2章 許されざる惨事
翌日。流川の言う通り、氷川総合病院は高槍山口から車で6分ほどの近距離に聳えていた。
非常に年季の入った歴史的な外見とは裏腹に、建物内の設備は近代的かつ機能的で、マップのレビューが軒並み高評価なのも頷けるような医療施設だ。
流川と共に面会の手続きを終えた俺とハルは、どこか無機質に思えるほど真っ白な廊下を進んでいく。景色として過ぎ去っていく扉の横にはネームプレートがはめ込まれ、特別室や重症室、多床室やデイルームなどの部屋名が書き込まれている。
やがて個室のエリアに差し掛かるとネームプレートは人名へと変わり、『星宮朱莉』という名前を見つけるなり流川が足を止めた。
「ここだね。話は事前にしてあるから、まあ、あんまり気負わずに適当に寛いでよ」
なんて流川は言ってのけているが、それでも知らない相手はちょっぴり緊張してしまうのが俺のサガだ。ちなみに隣にいるハルは、予防接種のために病院に連れてこられたことに気づいていないバカ犬みたいな顔で周りを見回していた。
扉を開けた先にあったのは、とても落ち着いた病室だった。施設の性質上清潔さを表現する必要があるのか、病室内は白を基調として統一感のある内装となっている。その中で、風に揺れるカーテンとそよぐコスモスの造花。備え付けられた薄型のテレビと木目がはっきりと見えるベッドサイドテーブル。
しかし、この病室に佇む少女には、きっと何も見えていない。
「朱莉、来たよ。昨日話したクロとハルも一緒にね」
流川が声をかけると、ベッドに横たわっていた少女が体を起こし、声の方向へと視線を向ける。しかしその顔の向きは流川から少しだけズレていた。
ベッド脇まで来た俺は、どこか胡乱な雰囲気を漂わせる少女に礼儀として手を上げて挨拶する。
「既に流川から聞いてると思うけど、俺は高坂黒。流川のクラスメートだよ。あと隣にいる変なのが若葉春」
「初めまして、変です!」
あまりにも粗雑な挨拶をかましながらハルが少女に近寄り、小さな手を握って上下にシェイクしている。友好的な意を示しているつもりだろうが、突然の触れ合いに少女は少しだけビックリしているようだった。
「あ……初めまして。……星宮 朱莉、です」
星宮と名乗った少女は、両の目を閉じたまま――少しだけ俺たちとはズレた方向に頭を下げる。何の気を遣ってか、ハルが頭を下げた先にさりげなく移動していた。
とても青白く、不健康そうな肌。筋肉の欠片もないくらい細々とした四肢。ただベッドに座っているだけなのにどこか不安定に揺れる体。入院しているのだから当たり前だが、見た目からしてどう見ても病人だった。
……星宮の事情は、事前に流川から聞いている。
親同士が幼少期の友達だったことが理由で、物心つく前から知り合っていたらしい。年齢は14歳、生まれた時から病弱で、そして……新生児の頃から両目が無い。
だから彼女は瞼を閉じ続け、音を頼りに周囲を察知する他ないようだ。時折瞼が震えた拍子に見える白い物体は、きっと義眼なのだろう。……もし義眼を嵌めていなければ、そこにはどこまでも続くような空洞が広がっているのだろうから。
「あの、いつも瞬兄がお世話になっています。……クラスではどうですか? テンションが上がると無鉄砲なことをする節があるから、ちゃんとやれているかが心配で」
「母親みたいなこと言わないでよ……」
いきなりクラスでのムーブについて話題が跳んで、流川はクラスメートに向ける自分と家族に向ける自分の間みたいな中途半端な口調で茶々を入れた。どうやら学校外ではクラスにいる時より少しだけ幼げな語調になるようだ。
「どうって言われても、まあ普通に学生生活を謳歌してると思うぞ。そういやこの前の調理実習で自分の抜けた髪の毛を燃やして異臭を漂わせる遊びに精を出してたな」
「瞬兄……?」
「でもあれ、同じ班になったハルちゃん発祥だよ。長い髪の毛を惜しげもなく燃やしてた」
「バレちまったらしょうがないわね……」
思わぬところでハルの悪事が発覚したのはいただけないが、学校で上手くやれていることを知ってか星宮は少しだけ安堵しているようだった。
「まあよく仲のいい男子数名と遊んでるし、楽しんでる方なんじゃないかな。この前の学園祭ではクラスの出し物を主導してたみたいだし」
「あんまり女子と2人で仲良くしてるところは見ないけどねー」
勝手に恋愛事情を漏洩させたハルの肩を小突いていると、星宮が少し怒ったような表情を浮かべる。
「もう! ダメでしょ、ちゃんと恋愛もしておかないと。今のうちに経験値積んでおかないと社会人になった時に苦労するし、それに学生時代に出会った人と結婚するのが早道なんだから!」
「んん……そういうのは、あんまり乗り気じゃなくてさぁ……」
小言をぶつけられた流川が、怒られた子供のような表情で窓の外を見ている。話によると星宮のほうが1歳年下のようなのだが、立場的には逆なのだろう。しっかり者の年下と迂闊な年上、なんとも微笑ましい関係性のようだ。
「見てクロ、年下に怒られて凹んでるわ。同い年として何とも言い難いわねぇ、私ならいくら叱られても毅然とした面持ちでふんぞり返るというのに」
「いつも叱ってる俺にそれほざく? 稀代のボンクラと一緒にしてやるな、流川はお前と違って繊細だから」
「千歳!?」
「もう黙ってて」
如何せん度し難いハルを来客用の椅子へ適当に座らせておき、俺は星宮に向かって流川の日頃の様子を伝えていく。平時でのアレコレや賞賛すべきエピソード、そこに本人的には少し恥ずかしい内容を加えれば小話としては及第点だろう。
俺たちが学校に転校してからまだ半年しか経っていないので、積み重ねてきたエピソードはさほど多くはない。しかしそれでも、流川の学園での姿を知らない彼女にとっては新鮮な話ばかりのようだ。少しだけ前のめりになって、たくさん頷きながら話を聞いている。
そこにハルの茶化しが入って、いつものように俺が一蹴して。……そんな風にして、出会ったばかりの頃の緊張感は、流川の淹れてくれた白湯の湯気が消えていくのと一緒に少しずつ霧散していった。
「へぇー、瞬兄って学校では意外とノリがいいんだねぇ。私の前では年上ぶろうと背伸びばっかりしているのに」
「ねえ、もう僕の話するのやめようよ。いじられる。もっとこう、代数的トポロジーとかの小難しい話をして積極的に朱莉を寝かしつけよう」
「いやダメだ、知能指数が高い話をすると代償としてハルも深い眠りに落ちる。ノンレム睡眠に堕ちたハルを連れて帰るのは酔い潰れた巨漢を運搬するほど厳しいぞ」
「舐めてもらっちゃ困るわね。小難しい話をせずとも寝るわ。今もまさに」
……しかしどれだけ場が和やかになって、会話に油が差されたとしても、彼女の目について言及する者はいない。きっと誰もが意図的に避けているのだろう、掠ることすらない話題が飛び交うばかりだ。
まるでここが病院であることを忘れたかのように、当たり障りのない会話ばかりが流れていく。
しかし、俺たちは流川から事前に聞かされているので全てを知っている。……かつて彼女がどんな事件に巻き込まれたのかを。
新生児眼球摘出事件。……一時期ワイドショーを騒がせたのは、そんな悍ましい文字列だった。
某日の深夜、某病院でこの世のものとは思えない絶叫が轟いた。
悲鳴を聞きつけた当直医が新生児室を確認したところ――何者かによって、新生児17名の眼球が摘出されていることが確認された。眼球は視神経ごと引き抜かれ、もはやどう手を施したとて再び視力を取り戻すことはできなかったらしい。
警察による現場検証の結果、病院側のセキュリティに瑕疵は無く、何者かが侵入した形跡も残っていなかった。さりとて病院内の職員に犯行の余地もなく、事件の真相は未だ明らかになっていない。
その被害者の1人が、星宮朱莉。
……生まれながらにして圧倒的な不幸を背負った身ではあるが、ある意味、彼女は幸運と言えるだろう。その後の事件では眼球のみにとどまらず、『新生児脳摘出事件』や『新生児心臓摘出事件』などの死に直結する事件が巻き起こったのだから。
不幸にも、『新生児眼球摘出事件』は星宮が生まれた日の夜に発生した。誕生日と事件発生日は同日、幾ら忘れようとしても、彼女は誕生日を迎えるたびに事件のことを思い出す。
事件発生は2月3日。今日は2月1日。もうすぐ彼女のバースデイ。
ハルが翌日すぐにでも行こうと言った時に、流川が時期的に丁度いいと言ったのはそれが理由だろう。事件発生日が近づいてナーバスになっている彼女に、少しでも元気を与えたかったのだ。
「え、ナースキャップって廃止されたの? それは困る、アレがあるからナース感出るんじゃん。え待ってそれじゃ戴帽式ってどうしてるの、キャンドル抱えて誓詞唱和するだけ?」
「詳しいことは分からないですけど、衛生上の問題とかで廃止されたみたいですねー」
「ていうか日本でも結構前に廃止の意向が出てたし、大概の外国でも既に廃止されてるよ。一体クロはどれだけ特殊な国にいたのさ」
話題は段々と移り変わり、俺たちは病院のアレコレについて小粋に語り合っていた。ナースという呼称どころか看護婦って言葉すら看護師に置き換わってるよとか、ワンピースのユニフォームはスクラブになりつつあるよとか、なんだかナース関係の話題が多い気もするが別に俺の性癖とは関係ないはず。
……そんな中、ハルの口数が減っていることに気づく。
表情もどこか真顔に近く、この病室に来たばかりの喜色満面は風化して消えていた。もしかして本当に眠くなってしまったのかもしれない、と気を利かせてあまり話題を振らないようにしていると――。
「……ねえクロ、トイレ行かない?」
なんてことを、突如として口走り始める。性別という概念を忘却したかの如く無法な誘いなので、当然俺が諸手を挙げて賛同するはずもない。
……そう思い、一人で行けと言おうとした刹那、彼女の表情を見て唇が強張る。
いつものハルは何らかの快楽物質が常に出ているんじゃないかと思えるような能天気さなのだが、今の彼女はそんなもの湛えておらず、新刀のように鋭い目でこちらへ視線を寄越していた。
「……連れションか、受けて立とう。この俺の放尿は大人げないぞ?」
どこか白々しくそう言って、ハルと共に席を立つ。そして流川たちに「適当に話して待ってて」と伝えてから、病室を出て廊下へと出ていった。
互いに言葉を発さず、どこか冷たく感じるほど真っ白な廊下を歩いていく。そして内緒話に適したL字廊下に突き当たると、互いに真面目な視線を通い合わせた。
「どうした、2人に聞かせられない話でもあるのか?」
「……あの星宮って子、魔精反応が出てるわ」
ありえないほど面食らった。色濃い驚愕を内に秘めることもできず、ありったけの動揺を表に出してしまう。
魔精反応とは、魔法を行使した際に発生する物質だ。燐光を纏う粒子状の物体で、魔法の存在を知らない者には視ることすらできない不思議なもの。当然普通の人間に発生させられるものではない。
「……星宮の体からは魔力を検知できなかったから、彼女自身は魔法使いではないな。魔精反応は体全体から出ていたか?」
「眼窩周辺にのみ発生していたわ。分量は極僅か、経年劣化が著しいから恐らく十数年前のもの。あと軽度の浸食反応があったわ、恐らく病弱の原因は魔精反応へのアレルギーね」
「アレルギーか……十数年も魔精反応が残り続けるとは、ヘタクソな魔法使いに目を付けられたのが不運だったな……」
数秒間、沈黙が流れる。各々が考えを巡らせて、想定しうる可能性を探っていた。
「……ともかく眼窩周辺に反応がある時点で、新生児眼球摘出事件に関係していることは間違いなさそうね」
「魔法使いなら、新生児十数名の眼球を一気に奪い去ることくらい容易だろうからな……」
つまりそれは、野良で犯罪行為を行っている魔法使いがどこかに潜んでいるということ。しかも10年以上暗躍し、眼球だけではなく脳や心臓まで収集している超弩級の無法者だ。
「新生児に興味津々の人体収集家……ってところかしらね?」
「かもな。でも単なる収集家にしては異様なほど大規模だ。……性癖を満足させるだけなら、ここまで大事になるほどの騒動は起こさないと思うぞ」
「じゃあそれぞれの事件に繋がりは無いとか? 単なる模倣犯だったりして」
「魔法使いが大勢いるならあり得るかもしれないが、こっちの世界ではまずありえないだろう。本来、野良の魔法使いが1人見つかるだけでも大事だし……」
俺たちはしばらく可能性について話し合っていたが、あまり時間をかけすぎると流川たちに不審がられてしまうので、一旦話を切り上げて病室に戻ることにした。
先ほどまでの安穏とした気持ちは霧散し、不可解な事件に巻き込まれたことへの憂愁ばかりが胸中を埋めていた。
「…………」
病室への扉を少しだけ開けて、中を伺い見ると――流川と星宮は、立ち入るのが憚られるほど仲睦まじそうに会話をしている。
二人の語調から感じ取れる仄かな熱、表情から察せられる高揚の色合い。……2人の間には長年の付き合いという言葉だけでは表現しきれない程の、淡い感情が灯っているように見えた。
しかし、その糾える矢印が結び合っているようには見えない。互いに同じ感情を抱きつつも、想いを言葉にしたためることはできていないのだろう。
……もしも、あんな事件が起きずに普通の日常を送れていたならば、きっと今頃は順風満帆な恋路を謳歌していたに違いない。
そう思うと――魔法使いとして、忸怩たる気持ちだった。
その後、面会時間いっぱいまで雑談を交わした俺とハルは、氷川総合病院を出て駐車場へと向かった。だだっ広い屋外駐車場の片隅に佇む軽自動車に近づき、運転席で眠りこける人を軽いノックで起こす。
仮眠に耽っていたその人は意識を取り戻し、後部座席に乗るよう手振りで伝えてくる。俺たちが車に乗り込んでシートベルトを締めると、車はゆっくりと前輪を転がし始めた。
「……ふむ。新生児眼球摘出事件とは、何とも懐かしい事件ですな。仄聞するところでは眼球だけに留まらず、腕や手足、脳や心臓にまで事が及んだと記憶しております」
俺たちの話を聞いて、運転席に座る者が無骨なハンドルを握りながらそう呟いた。電子タバコの甘ったるい匂いが車内に燻り、元々重苦しかった雰囲気をより一層沈痛なものに変えていく。
彼は俺たちと同じ魔法使いで、魔法界の永世中立国家から派遣された諜報員だ。本名は不明、性別も見た目から読み取れず不明。無人界に潜んで様々な諜報活動に従事している――ということくらいしか、俺たちには分からない。
戸籍や身寄りのない俺たちが、今こうして学生生活を送れているのも彼の所属する中立国家のおかげだ。その点では感謝の念を禁じ得ないが、実際のところは俺たちも中立国家の監視対象であるということでしかない。監視の都合上身寄りを提供するのが円滑、というビジネスライクな付き合いだ。
「諜報員さん、犯人の宛てとかあるかしら? 諜報が本業なんだし、情報くらいは拾っているでしょう?」
シートベルトを体に食い込ませながら身を乗り出したハルが、空っぽな助手席のシートに抱き着きながらそう尋ねる。諜報員はまるで思案する時間を稼ぐように電子タバコを長く吸い、小刻みに震えるスピードメーターに視線を落とした。
車窓の外に幾本の信号柱が過ぎ去り、歓楽街から漏れ出てきた毒々しいネオンが車体の側面ごと車内を照らしていく。自然界には存在しない色を纏い、沈んだ車内は夢のような様相へと変わっていた。
図りかねる間を十分に取り、諜報員が静かに口を開く。
「……犯人が魔法使いであると断定するならば、容疑者の筆頭に躍り出る者がおりますな」
「誰だ?」
「ズウォーキン・イシャク、かつて移植医だった男です。遺体の臓器を無断で横流ししたり、法令を無視した危険極まりない臓器移植を繰り返し行った医学界の追放者ですな。確か軍医時代に新生児眼球摘出事件と似たような事件を起こしていたと記憶しております。彼はある日忽然と姿を消したようですが、こちらへ亡命したと考えれば様々な辻褄が合いますねぇ」
「……こちらへの亡命には無理難題レベルのハードルがあると記憶しているが?」
「彼が臓器を密売した相手は『ゼロ』。今さら説明するまでもないですが、戦争を煽動している巨大犯罪組織ですな。……亡命へのハードルなど、無法の集団には飴細工同然でしょう」
「ふむ……」
確かに諜報員の言う通り、その男が事件に関与している可能性は非常に高い。問い詰めてもしらばっくれるに決まっているが、ガサ入れを敢行すれば証拠の一つや二つくらいなら零れ出すだろう。
「至急、そのイシャクって男の所在を調べてもらえるか? 後始末はこちらで行う、中立国家の手は汚させない」
「それは構いませんが、事件への関与を証明できない限り内容をお伝えすることはできませんな。もしイシャクが無罪だった場合、我が国家への責任問題になりかねません。何か事件と結びつける策でもあるのですか?」
「なんとかできると思うわ」
突然頼り甲斐のあることを言いだしたハルの顔には、確信めいたものが浮かんでいた。
「私なら、星宮ちゃんの眼窩周辺から魔精反応を解析できる。イシャクが元軍医なら魔精登録証明が兵籍簿に記録されているでしょう? 軍歴証明書と照らし合わせれば魔法を行使した個人が特定できると思うわ」
「……あの、軍歴証明書って血族でなければ照会できないのですが、まさか我々が諜報した資料を用いろと言うのですか」
「うん、おねがい!」
刺激的なウインクと蠱惑的な投げキッスを同時に飛ばし、グラビアアイドル顔負けの素敵な表情で無法なお願いをし始めた。もし日常生活で使用されたら途端に虫の居所が悪くなってしまいそうなほどあざとい用命だ。
「……ダメって言ったら泣くのでありましょう、はあ……」
ハルの子供じみた交渉術を知っている諜報員は、ひどく重々しいため息を吐き落とし、これは貸し1つとでも言うように指を1本立てながら頷いた。
「しかし仮にイシャクを捕らえたとしても、その星宮という少女に視力を取り戻させるのは難しいですよ? 摘出されたのは新生児の頃、今の彼女にはサイズ的に適合しませんし、他人の眼球だと拒絶反応が強すぎますからな」
「……いや」
一度言葉を切り、もう一度深く思案を重ねてから顔を上げる。
「確証はないが、イシャクの行動の不透明な部分を鑑みれば可能性があるかもしれない。……そもそも移殖し辛い赤子の目を収集する時点で違和感だらけだからな」
「そうでありますか? それならご放念いただきたく存じますが……」
今度は諜報員のほうが言葉を切り、ひと時の静寂を作り出した。
過ぎ去っていく煌々とした光に照らされて、照明の消えた車内が何度も明るさを取り戻す。しかし諜報員の表情は晴れず、曇り続けていた。
「……魔法技術の漏洩に繋がりかねない事案なので、弊国としても可能な限り協力させていただきますが、くれぐれもご用心を。事を仕損じて敵を暴走させてしまえば、こちらの世界の人間たちに魔法界の存在が露呈しかねませんので」
「ああ……分かっている」
俺たちの生まれた世界、魔法界。名前の通り魔法によって栄え、そして魔法によって戦火に包まれている別次元の星。
こちらの世界に魔法界の存在が露呈してしまえば、魔法という固有技術の漏洩や独自資源強奪のための侵攻に繋がる可能性がある。だから、別次元の存在は決して明るみに出してはならない。
……しかし、イシャクのようにこちらの世界で事件を起こす輩も稀に存在する。
急いで身柄を確保しなければ、世界間の均衡が脆くも崩れ去る可能性があるのだ。決して見過ごすわけにはいかない。
「……」
そう、決して星宮という少女のためにやっていることではない。
……魔法界の軍人として、そう言い訳せざるを得なかった。




