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26章 黒幕の抗戦

「行くぞハル。この世界を取り戻しに」


 俺は彼女の手を握って――空を舞う。


 制服に身を包んだ黒き弾丸となり、音速を超えて光速を超えて――委員長と生徒を隔てている不可視の壁を破壊しながら、体育館に推参する。

 だから、生徒たちにはきっと、俺たちが舞台上に急に現れたようにしか見えなかっただろう。


 不可視の壁の破片が舞い散る中、だだっ広い舞台上で、俺たちと委員長が対峙する……。


「……クロくん……ハルさん……!」


 突如現れた俺たちを見て、委員長が驚愕を露わにした。

 その視線が俺たちの顔に向き――体に向き――杖に向いて、彼女の表情が険しくなる。


「まさか君たちは……君たちも……」

「魔法使いだ。……委員長みたいに亡命してきたわけじゃないけどな」


 委員長は俺たちから距離を取り、杖先をこちらに向けて出方を窺う。

 対する俺たちは杖を向けることすらせず、ただ手に持っているだけだった。


「……君たちは、何者なんだい……?」

「シロガラ・G・クロスエッジ」

「メース・M・ハルモニア」


 俺たちの名前を聞いて、彼女の目が見開かれていく。

 三千年前から続いている因縁を親から聞かされていたのだろう。遠大な時を超えて宿敵に出会い、今、彼女はその運命を嗤う。


「シロガラ国とメース国の者か! 亡命してきた我々の存在を気取ったというのかい……?」

「偶然だよ。フェンネル家の末裔が生きているとすら知らなかったからな。……落ち着いて話を聞いてくれ。俺たちはこの世界の時を戻したいんだ、情報を洗いざらい話してほしい」

「今まさにそれをやり遂げた張本人が協力するとでも……?」

「……殺し合いはしたくないんだ。どうか全面降伏してほしい」

「降伏より亡命を選ぶような家系だからね、可愛い後輩の頼みだけど受け入れられないかな」


 委員長が杖を振るうと、彼女の周囲を巡っていた火球が動きを止めて――その火力が弱くなり、即死性を失っていく。


「残念だけど交渉決裂さ。でも安心して、フェンネル家は魔力聚合と時空干渉に加えて精神操作が大得意な家系だからね。……君たちの中に存在している『大人にならず永遠に楽しい日が続けばいい』という思いを増大させて、この世界を求めさせてあげるよ」

「そんなのはただの洗脳だろう」

「啓蒙という言葉の方が好きかな。個人的には」


 彼女が振り下ろした掌と共に、火球が俺たちに襲い掛かる。先ほど委員長が火力を弱めていたので直撃しても死ぬ威力ではないが、わざわざ火傷しに行くようなバカでもない。

 俺たちは目の前に半透明の障壁を顕現させ、火球を全て受けきる。


 しかしその間に委員長は、杖先を槍に変化させて突撃していた。

 彼女の振るった杖が障壁に衝突するが、貫くことはおろか減り込ませることすら適わず、ただ槍先が刃毀れするだけ……。


 貫けないと悟った委員長がバックステップで距離を取り、潔き拍手で讃えてくる。


「見事! 堅牢だね、生まれ持った魔力が相当高いと見た!」

「……それもそうだろうな。俺たちは……フェンネル家から奪い取った魔力聚合術を使って作られた化物だからな」

「あの技術を? ……そうか成程、だから我々が滅ぼされて……」


 その一言で委員長が歴史の流れを思い描く。同時に二ヵ国から侵略戦争が行われた理由、そして技術をどう応用して俺たちが出来上がったかまでを。


「数千人もの人々を犠牲にしながら……失敗を重ねてその度に研究を続けて、ようやく出来上がったのが俺たちだ。人として作られたんじゃない、兵器、化物として作られたんだよ」

「……それがどうしたというんだ! 経歴なんて関係ない! 君たちは僕の愛すべき仲間で! 永遠に連れ添う友で! 歴然とした人間だよ! ……だからッ、君たちと共にいるために、負けるわけにはいかないんだッ!」


 生半可な攻撃では突破できないと悟ったのだろう、今度は手加減などない火球が連続で襲い掛かる。その火力は舞台上の幕を燃やし、纏う熱で舞台照明を破壊する程だった。


 しかし俺たちの張った障壁は壊せず、ヒビすら与えられない。それでも彼女は諦めることなく攻撃を続ける。


「……なるほど、確かに化物レベルの力を持った人間のようだね!」


 攻撃の手を休めて、委員長は息切れを起こしながらそう言った。


 ……息切れ? 魔法を使っただけで……?


「まさかッ……!」


 動揺して思わず障壁を消しかけてしまう。


 委員長はその場に片膝をつきながらも、全く敵意のない目で俺たちを睨み続けていた。その姿はあまりにも弱々しく、何の脅威すらも感じられない。

 ……この世界を止める程の禁術。それを行使した今、彼女の体に魔力なんてほとんど残っていなくて……。


「止めろ委員長! 魔力が枯渇してる! ……限界なんだよ、既に戦う力なんて残ってない! これ以上は命に関わるぞ!」


 魔法使いの体内に残存する魔力が失われれば、回復するまでただの人間になり下がる。

 それでも無理矢理に魔力を使おうとすれば――術者の肉体は滅びる。


「……限界……? ふふ……」


 だが委員長は再び立ち上がり、事も無さげに笑う。その口からは一筋の血が流れ落ち、舞台上に薔薇色の斑模様を刻み込んでいた。


「だからどうした! 宿願たる世界を――幸福な世界を望む生徒たちを守る為なら! この身など厭うはずもない!」


 再び火球を纏わせて、血反吐をぶちまけながらも委員長は咆える。


「限界なんて! 今日!! ここで!!! 乗り越える為に存在しているんだよッ!!!!」


 委員長の業火が障壁ごと俺たちを包み込む。天井を焦がし、穴を開けるほどまでの火力で障壁を融解させようと目論む――。

 しかし空しき徒花、消耗しきった力で勝てるわけもなく――。


「……咲希! 頑張れッ!」


 そんな声は生徒たちの方から聞こえていた。信心深い彼らの仲間が、命を捨てて立ち向かう委員長に声援を浴びせる。

 それを聞いた他の信者もそれに倣い、幾重もの応援が響き渡る。


 だからこそ――委員長は止まらない。自分を信じてくれる仲間の為に、これから自分と共に歩む仲間たちの為に、そして相対する俺たちと再び笑い合える日を信じて――。


「仲間は僕が守る! 世界は僕が守ってみせる! さあ遊ぼうクロくん、ハルさん! 遊び終わったら今度こそ仲間になろう! 終わらない世界で一緒に! 幸せになろう!!」

「く……ッ」


 東松山咲希は悪ではない。

 ただ彼女の信じる正義が俺たちと異なっていただけの話で、彼女の持つ信念もまた正義。


 だから話し合いなんかでは決着しない、落としどころなんて見つからない。

 どちらがこの勝負に勝つか。……正義を証明する方法なんて、それしかなくて。


「僕が死んでも! 仲間の信じるこの世界を守り遂げるッ!」


 委員長の体はもう罅割れ始めていて、無理矢理の魔力捻出に肉体が耐えられなくなっていた。

 出せる炎も篝火のように僅かなものだけで、相手を倒すどころか、火傷を負わせられるかも定かではない。


 ……もう、本当の本当に限界だ。


「……ごめん、委員長!」


 俺が杖を振るうと、委員長の放った篝火が動きを止めて――彼女の土手っ腹に向かって放出される。


 ……障壁を出すことすらできず、委員長は無抵抗に吹っ飛んでいった。


「まだ……だ……」


 それでも委員長は最後の力を振るい、体の半分以上を罅割れさせながら立ち上がってみせる。

 しかし既に虫の息、杖を俺たちに向けることすらできやしない。


 そんな委員長を見て……いつの間にか声援は止んでいた。

 これ以上彼女に期待を寄せることが罪であると、誰もが思ったのかもしれない。彼女をこれ以上頑張らせることが惨たらしいことなのだと、誰もが悟ったのかもしれない。


 それでも委員長は――口惜しそうに歯噛みをして己の無力を呪いながら、俺たちに向かって一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 杖の先を再び槍に変えて、たったそれだけの魔力を浪費しただけなのに全身に亀裂を走らせながら――。


「もう……もう立たないでよ……」


 彼女の迫力に気圧されながら、ハルが懇願するようにそう呟いた。


「委員長の気持ちは分かる! 私だってこの世界にいられるならずっといたいから! 魔法界なんかに帰りたくないから……!」

「……なら、一生ここにいればいいじゃないか……」

「でも……私たちは帰らなきゃならない……。私たちが帰らなきゃ、この世界も……魔法界も、滅茶苦茶になっちゃう……。だから……時を戻さなきゃならないの……」

「辛い世界へ行くために未来を生きるなんて……そんなの幸福と言えるのかい……」

「……私はッ」


 瞳から涙を零しながら、声を震わせながら、ハルは泣き叫ぶかのように言う。


「メース国の王女! メース国を守る為に生まれて、守りながら死ぬ存在! ……それが義務で使命で……運命だもの……」


 ぼろぼろと涙を流して、ハルはその場にへたり込んでしまう。

 委員長は言葉を紡ぐこともできず、ただ黙ってハルを見ることしかできなかった。


「……委員長。今朝言ってたよな、誰かが泣くような未来は絶対ダメだって。……これ以上抵抗しても、もう誰かを幸せにすることなんかできないんじゃないか」


 泣いているのはハルだけではなかった。委員長の末路を見届ける信者たちも涙を流している。

 それは幸福の世界が脅かされる悲しみではない。……東松山咲希という一個人が、その身を犠牲にしていることへの悲哀。彼女が自分たちの為に死を迎えようとしていることへの哀傷。


 彼女が命をかければかけるほど、彼女を愛する者の心中は苦痛で歪む。

 彼女の望んだ笑顔は消えて、彼女の拒んだ涙が溢れる。


「…………………………これが……僕の世界か……」


 そんな仲間たちの顔を見て、委員長は静かに目を閉じる。これ以上仲間の悲しむ顔は見ていられないとでも言うように……。


 そして彼女は――手に持っていた杖を――ハルに差し出す。

 それは紛れもないリザイン、これ以上の抵抗を諦めた証だ。


「僕の計画は……ここまでだね……」

「……お疲れ様、委員長」


 へたり込んでいたハルが立ち上がり、障壁の中から手を伸ばして、委員長の差し出した杖を受け取った。


 武器を失い、魔法を使えなくなった委員長は膝から崩れ落ちて、口から大量に喀血する。


「委員長!」


 彼女の身を案じたハルが一歩を踏み出し――その体が障壁をすり抜けて――。


「来たな……」


 確かに俺はその声を聞いた。俺の声でもない、ハルの声でもない、生徒たちの声でもない。


 ……それは……今まで一度も聞いたことがないくらい低い、委員長の声で……。


「ッ!」


 委員長が口腔に溜まった鮮血を吐き掛け、驚愕で一瞬硬直したハルに襲い掛かる。

 ハルも咄嗟に応戦しようとするが、あまりにも至近距離すぎてそれすら叶わず――委員長がハルの手から杖を奪い取り――俺は委員長を止めるため攻撃を仕掛けようとするが、射線上にハルがいたから一瞬躊躇して――委員長が杖を持っていない手でハルの頭を掴み――。


 委員長とハルが光を放つ。

 見ている者の目を晦ませる暗黒の光を……浸蝕の光を……。


 閃光がハルの脳髄に侵入して――その中身を侵していく。


「ハルッ!」


 ハルと委員長の間に衝撃波を作り出して、無理矢理引き剥がす。

 吹っ飛んだハルは倒れたまま動かないが、僅かに息をしているので殺されたわけではなさそうだ。……しかしだからといって冷静ではいられない。


「何をした、何をしやがったッ!」

「……ハルさんに……幸せな世界をプレセントしてあげようと思ってね……」


 委員長の体は砂煙を上げて、少しずつ人の形を失っていく。零れた肉体が砂となり、肉眼では判別不能の粒子となり、この世界に溶けていく。


「自ら……不幸になると分かっていて……向こうの世界に帰るなんておかしな話だからね……。彼女の脳を弄って……僕の一部を少しだけ紛れさせたんだ……」

「……何の為に、そんなことをッ!」

「言っただろう……? フェンネル家は精神操作を得意とするって……僕の一部が彼女の脳を侵して……欲求を増幅化させる……」


 先程――委員長は、はっきりと明言していた。


『フェンネル家は魔力聚合と時空干渉に加えて精神操作が大得意な家系だからね。……君たちの中に存在している「大人にならず永遠に楽しい日が続けばいい」という思いを増大させて、この世界を求めさせてあげるよ』


 まさか……まさかッ……。


「……さあお行きなさいハルさん……僕たちの世界を貴方に授けよう……」

「違う」


 その声は、倒れているハルから発せられていた。……しかし一瞬彼女の言葉だと信じられなかったのは、その語調があまりにも冷たかったから。


 ハルはゆっくりと立ち上がり、地面に横たわる委員長を見下ろす。


「お前たちの世界じゃない、私の世界だ」


 その目は――魔法界にいた頃のハルと同じ。何色にも瞬かない沈んだ瞳。

 戦うこと以外を知らない時の彼女、その在りし日の姿――。


「ハル!」


 腹の底から彼女の名を叫ぶ。……しかし彼女は億劫そうに振り返り、この世界の素晴らしさを知ってからは一度も向けた事のない、敵意を孕んだ目で俺を睥睨した。


「この魔力……シロガラ家の化物か。あのうらぶれた戦場以外で相対するとは数奇なものだ」

「な……んだと……?」


 俺たちを見て、既に胸から下を失っている委員長が静かに笑った。


「……クロくん……君との記憶は、彼女の理想郷を実現するのに邪魔だった……。だから……封印させてもらったよ……もう彼女は君のことなんか憶えちゃいない……」


 そして彼女の体は……全てが砂と化して……。


「後は頼んだよ……ハルさん……どうか幸せな夢を……」


 ……委員長は、消えた。

 時間干渉魔法の心得と共に、僅かな欠片も残さずに。


 ……これでもう、世界の時間を戻す方法は存在しない。止まった世界は二度と動かせない。

 残されたのは、己の欲望を満たすことだけを仕組まれた存在。委員長の描いた幸せな世界を引き継いだ……向こうの世界で化物と呼ばれた魔法使い。


 そう、ここは止めるすべのない人型兵器が掌握した世界。

 唯一の対抗策は――同じ化物と呼ばれた俺だけなのだ。


「ハル! ……正気になれ、一緒にこの世界を戻すって誓っただろ! どうにかしてこの世界を元に戻して帰ろう、俺たちの世界に!」

「……帰ってどうする? 魔法界で化物と呼ばれ続け、殺し合うことだけを強要される人生に何の意味がある。そんな世界なら私は要らない、幸福になれない世界など要るはずもない」


「俺たちが帰らないと国は、民は滅亡の危機に瀕するかもしれないんだッ! 何の罪もない群衆も、子供たちも、みんな死ぬんだぞ……!?」

「化物に頼り切る国家など滅びてしまえ。……元々、フェンネル国を潰して得た技術だろう。だとしたら滅亡によって罪を贖えばいい、我が国家も同じ目に遭えばいい」


「……だからといって……この世界の時間を! 人々の日々を! 奪っていい理由にはならない! お前が望む幸福な世界は、数多くの人を不幸にしなければ成り立たない世界だろ……!」

「だからどうした! 私は今まで不幸になり続けてきたんだ、他人の不幸などに知ったことか! ……私が幸せな世界があればいい! それを得る為なら誰かの幸福を奪い取ってでも! 私は幸せになってやる!」


 先ほどまで委員長が持っていた杖を拾い、ハルは悠然と振るう。

 その瞬間、彼女の姿は消えていた。


 いや――微かに見えていた。彼女は消えたのではない、委員長の発生させた業火によって天井に空いた大穴から、外へと飛び立って行ったのだ。


 俺も同じく杖を振るい、一般人では視認できない速度で空へ上昇する。

 時間停止した学園の境目を突き抜けて、その遥か上空にある雲を突き抜けて、宇宙と地上の境目へと到達する。


 黄昏時の茜色に染まる世界の中に、ハルの姿はあった。


「こんな天空で何を始めようってんだ……!」

「この世界を破壊する。我々の宿願たる学園以外全てを消滅させる。……お前のように世界を戻そうと目論む輩が出ないよう、もう二度と戻らない形へと変えてやろう」

「……そんなことさせるわけねぇだろ……!」

「邪魔立てするなら、実力で制してみせろ」


 宿敵を見るような視線を向け、彼女は大きく杖を振りかぶってこちらへと向ける。それは魔法界で何度も見てきた、敵に対して攻撃行動を行う前の動作だ。


「化物としての本懐を見せてみろ、シロガラの王子。……一騎打ちだ」

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