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12章 委員長は見た

 その後しばらくできる限りの調査を――焼却炉地下へ続く別ルートの有無とか、学校裏を見張って誰が行き来しているのかを観察したりとか、焼却炉以外にも魔力の滞留スポットがないか等、様々な真相究明に乗り出した俺たちだが、暗礁に乗り上げたと言わざるを得なかった。


 犯人も計画も、何もかもが分からないまま時が過ぎていく。


 その間も、学園祭実行委員会の活動は続けていた。アイから真相が語られることはなく、現状維持を続けている。

 ……変わったことと言えば、ようやく俺とハルが委員会に馴染んできたのと、ハルとアイが普通の女子みたいに仲良くなっていることくらいだろう。


 だから現状を一言で言えば、普通の学園生活が続いているだけ。

 水族館とかに行けない件で一時期しょげてはいたが、吹っ切れたハルは割と楽しそうだ。学校に行けるだけで至上の喜びなのだろう。彼女は毎日元気になっていくばかりで、クラスメートともより一層仲睦まじくなっている。


 そして、学園祭を明後日に控えた今日、我々委員会は初めて校外に乗り出すこととなる。




「うぅ……なんで六時間目に体育しなきゃいけないんだよ……」

「男子は大変ねえ。女子はバドだったわ」

「こっちは柔道だ、ねちっこくやりあってきたぞ。あろうことか鳳輔とな……」


 六時間目の授業を切り抜けた俺は、リビングデッドみたいな足取りで委員会本部へと向かっていた。このアンデッドな雰囲気でショッピングモールなんかに立ち入れば、恐らくゾンビ映画さながらに金属バットや鉈で叩きのめされてしまうだろう。


 今日はあんまり体力使わない仕事に徹しよう――と思いつつ、本部への扉を開く。


「ぉお……おつかれぇ……っす……」


 人に対してお疲れと労うのが変に思えるほど疲れた声で、俺は本部内の総員に挨拶した。

 しかし本部内の人間は、全員もう帰り支度を済ませていた。今にもロケット下校できそうな出で立ちに思わずちょっとだけ驚く。


「あらま、どしたのスクールバッグ持って。疎開?」


 同じく驚いているハルがそんなこと言っているが、ちょっとイヤな気持ちになるから戦争中しか使わないような推測を立てないでほしい。


「やあ二人とも、学校!(挨拶) もしかして今日の予定をすっかり忘れたというのかい」


 やれやれとでも言いたげに肩を竦めて、委員長がランウェイを歩くファッションモデルのように近づいてくる。そして恋を誘発させかねないウィンクをぶちかましながら俺たちの顎に人差し指を当ててきた。


「今日は足りない備品の買い出しをする日、だろう?」

「あ」


 完全に失念していた俺はアホみたいに口を開けて、同じく忘却していたはずのハルは何故かふてぶてしい顔を浮かべていた。時々ハルの脳と表情筋がリンクしていないんじゃないかと不安になる。


「さ、これで全員揃ったし行くとしようか。あとで交通費申請書出すから領収書の発行を忘れるんじゃないよ?」


 と言いつつ、委員長含め委員会メンバーはぞろぞろと本部を出て歩いて行く。

 どうやら俺とハルが最後だったようで、俺たちも慌てて軍団のしんがりについて歩き始めた。





 そういうわけで、学園祭実行委員会初の遠出が始まった。


 遠出と言っても電車一本で到着してしまうような場所だが、学校内の組織で外に繰り出るというのは近辺でも遠くに感じる。学校周辺を一人でうろついていても何も感じないが、美化委員として学外清掃で巡回している時は見慣れた景色も少し新鮮に感じるような――といってもそれは本で読んだこと、実際は美化委員会の実態など知らない。

 電車代の340円を支払い、しばらく電車内でガタガタと揺られ、俺たちが住んでいる街より少しだけ都会にやってきた。


 我々の住み暮らしているベッドタウンとは異なり、高層ビルや大型デパートなんかがガンガン建っていて、通行人の若者はどこかオシャレで華々しい。丁度放課後の時間帯なので制服を洒脱に着崩した集団がそこかしこを闊歩している。きっとここは若者の街なのだろう。


「ほえー……」


 かつてない喧騒に包まれて、偏差値が低そうな声を上げたのはハルだった。行きたい行きたいと意見を唱えていたのは知っているが、彼女が実際に都会へ進出するのはこれが初めてだ。

 子供のように口を開けたまま都会の喧騒を眺めて、やがてその実感が湧いてくると――。


「クロ!」


 やっぱり俺の名前を呼んできた。楽しいことがある度に俺の名前を呼ぶ癖は一向に治らない。


「すごい! クロ! ひといっぱい! ビルいっぱい! たまげた! 人多すぎじゃない? サクラ混じってない? ねえねえク――むぐっ」


 どんどんボルテージが上がってやかましくなってきたので、ハルの口に十円程度の駄菓子カルパスを放り投げた。食べ物を口に投げ入れるとしばらくの鎮静効果があると最近学んだのだ。


「で、今日集まった理由はみんな知っていると思うから早速――」


 委員長がテンポ良く話を進めていこうとしたが、総員の中にいる俺の顔を見て、ハルの顔を見て、少し考えこんで、ちょっとだけ悩んで、最終的にこう切り出した。


「さあ、集まった理由を忘れている人もいるかもしれないから、もう一回説明しようじゃないか!」


 賢明な判断だ、と原因である俺とハルは頷いた。

 慣れない委員会仕事をこなすのに必死過ぎて、タイムスケジュールや学園祭当日の予定などはあまりチェックしきれていない。他のメンバーは慣れているので把握しているようだが、我々は入会してまだ一週間ちょい、ついでに言えばこの世界に来て3ヵ月ちょいのペーペーなのだ。


「明後日の学園祭に備えて、足りない備品とかを経費で買うのが今日の目的さ。急遽足りなくなったものを買い足すだけなので分量はないけどね。……それで役割分担だけど、本部用と来校者用の備品がそれぞれ必要だから、2チームに分かれて買いに行こうじゃあないか」


 はーい!と小学生みたいにお元気で姦しい返事が女子たちから上がった。鳳輔も絹を裂くような裏声で参加していたが誰にも反応されていない。


「さてクロくん、鶴ヶ島くん、僕と一緒に本部用の備品を買いに行こう。分量は少ないけど1つ1つが重いのでね、男子の力を借りたいのさ」


 可視光線だけでなく赤外線すら反射しそうなほど白い歯を光らせながら、委員長が俺たちに誘いをかけてくる。別段断る理由も無いので俺は頷き、その隣では鳳輔が癇癪を起こしたインコの如く首肯しまくっていた。


「任せてくださいよ委員長! 重い荷物を持ってフラついた委員長の身体をいやらしく支えてあげますとも!」

「荷物持ってやれよ」


 いやらしいもの以外は持ちたくなさそうな鳳輔の後頭部を叩き、先進めてどうぞという視線を委員長に向ける。


「では、足りない備品の内容は事前資料に載っていると思うのでお忘れなきよう。……さあ、一時解散といこうじゃないか! 二時間後、またこの場所で会えることを楽しみにしてるよ」


 解散宣言と共に投げキッスを飛ばしている委員長だが、都会という遊び場に放たれた女子たちは気にも留めず、蜘蛛の子を散らすが如くどこかへ進軍していく。進む先が最近流行りのスイーツ店のように思えるのは気のせいだろうか。


 完全に遊ぶモードの女子ズを見て、委員長は何故かやり遂げたような表情で肩を竦めた。


「ま、規定時間までに職務を済ませてくれればそれでいいさ。……それでは我々も行こうじゃあないか、買われたくて震えてる備品ちゃんたちが僕たちを待っているからね」

「おー、パパッと終わらせちまってノゾキ部屋でも行きましょうぜー!」


 能天気な鳳輔の声が開幕のホラ貝代わりとなり、俺たちは一歩目を踏み出した。




 委員長は学園祭実行委員会の長なので、全体の進捗を見て指令を下す立場にいる。故に何かの作業を一緒に行うことがほとんどなく、事務的な会話しか今まで交わしたことが無かった。

 委員長について俺が持っている知識といえば、変態的なレベルで学校を愛しており、そこに行き交う生徒たちもやりすぎるほどに愛でて、委員長としての手腕も申し分ないということくらいだ。


 というわけで、初めて委員長とマトモな会話をすることになった俺は、中々に新鮮な感覚を得ながらお喋りしつつ買い出しをしていた――のだが必要な備品は少数で、三十分足らずで買い物は終了した。

 だからゆっくりダラダラと、適当なことをダベりながらショッピングモールを歩いていた。


「へえ、委員長って元々生徒会に属していたんですか」

「そうなんだよ。顔がよくて目立つからって理由でクラスメートたちから半ば強引に推薦されて入ったんだけどね、これが中々面白くて! ……でも学園祭の時期が繁忙過ぎてパンクしていたから、一年生の時に専用の委員会を作って仕事の分散化をしたのさ」

「だから学園祭実行委員会は三年生の数が多いらしいんだぜー? 委員長がクラスメートの中から手ぇ空いてる人を募って発足したみたいだからな!」


 日頃あんまり身の上話をすることが無かった我々だが、こういう機会に色々お互いのことを語り合っていた。まあ身の上といっても俺が話すエピソードは大体虚実、魔法界とかハルと同居とか言えないことが多すぎて嘘八百どころか嘘千六百くらいなのだが。


「……そういえば前から気になってたんですけど、委員長の学校大好き性癖はどこ由来なんですか? 最初知った時はまたまたぁって思ったんですけど、ここ一週間くらい毎日校則と校歌を書写しているのを見ていると、いよいよ本物だなって気持ちになりまして」


 丁度いい好機だったので、前々から気になっていたことを委員長に質問してみる。


 東松山咲希。スペックは言わずもがな、モデル級のイケメン系美女で、模試の点数が高すぎて不正扱いされて判定が出ない程の頭脳明晰、ロンダートで登校できるレベルで運動神経抜群、性格はミント味のガムくらい爽やかで、委員会内での手際の良さはハル二十七人分くらいに匹敵する猛者。こうしてまとめてみれば非の打ち所のない超高性能人間だ。


 だが学校自体に性的興奮を覚え、学校と子供ができた場合の名前を二百パターン考えたり、学校のことを想いすぎてマタニティブルーになったり、学校に触れていると時たま謎のつわりが発生したり、永遠に添い遂げるため東松山家の墓標に『学校』と掘ったり。もうわけが分からない。


「そうか、僕に興味があるんだね! じゃあ結婚を前提に答えるけど――」

「あっ、チェンジで」

「僕はね、この学園に恩があるんだ。だからこそ大好きだ、愛してると言ってもいい」


 さらりとそんなことを言ってのけている委員長は、ネタ感を一つも含んでいない純粋な笑顔を浮かべていた。発言内容が突飛でもイケメンスマイルを湛えていれば大概のことは受け入れられるもんなんだな、と俺はまた一つ賢くなる。


「中学の頃までは親がアレコレうるさくて人生が楽しくなかったんだけどね、この学校に入ってみんなと会えて本当に正解だったよ。みんな大概のことには動じない器の大きさだし、楽しいことが大好きだし」

「ああ、まあ……」


 クラスメートたちのことを思い出す。化物生活が長すぎて常識外れな部分を見せてしまう俺たちだがクラスメートたちは難なく受け入れていたし、全く気にする様子を見せなかった。確かに器はでかいだろうし、そんなに寛容だといつか詐欺師に騙されないかと将来への不安もでかい。


「だから僕はこの学園が好き、この学園にいるみんなが好き! だから愛情表現の中でも最上級の契りである結婚がしたい! 人類じゃなくて建造物だとしても極上の傾国さ! もちろん共に学校を支えている君たちも愛してるよ、Eternal love for you……!」

「やべえ鳳輔、俺、人生で初めて告られたけどすげえしょげてる」

「安心しろ、俺も初めては委員長だった」

「その言い方だとなんか変な誤解受けそうだからやめてくれ」


 愛国心が行き過ぎる人は戦場でも時々見るが、それと同じ系統なのだろうか。それにしては行動が異様過ぎて、学校が好きなのか変態的な行動が好きなのか考察の余地がある。


「でも委員長、三年生ですよね? あと半年もしたら卒業しちゃうんじゃ……」

「そおぉなんだよぉお………………」


 ハリケーンよりよっぽど強烈なため息を吐き、委員長はその場にしゃがみこんでしまった。膝を抱えて顔を埋め、体育座りのポーズで悲しそうな鳴き声を上げている。


「それが悩みなんだよね……どうにか全員留年させられないかな……」


 委員長もいずれは進学なり就職なり、一歩一歩大人にならなくてはならない。だが本人はものっ凄い嫌そうな顔で大人になんかなりたくないとかぶつぶつ言っている。

 多分こういうタイプの人がOBとして何度も学校に顔を出して、在校生にあの人また来たって裏でひそひそ言われるんだろうなあ……とちょっぴり切なくなった。委員長には次の安息地をきっちり見つけてもらいたいところだ。


 しばらく駄々っ子になっていた委員長だが、俺と鳳輔があることないこと褒めちぎってメンタルを回復させて、なんとか歩行ができるくらいにまで復活させていく。


「はっは、満腹感を覚えるほどの賛辞に礼を言うよ愛すべき後輩たち! やはり後輩を摂取すると自己肯定感が上がるね!」


 後輩を摂取という全く新しい日本語で礼を言われても困惑するが、とにかく元気になってくれたようでよかった。意外とハル並に扱いやすい人なのかもしれない。


 すっかり期限をよくした委員長は、舞台役者のように両手を広げ始める。


「そうだ。時に後輩たち、もしもこの世に魔法があったら、とは思わんかね!」

「……!」


 突然『魔法』という言葉が現れて、肋骨の内側で心臓が跳ね上がる。

 なんとか平静を装うのが精一杯で、気の利いた返事をすることができない。隣の鳳輔が「魔法っすか、いいスね!」と乗ってくれなければ気まずい沈黙が流れるところだった。


「もしこの世界に魔法使いがいたならば、みんなが幸せになれる世界を作ってもらえるだろうね。辛い大人にならなくてもいいような世界にしてもらえるかも! 夢が広がるだろう?」

「ええ、そう……ですね」


 どうにか普通の表情で首肯するが、背中には真夏のような汗が流れていた。

 もし魔法が使えたなら――なんて、無人界では軽口であると理解している。しかしこの世界に潜む魔法使いを探しているタイミングでのこれは、俺を動揺させるには十分なものだ。


「だろう! はっは、大きな夢を持つことは良いことだね!」


 曇天さえも快晴に変えてしまいそうなほど快活な笑いを飛ばし、委員長は俺たちの目を見つめる。


「ところで、この前の深夜に魔法使いを見なかったかな?」

「……!」


 心臓が跳ねるなんてものではなかった。この身を襲った感覚を言うなら、心臓が内側から爆発したほどの衝撃だと言えよう。


「やー見てないっスねー。そん時はエッ……社会の暗部を激白する高尚な動画を見ていたので」


 隣にいる鳳輔が答えている間に、なんとか平静を取り戻そうとするが、頭の中はぐるぐると混乱し続けている。自分の動悸が音として聞こえてきて、咄嗟の誤魔化しを考えようとするが考えがまとまらない。

 動揺から抜け出せない俺に、言える言葉なんて……。


「俺も、見てないですね……」


 そんな歯切れの悪い短文が関の山だ。

 しかし委員長は「そうか、見てないかー」と心の底から残念そうな声を出して、腕を組んで唸り始める。


「実はね、ここだけの話だよ。……この前の夜に学校のヌードデッサンをしていたら、空が紅く光ったんだよ! 闇の学校に真紅の稲妻、あれは絵になったものさ! もう大興奮で精通しそうだったよ!」


 混乱の最中で、精通すんなという言葉をぐっと飲み込む。


「そうしたら雲の合間にね、人影が見えたのさ。最初は見間違いか何かかと思ったよ。でもよく見たらね、その人影が杖みたいなものを持っているのがうっすらと見えたんだ。きっとあれはファンタジーの申し子、魔法使いだったのさ! どうだい、興奮するだろう?」

「ほぇ~、不思議なこともあるもんスねえ。にわかには信じがたいことですけど、もし本当に魔法使いだったらウハウハですねえ」

「だろう! もし念願の魔法使いさんに会えたら、是非この僕を永遠の学生にしてくれと頼むね。いや、学校と会話をしたいと願うほうがいいかな? それともいっそ僕が学校になるというのはどうだろう。うーん、むむむむむ……」


 どこか幸せそうな顔をしながら、委員長が無意識に歩き出す。恐らく部屋の中を歩きながら考え事をするタイプなのだろう。


「………………」


 あの魔法使いの目撃者がここにもいた。

 正直、委員長からこれ以上の情報が引き出せるとは思えない。しかし問題になるのは、一般人が魔法使いを目撃してしまったという事実だ。


 あの瞬間を誰かが携帯で撮影して、ネットにでもアップしたら? そしてそれが解析されて魔法使いの存在が明るみに出てしまったら?

 ……俺たちの恐れていた事実が、現実になるかもしれない。


 いや、落ち着け。その魔法使いをひっ捕らえて杖さえ奪えば、俺たちも魔法が使えるようになる。そうすれば記憶やデータを操作して、なにもかもをなかったことにできる。

 まだ最悪の事態に至ったわけじゃない。焦るな、冷静になれ……。


「ふう……」


 静かに一度だけ深呼吸をし、ようやく落ち着きを取り戻す。


 そして思案しながら委員長の後を追おうとすると、鳳輔が付いてこないことに気づいた。彼もその場に立ち止まり、なんとも形容しがたい表情を浮かべている。


 俺に視線を向けられた鳳輔は、いつものように笑った。

 でも、少しだけ乾いているように感じるのは気のせいだろうか。


「……なあ、クロ」

「どうした?」

「もしもさ……全員が幸せになれる『かもしれない』世界があるとしたら、お前はどうする?」

「え……?」


 ようやく鳳輔は一歩踏み出した。

 そのまま二歩、三歩、四歩――そこで、鳳輔の不意な質問で足を止めた俺とすれ違い――。


「本当に魔法使いがこの世界にいて、楽しさなんか欠片もない存在に……大人なんかにならなくてもいい世界を作るって言ったら、お前はついて来るか?」

「…………」


 鳳輔は委員長の元に向かって歩いて行く。考え事に集中し過ぎてランジェリーショップを真っ直ぐ突っ切り、いよいよ使用中の試着室に突入しそうになっている彼女を止める為だろうか。

 そんな鳳輔の背中に、俺は言葉をかけようとして――躊躇い、ハルの言葉を思い出す。


『またあんな世界に戻れても、無意味に祭り上げられて、戦いに勝つことだけを求められ続けるんだよ……?』

『私たちの楽しい時間は、今しかないんだよ……』


 あの時、俺はなんて言おうとしたのだろう。

 電話に言葉を遮られなかったら、彼女に何を伝えていた?

 ……分からない。でもきっと、言葉にならない声を出して、黙ることしかできなかったはず。


 鳳輔や委員長が大人になるように、俺たちも学園生活を終えて化物に戻る。魔法界へと帰還し、死まで続く争いを続けるか、それとも敵国を滅ぼす新時代の神祖に至るか。

 それは楽しさを感じることのない日々だろう。

 でも、俺は……。


「……そんな世界なんか要らないよ」


 そう告げていた。

 鳳輔が足を止めて振り返る。聞き逃したはずのない答えを、もう一度訪ねるように。


「俺が大人にならなくちゃ困る人たちもいるんだよ」


 そう言って俺も歩き出す。今度は俺が鳳輔とすれ違い、その肩を優しく叩いた。

 国の未来を背負った人間が、私的な理由で安寧を求めるわけにはいかない。例えそれが意思と反する人生だとしても、大人になる義務からは逃れられないのだ。

 それに……大人にならないようにするなんて、例えそんな魔法があったとしても非合法な手段でしかない。理の埒外から与えられた安寧など、求めたところで永遠に続くはずがないのだ。


「……そうか。お前はそっち側の人間か……」


 密やかにそう呟いて、一度手で顔を隠し――鳳輔はいつもの表情を取り戻す。

 何事もなかったかのように、全てが夢想であったかのように。


「よっしゃクロ、委員長を止めるぞ! このままじゃ猥褻物陳列罪で逮捕されちまう!」

「ノゾキは迷惑防止条例違反だよ。委員長を猥褻物認定するなよ」


 ――鶴ヶ島鳳輔。顔と成績以外は優秀と言われ、性欲に従順なイマドキの男子生徒。

 そして、入学前からの友人にして……朝霞愛美の幼馴染。


 アイが本件の重要人物であるならば、密接な関りを持つ鳳輔も関係者であることは容易に想像できる。魔法使いの存在を知る所以も、この世界の行く末の一端を知った風な理由も、幼馴染との繋がりがある限り情報の入手ルートは明白だ。


 彼だって何かを知っている。しかし浮かべている表情はアイと同じ、何を訊いても答える気はないという表情。だからそれ以上勘繰れない、無意味な行為だと理解しているから。


「…………」


 ……全員が幸せになれる『かもしれない』世界か。

 世界の部外者である俺たちも……その勘定に入るのだろうか?

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