正規の軍人には到底敵いますまい」
「クロスエッジ……ハルモニア……?」
俺たちが魔法界で名乗っていた本名を告げられたイシャクは、記憶を手探るように考え込んだ。そして記憶を手繰り寄せた彼は、薄ら寒い笑みを浮かべて俺たちを見下す。
「あぁあぁ聞いたことがありますとも! 人殺しの為だけに作られた、シロガラ国とメース国の化物共! 戦争で戦うことだけを目的として造られた、人間と呼ぶことすら烏滸がましい兵器でありましょう!? 人権も無く、畜生未満の喋る『物』風情! まさかこんな顔をしていたとは、ああなんと知性の欠片も感じないマヌケ面!」
あらん限りの罵倒を繰り出しながら、再びイシャクが杖を振るった。地に横たわる手を操るのは諦めたのだろう、今度は部屋に転がる空の水槽が浮かび上がった。
奴の指揮によって雨霰のように降り注ぐ水槽を、半透明の障壁で全て防御する。戦力差は著しいのだろう、障壁には掠り傷一つ付いていない。
「こちらの世界で言えば、貴方がた『2個』は拳銃や戦車といった武器と同じ扱いですねえ。それが流暢に喋るなんて、ああ気持ち悪い! 兵器の自覚がなく、人間のように振る舞うなんて傲岸不遜! 私の推定した3分10秒を待つことなく首を垂れたほうがいい、お前たちは人間に満たない存在なのだから!」
「……まあ不本意ながら、魔法界ではそういう扱いを受けたりもしてるからな」
そういう扱いを受けることには慣れている。魔法界においては、俺たちは人語を喋ることができるだけの兵器という認識をされているのだから。
「でもな、ここは魔法界じゃない。魔法もなければ戦時中でもない世界だ。……そんな場所で人間を名乗ることくらいは赦されてもいいだろ?」
星を見て感動することも、友人とバカな話をすることも、誰かの恋心を案じることも。兵器として生み出された化物には決して成し得ないことだ。
人間だからこそ、自分を人間だと思えるからこそ、俺たちはこの世界で普通の日々を過ごすことができている。
「バァカ! つけ上がってもらっては困りますな! 人間としての価値など0、私の完璧な計算によればお前たちの生きる意味など0でしかない! 戦争兵器がレゾンデートルを語るなど身の程知らずでありましょう! すぐ死ね!」
遮二無二、イシャクが杖を振るい、室内のありとあらゆるものを投擲してくる。赤子から抜き取ったと思われる眼球や脳などの臓器については、ハルが水槽ごと操作できないようにロックをかけているが、それ以外の机や棚やランプなどの様々なものが俺の障壁へと突進してきた。
……しかし、障壁を破ることはできない。
当然だろう。人殺しの為だけに作られた戦争兵器と、人生のほとんどを研究に費やしてきた技術職では、戦闘の経験値が雲泥なのだから。そもそもイシャクが正規の軍人であったとても、1対3の彼我戦力差を覆せるわけがない。
「ぐ、ぐぐう……」
ぐうの音を思いっきり出しながら、イシャクが俺たちに向かって歯を軋ませながら威嚇する。
しかし突如、げてげてと壊れたような笑い声を高らかに発し、杖先をこちらに向けてきた。
「ああ気が付けば2分50秒経過! さあ化物共、約束の時間が近づいてまいりましたな! 何を隠そう私は保険に保険を重ねる多重保険加入者、追い詰められたシチュエーションも予見していましたとも!」
目を凝らしてよく見ると、彼の杖先からは微細な魔精反応が漂っていた。それは縄のように捩じり合い、部屋の片隅に佇む大きめの旅行カバンへと繋がっている。
「……おや、爆発魔法の臭いがしますな」
どこか他人事に諜報員が言う通り、気づけば部屋の中に火薬にも似た臭いが漂っていた。
「万事の保険として! 自爆の手段を用意していたのですよ!!」
まるで玩具を見せびらかす子供のように、イシャクは旅行カバンを指さして笑い転げる。そのカバンに爆発魔法が封じ込められていたならば、恐らく周囲50メートルを吹き飛ばすほどの爆発が発生するだろう。
そうなれば当然、爆発の中心地にいる俺たちは肉片と化して即死するはずだ。病院ごと全てが消え去り、証拠は何一つ残らない。
「さあ約束の時間です、首を垂れて失禁しながら私に許しを請いなさい! 今なら靴とケツの嘗め回しで勘弁して差し上げましょう。貴方がたも化物だてらに死にたくはないでしょう?」
切り札を切ってきて余裕綽々のイシャクに対して、俺たちが取れるアクションは――。
「あ、それさっき無効化しておいたわ」
大変に無情な、ハルの呑気な声をお出しすることだけだった。
「……ほえ?」
驚愕どころか呆気に取られているイシャクが、まるで確認をするかのように俺の顔へ視線を移してくる。
「ああ、さっきお前が小粋な売り文句を披露している間にハルがこっそりな。うちのハルは感覚派だからな、同じ室内にあんなもん置いてたらすぐバレるぞ」
「えっへん!」
「………………」
約束の3分10秒を経て、ようやく奴の顔にも焦りの様相が浮かぶ。人数も状況も戦力差も全てが劣勢を極めているのだ、もはや対抗策など何一つありはしない。せいぜい奴に許される足掻きとしては――。
「ぬぬゥ!」
割れた窓からその身を投じ、自身の体を浮遊魔法によって浮かせて逃げることくらいだろう。イシャクは己に許された唯一の選択肢を選び、窓から勢いよく飛翔していく。
敗色の確信が持てたならば、疾く撤退するのは敗残兵の理知だ。勝機を見出すことと敗色を見極めることこそが、勝利への常道であるのだから。
……しかし。
「……!?」
廃病院から25メートルほど飛び立ったところで、イシャクの体が何かに激突する。それは無色透明な障壁、決してイシャクには破ることのできない脱出不可能の檻だ。
「あ、逃げられないように壁張っといたわよー! 多分壊せないから大人しくしててねー!」
窓から身を乗り出したハルが、バカみたいに手を振りながら絶望的な報せをお届けする。俺は別の窓から身を乗り出し、体を浮かせてイシャクの目の前まで浮遊した。
天空で睨み合うも、イシャクの顔にはもはや争う気概すら残っていない。敵をねめつけ、唾棄し、今後の人生が破滅へ導かれるように呪い続けることしかできていなかった。
「……貴方たち化物がッ、いくら人間の真似事をしても無駄! その思い上がりにやがて天罰が落ちるでしょう! 毎夜を震えて眠るがいい、クソッタレの人間モドキがッ!!」
「忠告、痛み入る」
俺は右手を掲げ、イシャクの首を握り締める。あらん限りの力で喉笛を締め付けながら、扼頚によって紅葉のように染まりゆく奴の顔を睨み――、
「お前のような外道に、赤子を弄ぶ権利などありはしないッ!!」
腹の底から放った一言と共に、イシャクの体が爆炎に包まれた。
唐紅色の火焔が彼の体に纏わり、その身体に業火の激痛を与えていく。一瞬もがくように宙を掻いた奴の手が力を失い、喉が焼けて断末魔の声すら上げられずに白目を剥いて、服の燃えカスを放ちながら地面に向かって落下していった。
俺は杖を振るい、奴の体を引き寄せながら院長室へと戻っていく。そして窓から部屋へと戻り、焼け爛れたイシャクの体を荒れ果てた地面へと投げ捨てた。
「うっわぁ、こんがりジューシーに焼けたわねぇ。これホントに生きてるの?」
「自称一般人の俺が殺すわけないだろ。脈計ってみろ、全然元気だよ」
パッと見だとかなり焼け焦げているように見えるが、実際のところは深刻な火傷を負わせていない。ハンバーグなら間違いなく食中毒になるレベルの焼き加減だ。
その代わり喉や鼻腔が焼け焦げたので、しばらくは呼吸の度に地獄を味わうことになるが、それくらいの折檻は許容量だろう。大勢の赤子を解体してきた男の末路としては生易しいくらいだ。
「ま、これで元凶も排除したし万事解決ね!」
「いや万事じゃなくてまだ一事。なんならここからが一大事だろ」
丁度よく唸りだした携帯には見知らぬ番号からのメッセージが来ている。恐らく知人伝手で派遣してもらった魔法医が、もうすぐ氷川総合病院に到着するのだろう。
俺は小型の水槽に星宮の眼球を移し替えて、中身が零れないようにしっかりと蓋を閉めた。
「諜報員さん、後の始末を頼んでもいいか? その代わり、イシャクの捕獲と臓器の押収についての手柄は中立国家側に回しちゃっていいからさ」
「え~? 手柄を独り占めさせてもらっても困りますなぁ、給与上がっちゃいますナ~」
思いがけず給料の査定材料を手にした諜報員がニヤリと笑い、嬉々として現場の写真をインスタントカメラで撮影し始めた。更にここから魔精反応の軌跡照合や違法性を立証するための帳簿・取引調査などが始まるのでまだまだ時間はかかりそうなのだが、嬉しそうな諜報員はもはやそんなの苦にもしていなさそうだった。
「んじゃ、眼球をデリバリーしに行くか。目が治るかもしれないと知ったら星宮驚くぞ」
「驚いて目ン玉飛び出すかもしれないわね!」
もう飛び出しているだろ、という不謹慎な言葉を胸に仕舞いながら、俺たちは氷川総合病院へ向かうために院長室を出ていく。
ここから万事解決といくかは運次第、もう俺たちの手が及ぶところではない。
後は星宮自身と、そして、流川に委ねるだけの物語だ。




