↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する二人は許されない ~敵国王子と化物王女の現世青春~【毎日更新】  作者: 雪林りん
シーズン1ー2 ~あなたに幸せが訪れますように~
PR
24/123

Interlude ~もう一つの傷害事件~

※Interludeは登場人物の心情をより深く理解するための番外編です。

 こちらを読まなくても、本編が支障なくお楽しみいただけるような作りになっております。

 夕焼け色に染まる校舎に、部活に勤しむ生徒たちの声が響いていた。


 六限目の授業が終わってからもう数時間が経過し、校舎内には委員会や部活動に勤しむ生徒だけしか残っていない。だらだらと教室で無駄話を続けていた生徒たちも帰路につき、昼間はあれほどまでに賑わっていた校舎内も、今や居心地の悪い空間へと変貌していた。


 こうして教室の窓から校庭を眺め始めてから、どれほどの時間が経っただろう。

 どれだけサッカー部の練習を見たところで、自分がそこに加わることなどありえないというのに。


「……………………」


 俺が――鶴ヶ島鳳輔がこの高校に入学してから、既に1ヵ月が経過していた。


 既にクラスのグループも固まり、各々が好きな学内活動に精を出す時期だ。入学初期の浮足立った空気も薄れ、漫然と呼ぶべき毎日が続いている。


 とある理由で友人ができず、話し相手といえばアイか教師だけ。そんな空虚でか細い関係性の中で、本当に役に立つのか分からない勉強をする毎日。

 部活動にでも勤しむことができれば、最低限の満足感は得られるのだろうが、今の俺には部活動などありえない。


 中学三年生になったばかりの頃に、暴力事件を起こして、そのまま部活動をやめて――高校になっても、部活動に入ろうとしなかった。

 中学時代と高校生活は関係ないと、かつてアイは言った。しかしなんだか自分が許されていない気がしていたのだ。


 暴力事件を起こすまでは、中々にサッカーが上手いヤツだと自負していた。実際公式試合のスタメンに選ばれていたし、なんなら副キャプテンとして指名されていたほどだ。

 しかし、あの事件でそれを無に帰した。……そのせいでサッカー部は中々に苦労したらしい。急に副キャプテン兼スタメンが一人消えたのだ、そりゃ埋め合わせに苦労するってもんだろう。


 この事件で、自分がキレると暴力を振るう人間だと知った。サッカー部にも迷惑をかけた。アイの家族に暴力事件が伝わってひと悶着があった。中学のクラスメートからも少し距離を取られるようになった。

 それを思うと、なんだか……再び人の輪に入るのに忌避感を覚えてしまう。

 再び誰かに迷惑をかけるんじゃないかって、心の奥底で怯えているのかもしれない。

 本当はサッカー部に入りたいが、こんな調子じゃ到底無理だろう。


「……別に、それでもいいんだ」


 アイが幸せであるならば、別に俺はどうなっても……。


「暴力事件起こしたクソ野郎が、一丁前に黄昏れてやがんなァ」


 聞き覚えがありすぎる声が聞こえてきて、ため息を堪えながら振り返る。

 夕焼けで黄金色に染まる教室に入ってきていたのは、かつて俺が拳を振るった相手――坂浦(さかうら) 命(みこと)だ。奴はまるで唾棄すべき犯罪者でも見るような目つきで俺を睨みつけていた。


「なに物欲しげな目でサッカー部を見てやがんだよ。……暴力でしか物事を解決できねぇヤロウが、部活動なんか楽しんでいいと思ってンのか?」

「……別に、サッカー部に入ろうとしてたわけじゃない」

「ならさっさと消えろや。帰ってあのクソ女とでもまぐわってろよ。犯罪者同士の幼馴染にはそれくらいのゴミ青春がお似合いだろ」


 別にアイは何もしちゃいない――なんてこの男に言えば、三倍の暴言になって返ってくるだろう。だから、俺は口を噤んで気まずそうな眼をするしかない。


 俺に友人ができなかったのは、この男のせいだった。俺と坂浦が同じ学校に入学することを、恐らく中学の先生を通じて知った彼は、入学式の数日後に事を起こしたのだ。

 奴は、俺の暴力事件を同級生たちに触れ回った。

 そのおかげで俺の評価は入学当初からボロボロ。日常会話こそ交わせども友達になりたがる奴なんているわけがない。唯一幸運だったのは、暴力事件によって坂浦の関心が俺のほうに集中したことで、アイの悪評まで拡散されなかったことだろう。


「………………」

「お? なんだその目は。また俺を殴るつもりか? 暴力はお前の専売特許だもんなァ。人殺しの兄を持つバカ女に、暴力に憑りつかれた低能男。どこまでいってもお前らは薄汚れて真っ黒なヤロウだ」

「………………はぁ」


 反論は時間のムダ、暴力はヤツの思う壺。絡むだけ損な相手だ。


「分かった、分かったよ。お前の言う通り消えてやる」

「偉そうだなァ、自分の立場弁えてねえだろ」

「………………」


 俺は死人の如く押し黙り、机に置いてあった鞄を引っ掴む。

 アイが委員会を終えるまで待たなくてはならないので、どこかで時間を潰さなくてはならない。……せっかくだから図書室にでも行って、低俗な文学でも読んで待っていようか。


 なんてことを思っていた時――そいつは現れたのだ。


「やあ、学校~~~~~~!!!!!!!!(挨拶)」


 突然乱入してきた闖入者から騒音規制法に引っ掛かりそうな大声量で挨拶(?)をぶちかまされ、死ぬほどおったまげる。

 振り返ってみると、そこには王子様そのものと言うしかない女子生徒が立っていた。上履きの色から察するに上級生、それも三年生なのだろう。入学したての一年坊としては全く関わり合いの無い相手だ。


 俺も坂浦も、まるっきり初対面の相手にわけのわからん挨拶をされれば凍り付いてしまう。しかしそいつは何一つめげておらず、俺たちの顔を順番に見比べてから、


「学校!(挨拶)」


 別に聞こえなかったわけではないというのに、もう一度挨拶をしてくれやがった。


 坂浦はアブない女に挨拶を返すだけの胆力がない男なので、俺が対応するしかないのだろう。


「が、学校……(葛藤)」

「いい挨拶だ、投げキッスをおみまいしよう! くらえ! 僕は東松山咲希、三年生さ! ところで君たち、鶴ヶ島鳳輔くんと坂浦命くんだね?」

「え? ま、まあ……そうスね」


 ……どうして俺たちの名前を知っている? まだ入学して間もないというのに、関わりの無い一年坊の名前を把握しているなんて明らかにおかしい。


「喧嘩はよくない! よくないのだよ、中学時代にそこそこの因縁があるとはいえ、高校生になったからには過去の件は水に流してもらいたいものだね」


 驚いたことに中学時代の因縁も知っている。そんなもの三年生に伝わるわけなんてないのに。

 この人は、一体……。


「黙って聞いていればお節介な先輩だなァ」


 ここでようやく坂浦が再起動を終えたのか、傲岸不遜な態度で顎をしゃくり上げつつ、明らかに先輩を舐め切った口調でそう吐き捨てた。眉間に傷痕の如き深皺を刻み、威圧するかのように目を眇めている。


「おいクソ先輩、あんたには関係ねえ。首突っ込むな。いいか? こいつは暴力事件起こしてんだぞ。恨むのも当然だろうが」


 そんなことを言いながら、犯人を示すかのように俺を指をさしてくる。反論の余地がないので俺は気まずそうな表情で部屋の隅を見つめることしかできない。


「こいつらはどれだけ辛い目に遭っても当然のクズ共なんだよ! 俺の姉を殺したクソ男と、自分は無関係みたいなツラしてやがるクソ妹! そいつを庇って暴力に訴えたクソ幼馴染! どいつもこいつも自分本位のクソ野郎共じゃねえか! 特にコイツだ、鶴ヶ島鳳輔が一番のドクズ! 被害者の遺族に手ェ上げたんだぜ、こっちの心の痛みも知らねえでな! そんなヤロウがのうのうと高校生活を送ってやがんだぞ、ふざけんなよ! なあ、聞いてんのか鶴ヶ島ァッ!」

「……うんうん、なるほど。君は中学時代の暴力事件を、今も恨んでいるんだねー」


 どこか他人事に呟いて、東松山先輩が坂浦に近づいていく。

 彼女は感嘆の息を吐いてしまうほど嫋やかに、美しく、眩い笑顔を浮かべていた。俺も坂浦も、思わずその笑顔に目を奪われてしまい――。


「………………!?」


 東松山先輩が坂浦の頬をひっぱたいたことに、数秒間気づけなかった。


 まるで世界の時が止まったかのよう。頬を叩かれた坂浦は体勢を崩したまま先輩を見上げることしかできないし、先輩も素敵な笑顔を浮かべたまま坂浦を見下ろしている。


 やがて、教室内に響き渡った音が自分の頬を叩かれた音だと認識し、熱と共に痛みが上ってきて、坂浦の顔が怒りと恥辱で赤く染まっていく。

 初対面で無関係の相手に突如暴力を振るわれて、しかもピースフル極まりない笑顔を向けられているのだ。どれだけの聖人君主であっても呆然とし、相手への憤怒を覚えるはず。


 しかし、当の本人である東松山先輩は、更に特上のスマイルを浮かべながら言う。


「数年前のカビが生えるような古い暴力事件より、今ここで起こった暴力事件について話そうよ!!」


 この人はただの狂人か、それともそれを上回る果て無き狂人か。

 俺は……いや、坂浦も……その笑顔にいよいよ恐怖を覚えてきた。


「ほらっ、どうぞ! 君は暴力を振るわれたら恨んで粘着するタイプなんでしょう? 恨んでどうぞ! 君の復讐を楽しみにしているよ! ……と、いうのは冗談として」


 本当に冗談か……? と、曇りなきその瞳を見ていると不安になってしまう。


「今のはオシオキ。君、逆恨みで朝霞愛美くんを追い詰めたし、鶴ヶ島鳳輔くんの悪評バラまいたでしょ。いくら暴力事件に立腹していたとしても、僕に殴られて当然の逆ギレだったんだからダメだよね」

「さ、……さか、逆恨みって……。てめぇ、なにを、何を根拠に……!」


 不意の暴力によって血管がブチ切れそうな坂浦は、もはや怒りで呂律すら回らなくなっている。このままでは東松山先輩に飛び掛かりかねない、かなり危険な状態だ。


「て、てめぇの暴力事件もバラ撒いてやる……! この学校から、てめぇの居場所をなくしてやるッ! 穏便に卒業できるなんて思うなよクソ上級生! 今の悪事をブチまけて……ッ!」

「おや、いいのかい? 君のお姉さんが死んだ本当の理由を教えてあげようと思ったのに」

「な……ッ!?」


 坂浦だけではなく、俺まで目を剥くほど驚愕する。

 確かにあの事件には不自然な部分がたくさんあった。特に、犯行の直前にアイの兄貴から連絡を受けていた俺は、あれほどまでに凄惨な殺人事件に発展したなんて信じられなかった。

 しかし警察の調査によれば、アイの兄貴が犯人であることは間違いない状況だったのだ。それを覆す真実なんて、そんなもの……。


「よーく僕の話を聞くんだよ。君たちにとっても、大事な話だからね」


 そして東松山先輩は語り始めた。


 全ての疑問に説明がついた、全てに納得せざるを得なかった。あの日に起こった出来事は全て、1人の外道と2人の少年少女によって引き起こされた、必然の出来事だったのだ。

 その証拠だって見せてくれた。あの日あの時、何があったのか、それを完璧に証明する証拠だ。

 坂浦がアイの兄貴を責める理由は存在しない。坂浦がアイを非難する理由は、もっと存在しない。


 全てを聞き終えた坂浦は、今にでも嘔吐するんじゃないかってくらいに顔を青白くさせ、小刻みに震えていた。


「……ここで聞いた内容は他言無用とする。もちろん、朝霞愛美くんにもね」

「………………」


 その念押しも多分聞こえていなかったのだろう。すっかり病人のような様相と化してしまった坂浦は、ふらふらと頼りない足取りで、これから自殺するのではないかと危ぶむくらいの不安定さと共に歩き出す。

 教室を出ていった彼の背を見送って、東松山先輩はにこりと微笑んだ。


「彼のことは心配しなくていい。僕の友達にはメンタルケアに長けた人もいるからね、きっと大事には至らないさ」

「……………………」


 彼女の語る真実は俄かには信じられなかった。しかし全てに納得した以上、信じるしかなかった。

 坂浦ほどではないが、俺もあまりの衝撃に思考を纏められないでいる。胸板の奥底で蠢く心臓は、いつもよりも鈍く、そして恐ろしく鼓動を続けていた。


「どうだい鶴ヶ島くん。これでもまだ、自分を責めて殻に閉じこもり続けるのかい?」

「………………」


 この人の言うことが信じるなら、あの時、俺が坂浦を殴ったのも……そこまで間違った行為ではないと言えるだろう。

 しかし、そこではない。詰られる由縁のない幼馴染を守れた――というだけなら、きっと全てから解放されて、大手を振ってやりたいことをやれたのだろうが……。


「それでも……俺が、怒ると暴力を振るう人間であることは、変わらないんです」


 例えその行いに正義があったとしても、そこだけは変わらない。変えられないのだ。


「ふーむ、強情だねえ。……でも君はアレだよ、本気で怒らないと人を殴らないでしょう?」

「それは……そうですけど」

「僕は本気で怒らなくても人を殴れる。さっき見たとおりね」

「………………」

「君が自分のことを最低の人間だって思うなら、僕なんてどうなることか。最低を越えた最低? 最々低とでも言うべきかな。あーあ、鶴ヶ島くんのせいで最低未満の人間にされちゃった。僕、意外といいやつなのになー」


 拗ねたように頬を膨らませて(顔がよくなければ到底許されない仕草だ)、ちらちらとこっちに意味深な視線を向けてくる。

 ああ、ここか。本当は坂浦を殴る必要なんて何一つなかったのに、ここに話の結論を持ってきたくて、わざわざ無意味な暴力沙汰を起こしたのか。


 君が自分を責めるのをやめないと、僕を責めることになるよ……って。


「……先輩のことを最低だなんて思ってませんよ。でも、すぐにというのは……」

「うん、分かってる。すぐに考えを変えろなんて言わないよ」


 これもきっと思うが儘なのだ。

 最初からこの人は、話の落としどころを考えていた。姿を現してからずっと、話の流れをコントロールし続けてきていた。


「その代わり! 自分に罰を課すのはやめてもらおう」

「……それって……」

「人との付き合いを避けるんじゃない。自分はヤバい人間だから……って適当な言い訳を並べて、人から逃げるな。君も幸せになるべきなんだ」

「……………………」

「僕の愛する文化祭実行委員会に入るんだ、鶴ヶ島1年生」


 クラスメートと関わることもなく、委員会や部活も避けてきた。再び人と関われば、自分の行いによって壊してしまうと恐れていた。

 ……そんな俺を、この人は変えようとしてくる。あまりにも強引な方法だが、きっと、今の俺にとっては必要な強引さだ。


 君も幸せになるべきなんだ……なんて、臆面もなく愚直に言い放てるなんて。

 この人と共にいれば、俺も変われるのだろうか?


 変わりたい、そう思った。


「………………ええ、分かりました。丁度、アイもいますからね」

「うむ、知り合いがいれば心強いと思ってね。そこも織り込み済みさ」


 この人には何もかもが叶わない。

 多分、俺のことはアイから聞いていたのだろう。さすがに過去の事件を教えるようなマネはしないと思うから、多分、俺を委員会に入れてくれとだけ頼んだのだ。


「ああ、それでね。委員会に入った君に、最初の仕事があるんだけど」

「なんですか。できる範囲でなんでもやりますよ」

「うん、サッカー部に出向してくれないかな?」


 さすがにたまげた。もう文化祭実行委員会の心になりかけていたのに。


「君の仕事はサッカー部で頑張ること! で、文化祭シーズンになったらこっちを手伝うんだよ! ああ、サッカー部にはうまく調整するよう頼んでおくよ。ついでに君の暴力事件がデマだったと言っておくから、多分居心地はそんなに悪くないんじゃないかな」

「いや、その……本当にいいんですか?」

「だって、やりたいんだろう?」


 ……やりたいと問われれば全力で頷いてしまうくらいには、サッカーに対する未練がある。

 なんだか瞳の奥がツンと痛くなってきて、目の前が潤んでくる。鼻の奥も沁みるように痛いし、声が震えだした。


 もう一度、やり直せるんだ。

 毎日が楽しかったあの頃に、戻れるんだ。


「俺……今はまだ、自分が幸せになることが悪いことだって……思ってます」

「うん」

「でも……何年もかかるかもしれないけど……絶対、変わってみせますから……」

「うむ。期待してるよ、親愛なる後輩くん」




 それから時が流れ、クロとハルが転校してきた。

 二人と友達になって、心の底から笑えるようになって……少しずつ、俺は自分を赦せるようになっていく。


 それでもまだ、自分の罪を認めきれていない。アイと目が合ったり、中学時代の同級生に会うと、どうしたって不安になってしまう。

 それでも、いつか俺は変わってみせる。


 ……そして……いつか、アイに伝えるんだ。

 俺の気持ちを。そして、アイの兄貴が、最後に残した言葉を……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。