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13章 過日を知る者

「いやー申し訳ないね二人とも、集中するとすぐ周りが見えなくなる性分でね」


 危うく試着室に突入して警察沙汰になりかけた委員長は屈託のない笑顔を浮かべながら礼を述べ、形ある謝礼として駅前クロスロード付近の甘味処でアイスを奢ってくれた。


 少しだけ雲が陰ってきた空の下、店先のイートインスペースに陣取り、曲がりなりにも委員会の学外活動だというのに俺たちはアイスをいただいている。


「うわ……なんだこの美味しい甘味……」


 頬が落ちそうになるくらいの美味しさにリピート欲が湧いたが、値段表を見て今度は目玉が落ちそうになるくらい驚いた。

 日頃から節制生活を送っている俺からしたら相当な贅沢だ。ありがたくいただいて、サッカーだったら反スポーツ的行為の罰則をくらうほどの小躍りをしながらハルに自慢しよう。


「んまいよなー、ここのマスクメロンメープルほうじ茶パンプキンモンブランチョコ味噌バターコーンアイス」

「おや、鳳輔君はよく来るのかい?」

「アイに詫びる時はいつもここスね。アノヤロ、一度立腹させたら甘いモン食わせてやんないと気ィ済ませてくんないんスよ。でも甘いマスクの俺はねだられると甘い顔しちゃうから困ったもんです」


 おかしいな、この場に甘いマスクと呼べるほどの人材は委員長しかいないんだけど鶴ヶ島家にはまだ鏡を導入していないのかな……。


「……あ、丁度いらっしゃったみたいだね」

「え?」


 委員長の視線を辿ると、ハルがこちらに向かって歩いてきていた。店の看板を指さしている辺り、あいつらも糖分と冷気を求めて買い食いをする腹積もりなのだろう。


「おーい、ハルー」


 手を振って合図してみたら、彼女も俺たちに気づいたようで、千円札が道すがらに落ちていたかのような表情を浮かべる。そして後ろにいる謎の女子たち2人に視線を向け、俺たちのことを指さしていた。

 そこで俺は、どうやらその女子たちがツレであることに気づく。丁度同じタイミングで店に向かっている他人かと思っていたので、意外なメンバーにちょっとだけたまげた。


「クロー! 奢ってくれるの!? ありがとー! ちゅきちゅき」

「置き謝礼すんな、しまえそのピースフルな笑顔。で、後ろの人たち誰?」

「ああ、なんかアイの中学時代のクラスメートらしいわ。そのへん歩いてたら偶然遭遇したの」


 へえ、と呟きながら元クラ女子ズの顔を見ると、なんだか微熱っぽい表情をしながらこちらに桃色の視線を向けていた。いよいよ俺にモテ期が来たのかもしれないと思ったが、残念ながら委員長の王子様系フェイスに見惚れているだけだろう。


 鳳輔もさぞや「なにっ、視線で誘ってくるとはとんでもないおサセがやってきやがったぜ……!」と有頂天になっているだろうな、と思ってツラを拝んでみるが、思ったほど指摘しがいのある表情をしているわけではなかった。

 それどころか彼は、とてつもなく気まずそうな表情で視線を泳がせるばかりだ。今すぐ逃げ出せるならそうしているが、事情も言わずに立ち去るのは流れ上無理だ、と達観しているようにも思える。


「おまたせー! いやトイレが話題のラーメン屋より繁盛しててさぁ、何らかの替え玉でも提供してるんじゃないかって思うくらいに……」


 そこでアイが見知らぬ女子1人と共に小走りでやってきて、俺たちの姿を見て表情を強張らせた。その視線はとりわけ鳳輔に注がれているような気がする。


「おう、アイか。この女子たち、昔のクラスメートなんだって?」


 俺が問いかけるも、アイは数秒間黙りこくったままだった。思考をフリーズさせているかのようにあらぬ方向を見据えて、しかしやがて我を取り戻す。


「あ、あー、中学時代の同クラなの。ハルちゃんとデパコス見てたら目が合ってね、久しぶりなんだし語ろうかってことで甘いもの食べに来たんだよ。あはは……」


 アイと顔見知りなのはいいとして、ハルは初対面なのだから気ぃ遣っちゃうのでは……と思ったが、女子たちとどの味にするかキャッキャとはしゃぎながら決めているので無問題だろう。こういう箇所ではハルが警戒心の欠片も無い子供でよかったと思う。

 そこでようやく、ハルが俺たちの紹介をした方がいいことに気づき、お手伝いできる箇所を見つけた子供のように胸を張りながら俺たちを指さしていく。


「この顔がいいのが委員長、今私たちが所属している委員会の委員長やってる人ね。学校が大好きで、もはや変態と言っても過言どころか控えめな表現だわ。こっちの顔以外いいのがホースケ、保健体育に興味津々なお年頃で、テストで100点どころか出題ミスを見つけて102点もらってたわね。この男はクロ、この前尿路結石が出たらしいわ。以上ね」

「俺の紹介薄くね?」


 あまりにも偏りが激しい他者紹介を終えたハルだが、女子たちは俺の情報量が異常に少ないことではなく、どうやら別のことに興味を示したようだった。


「え、え!? もしかして鶴ヶ島!? なになに、なんか雰囲気変わった!? そんなに曖昧な表情するヤツだっけ?」


 それはもちろん委員長の法外なツラ――ではなく、意外にも鳳輔のツラだった。

 女子たちから注目を浴びた鳳輔は、いつもなら得意げになって「この俺のチャームフェロモンに異性が首ったけだぜ」的なことを言うはずなのだが、先ほどから女子たちが言うところの曖昧な表情をするばかりだった。


「あれ、どしたのホースケ。いつものドーパミンを過剰摂取したような元気は?」

「はは……」


 ハルの振りにも愛想の少ない愛想笑いで返すばかりだ。いつもはこんな子じゃないというのに。

 おかしいなぁ、とハルが不思議そうな顔になり、一瞬雰囲気がヘンになりかけたところで――。


「ま、色々買い物したから疲れたのだろうね! それよりお嬢様方、アイスを買わなくていいのかい? 店員が冷やかしかと思ってアイスよりも冷ややかな視線を向けてきているよ?」


 すかさず委員長が話を逸らし、心配ムードになりそうだった空気を一変させる。彼女から溢れ出る王子様オーラはこういう時ばかりは頼りになるもので、若干ブリザードになりかけていた場の空気が一気に温まっていく。


「さあお嬢様たち! ここで会ったのも何かの縁、今日は最上級生たる僕の奢りだ。食べたいアイスを甘く囁いてごらん? はっは、ハルちゃん、奢りと聞いて迷わず近くの焼肉屋を指さすのはやめようね」


 そう言いながら委員長は立ち上がり――ながら、鳳輔の頬に指をあてて口角を吊り上げさせた。とりあえず今は適当に笑っておきなさい、ということなのだろう。

 鳳輔は無言で頷き、笑顔と呼ぶには少し足りないが、無表情と言うには少しにこやかな表情を浮かべる。無理矢理な感じは伝わってくるが、先ほどまでよりは格段にマシだと思った。




 ……さて、俺、委員長、鳳輔、ハル、アイ、女子たち3人。気付けば総勢8名の大所帯になってしまった。

 さすがに8人で店先を占拠するのは忍びないということで、休業中のお店のシャッター前で立って食べることにした。アイスなんて食べるのに時間がかかるわけでもないので、別に立ち食いでも問題ないだろう。


 話によると女子たちは、アイと同じグループというわけではなかったが席が近くて話す機会が多かったらしい。鳳輔とも同じクラスではあったものの、あまり関わったことが無かったようなのだが、アイと会話しているのをよく見かけていたのだとか。


「いやもう、マジ卒業以来スわー。ガッコ違うとさ、ホラ、イマ友との交流もあるからあんまし絡む機会もなくなるじゃん? 中学ン時の同クラで今も連絡とってる奴なんて、同グルだったやつでも半分くらいだわ」

「イマ友、同クラ、同グル……」


 喜色満面でべしゃり続けている女子の横で、ハルが初めて聞く単語に?を浮かべながら俺の顔を見てくる。正直俺にもあんまり意味が分からないが、ハルと同じ状態になるのはちょっと嫌なので!を浮かべておいた。


「………………」


 俺の顔を見ていたハルの視線が動き、俺の手元へ移動して、中身が半分失われたカップアイスに照準を定めやがる。目潰しが遅れたことに気づいた俺は慌ててアイスを手で隠すが、時すでに遅しというやつだ。


「クロ、それおいしそう。ちょっとちょうだい。あ、いや、ちょうだい」

「思い直したかのようにちょっとを削るな。ちょっとなら別にいいけどお前のも少しくれよ。で、コストを極限まで削減したエナジードリンクみたいな色してるけど何味なのそれ」

「何味なのかを当てるタイプの謎味アイスね」

「一口貰うのに勇気がいるようなモン注文すんな」


 自分が食べていないアイスを味見したい気持ちはよく分かるので、ハルとアイスを交換した。何故かハルがスプーンごと渡してきたせいで俺もスプーンを渡さざるを得なくなったのだが、なんで無意味に間接キスしなきゃならないんだよもにょもにょしちゃうだろこの野郎。

 途端にハルが大口を開けて、俺のアイスを吸い込んでいく。


「ちょっとだぞ、ちょっとだからな! ちょっとって言ってるだろ! ちょっとって言葉の意味知ってるか!? ちょっとって言ったの自分だろ! だからちょっとだって! あー!!」


 目の前で俺の言動が無視されているのだが、何を言っても無駄なことが分かったので黙ってハルのアイスを一口いただく。フレーバー云々というよりケミカルな味なのだが、本当にこれ健康を害さないのだろうか。


「ん、おいしっ。で、クロ、それ何味かわかった?」


 人様のアイスを3分の1ほど食べてくれやがったハルはご機嫌で、顔の大部分にアイスをつけたまま俺にそんな質問を投げかけてくる。俺はまず謝罪の言葉が聞きたいんだが?


「はあ、強いて言えばアスパルテーム味かな。いやお前そんなこと言ってる場合じゃないだろ、顔すごいな」

「え、顔がすごく美人で素敵で指輪とか土地権利書とかあげたくなるって言った?」

「ううん聞き間違いだね、お前は耳をもう一つくらい増やしたほうがいいね」


 本当に自分の顔にアイスが付いていることに気づいていない様子なので、この前ハルが「魔が差して買っちゃったわ」とか謎の言い訳を言いながらプレゼントしてくれたハンカチを取り出して顔を拭いてやる。


「ん。取れた?」

「まだ。お前なんで前髪や顎にもアイスついてんだよ。こんなんもうアイスに食われてるようなもんじゃん」

「人を食ったようなセリフね」

「しばき回すぞ」


 顔にアイスが付いているのかアイスに顔が付いているのか分からなくなりながら、ハルの顔を綺麗にしてやる。

 そんな俺たちの姿を、熱い眼差しでじっと見つめてくるのは、この光景を見慣れていない女子たちだった。


「えっ、えっ、もしかしてハルちゃんと高坂くんって付き合ってんの? 親密さがもうありとあらゆるステップを踏み終えたレベルじゃん!」

「いや、違う。その、なんだ、違う」


 すぐさま俺が否定すると、目の前のハルもうんうんと頷いた。

 しかし当然否定されると余計怪しく見えてしまうのが常というもので、女子たちは照れちゃってと言いたげに小癪な表情を浮かべ始める。


「ほら、ハルってコレだぞ。だらしのない子供だぞ。女性としての魅力は悲しいことに無いと言わざるを得ないというか」

「なんだと。私を見て女の魅力がないとか言えるなんて、今日は眼球が汚いのかしら。クロだって男の魅力があるかないかで問われたら、哀しげな表情で愛想笑いをしちゃうじゃないの」

「なんだと。男の魅力が全身の毛穴から溢れて止まらない俺に向かって無謀なこと言いやがって。ハルに大人のダンディズムはまだ理解できないか、すまんなフェロモンのステージが段違いで」


 恋愛沙汰の話題を振られても、結局いつも通りの小競り合いに移行してしまう。

 結局、同じ家に住んでるとはいえ、家族止まりだということなのだ。この距離感が丁度いいのだから、わざわざ崩す必要もない。


「ふーん……相性良さそうに見えるけどねえ」


 カップの底に残ったアイスの溶け残りを飲みながら、女子ズはそう呟く。

 かと思いきや、何かを思い出したかのように、アイのほうへ視線を向けだした。


「あ! そういえばアイと鶴ヶ島って色々噂立ってたよね! 結局どうなん? 付き合ったん?」

「え……」


 急に話を振られたせいか、鳳輔との恋愛について言及されたせいか、とにかくアイは目を真ん丸にして驚いていた。

 そして視線を逸らし、安っぽいプラスチックスプーンでアイスをざくざくと突きながら、なんだか言い訳するみたいな口調で言う。


「い、や、別にあたしたちは付き合ってないかなあ。ただの、おさ、おさななじみだし。うん、フツー。なんもない」

「キスとかした?」

「普通の幼馴染だってば! そういうんじゃないよ、あたしたちは! もー、ちょっと、ほんとにヘンなこと言うのやめてよ~……」


 顔を真っ赤にしたアイを、女子たちがきゃいきゃい言いながらいじっている。ついでにハルもきゃいきゃい言っているが、恋路をいじる語彙力が無いので猿みたいに文字通りきゃいきゃい言っていた。


「ね! 鶴ヶ島はどうなん? アイとくんずほぐれつの関係になりたいとか思わんの?」

「えッ」


 話を振られた鳳輔が驚き、顔に貼り付けていた嘘くさい笑顔を思わず解除してしまう。ちなみに相当いじられたアイは耳朶まで真っ赤にしてノックアウトしていた。


「……今のところ、そんな予定はないな。俺はほら、ウブゆえに」

「でもほら、恋愛の話を振られて、アイがこんなに赤くなってるじゃん。これもうイケるでしょ。鶴ヶ島も中学ン時はまんざらでもない雰囲気だったっていうか、クラス公認の仲みたいなもんだったじゃん。なに、倦怠期?」

「いやあ、はは……俺も老いたからな。恋愛とかの年齢ではないかな」

「え、なにそのタマの無さそうな発言。本当にあの鶴ヶ島?」


 確かにタマが無さそうな発言だ、と俺まで頷いてしまいそうになるほど、今の鳳輔は精力の欠片も無かった。コンプライアンス窓口が聞いたら腕まくりして激怒するようなハラスメント力はどこにいってしまったのか、今の彼は水不足の枯れ木みたいに萎れている。


 訝しがる女子の肩を、別の女子がぽんと叩いた。


「ホラ、鶴ヶ島が昔言ってたじゃん。カノジョ作るんなら夜景の見えるレストランでワインをカチンとしながら『おっぱじめようぜ』とか言って付き合いたいって。まだ条件を満たしてないんじゃね?」

「あー! シチュが足りんのね。じゃあ、バチバチに燃える場さえあればコクれるんよね。そっちの学校じゃそういうイベントとかない系?」

「あるとも!!!!!!」


 と、鼓膜7枚分を破壊できそうな声量で返事をしたのは、先ほどまで慈愛の笑顔で下級生たちの会話を聞いていた委員長だった。目がオーロラよりも光り輝いている。


「我が文化祭の終了後には後夜祭があってね、そこでは例年ダンスパーティーが開催されているのさ。愛情を伝えるならこの上ないシチュエーションだよ。昨年なんて、踊りながら告白してあろうことかキスする輩さえいたくらいだからね。我が校の生徒になれば参加し放題だよ、転校届はコチラ!」


 なぜ常に転校届を携帯しているのかはいまいち分からないが、以前にも聞いたダンスパーティーは委員長もオススメするようなラブイベントらしい。確かに年頃の男女が密着しながら踊り狂えば恋の一つも生まれそうなものだ。

 しかし、そんな美味しいシチュエーションが用意されているというのに、鳳輔は相変わらずしみったれた愛想笑いを浮かべるばかりだ。


「で、どうなん鶴ヶ島。ダンスパーティーで一発やっちまう系?」

「はは……やめとくぜ。俺は、なんというか、ほら……」


 愛想笑いが消えて、空虚な笑みを浮かべて――。


「恋愛とかしていい身分じゃねえからな……」


 鳳輔は、自分を戒めるような口調でそう言った。

 その瞬間、アイの顔から笑顔が消える。話を振った女子たちの表情も、なにかマズいものを思い出したかのようなものに変化していった。その変化の意味合いが分からなくて、俺とハルは疑問符を浮かべるほかない。


「え、マジで。もしかしてあん時の噂ってマジだったん……?」

「あん時のことって?」


 と、誰もが気まずくなるような雰囲気の中、ハルが能天気な口調で問う。空気の読めなさは相変わらずだが、今だけは俺も気になるので成り行きを見守った。


「あー……まあ、その、アレだよ。アタシたちはアイと絡んでた時期が一年の時だけだったから詳しくは知んないけど、中学ン時に、ちょっと色々噂が広がってさぁ……」


 マズったなとでも言いたげに後頭部を掻き、女子たちはあらぬ方向へ視線を逃がすばかりだ。

 そしてどうにか話を逸らそうとしたのか、「それよりさ」なんて言葉がその口が発された瞬間に――。


「ちょっと俺が暴力事件起こしてな」


 ……なんてことを、鳳輔が自ら口にした。

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