1章 かつて彼女は化物と呼ばれた
「……なんだか毎回委員会に遅刻しているような気がするんだけど、気のせいかな?」
「ハハ……」
翌日、俺たちは毎度の如く学園祭実行委員会に顔を出したのだが、本部へ着くなり委員長に苦言を呈されてしまった。そりゃ遅刻に遅刻を重ねていれば文句の一つも言われてしまうだろう。
しかし遅刻したのには理由がある、この世界に潜む魔法使いについて調べていたのだ。本当に情報が貰えるのかも確定していないのに、アイが話してくれるのをただ待つのは愚策にも程がある。そういうわけで俺たちも独自に調査をしていたのだ。
真っ当な理由で責められるとこちらとて恐縮してしまうので、曖昧な愛想笑いを浮かべていると、そんな俺の肩を誰かが背後から掴んできた。
「おォ、今日も来てんのか。マジメじゃねーの、励めよマジで」
例え振り向かずとも、漂ってくる紫煙の香りで正体が悟れてしまう。嗅覚だけではなく粗野な喋り方と低めの声を聞けば、聴覚でも彼女が誰かを判別できるだろう。ちなみに煙の臭いが漂っている時点で禁煙グッズの意味がない気もするがどうなのだろう。
「まもり先生。どうしたんですか」
「あ~、資料を届けに来たんだよ。改めて探してみたらこの委員会に関係しそうなモンが色々出てきたからなァ」
まもり先生は小脇に抱えていた資料を委員長の前に置き、表紙が見えるように一冊一冊並べていく。いずれも学園祭実行委員会に関わる資料――というよりは、園馬関係の資料ばかりだ。その中にはあの日記帳も含まれている。
……きっとそれは、今まで手放すことができなかった未練そのものだ。それを資料として委員会側に引き渡したと言うことは、ようやく7年前の約束から前に進むことができたと言うことなのだろうか。
「ああ、ありがとうございます。少々中身を検めますね、中に何か重要書類が挟まっていたら困りますから」
「おう」
資料を受け取った委員長が、それぞれの資料を確認していく。資料編纂室という誰でも閲覧可能な場所に置くにあたって確認は必須なのだろう。
「……ああ、クロさんたちはその間、アイさんたちの打ち合わせに同席してください。生徒会との提携内容を知る機会ですから」
目線を資料に向けつつ、委員長が俺たちに与えた仕事は、後学の為に鳳輔とアイの打ち合わせを見学することだった。
二人は本部の隅っこで何やら外部の人と話している。上履きの色を見るに相手は三年生なのだろう。何やら分厚い資料を持っており、歓談というよりは商談と言った方が適切な雰囲気だ。
主に会話をしているのはアイで、鳳輔は後ろで色々な資料を抱えて立っている。いきなり会話に交じることはできないので、俺たちは何も考えてなさそうな表情の鳳輔に近づいて行った。
「ホースケ、これって何の打ち合わせなの?」
「おー、二人とも来たか。今丁度、学園祭当日の進行について生徒会と打ち合わせ中だな。生徒会も何だかんだで学園祭には関わってくるから、しっかりディスカッションしておかなきゃならんのだ」
アイと合議している生徒会の男の顔を見る。アイと喜色満面に話ができて大層楽しそうだ。
そりゃ明るくて笑顔が眩しい女子と話していると楽しいのは分かる。愛らしさでいえばアイは委員会メンバーの中でも飛びぬけているし、会話すると和むのだろう。
「よしハル、お前のいつ役に立つのか不明だった容姿を活かす時が来たぞ。アイが愛らしさを売って好評を得ているんだから、お前も名前にかけて春を売ってこい」
「ただの売春じゃないのそれ」
余計なことを言ってしまいハルにケツを蹴られている間にも、アイは笑顔を絶やすことなく会話を続けていく。
「そうですね、当日は我々が学園祭を中心にやりますので、生徒会の皆さんは後夜祭をメインにお願いします。それとダンスパーティーの部分ですけど――」
と、アイが言ったところで、タイミングよく鳳輔が資料を差し出している。
その連携は熟年夫婦並、ツーカーの仲と言っても過言ではない程だ。多分餅つきとかも上手にできるだろう。
そんな感じで打ち合わせが続いていく。さすがに外部との調整ともなれば鳳輔がふざけることもなく、不浄ネタの飛び交わない和気藹々とした打ち合わせが続いていた。
「じゃあこんなところですね。また何かありましたら適宜連絡しましょう」
そんな言葉で締められて、生徒会との打ち合わせは恙なく終了した。
立ち去っていく生徒会会員をアイは百カラットの笑顔で見送り(その後ろで鳳輔も不敬罪で捕まりそうな笑顔を浮かべていた)、一仕事をやり終えたアイは気だるげに椅子へ倒れ込む。
「つっ……かれたあああぁ……向こう三ヶ月分くらいの笑顔費やしたわぁ……」
「お疲れ様だ。もしよろしければ乳でもお揉み致しましょうか、お揉み致しますね」
「肩以外に触れたら次は法廷で会うことになるぞバカたれ」
鳳輔から繰り出されたアペリティフのようなセクハラを躱しつつ、アイは肩を揉まれて恍惚そうな表情を浮かべている。ちなみに俺の隣でハルが己の肩を叩いて何かをねだってきたので、とりあえずショルダータックルをしておいた。
仕事を終えて油断しているのだろう、アイは無防備な表情で鳳輔を見上げる。
「ねえばかたれー、つかれたー。労ってー」
「仕方ねぇなあ。飲み差しで良ければ気の利いたドリンクがあるぞ」
「おー、分けてくれるなんて優しいじゃん」
「知らないのか、俺は意外と情に厚い男だぞ、劣情とか欲情とか」
「さてはきさま言葉をフィーリングで覚えるタイプだな?」
大いに仲良しな二人を遠巻きから眺める。……幼馴染とは聞いていたが噂に違わぬ仲のようだ。なんというか、我々の入る余地がない。
委員長に与えられた仕事が二人を眺めるすることなので、クラスメートに見られたら囃し立てられそうな彼らの間柄を観察し続ける。
しばらくハルと共に仲睦まじい様子を見ていると、後ろから何者かに肩を叩かれた。委員長の確認に待ちくたびれたと思われるまもり先生だ。
「いい具合に仲良しさんじゃねーの、ああいう思春期はそっとしとくに限るってもんだなァ。安易に触れちゃヘンに意識して進展しねーし」
「え、あの二人ってそういうアレなんですか」
「アレにしか見えねーだろ。じゃあなんだ、お前にはアレじゃなくてソレに見えるってのかよエェオイ。どう見ても赤飯炊くべき二人だろーが」
「いや……自分、そういうの分からないんで……」
お前もそうだろ?と言うようにハルのほうを見ると、ヤツはコウノトリが赤ちゃんを運んでくるのとでも言いそうなくらいピュアな目で首を傾げていた。同類がいて安心する。
「かーッ、オメェ毛も生えるような年してウブなネンネみてぇなことぬかすなよ。第二次性徴履修し忘れたんか、なァ」
「まあその、初恋もまだなんで自分……」
初恋を迎える前に命日を迎える方が先だろうな、と心中で自嘲してしまう。
戦時中は恋に落ちたり子を拵えたりする男女ができやすいと言うが、我々王族兼化物にはそんな吊橋ロマンスなんて縁のない出来事だ。多分、今後も一生知ることのない感情だろう。
「オメェよ、学生ン時なんて一番恋愛が盛んなんだから歯磨きと同頻度で自分磨きしろや。アタシなんてしみったれた島暮らしだったけど、オメェくらいの年にもなりゃ初恋ぐらいしてたわ」
恋愛ねぇ……と目を細めながら鳳輔とアイの様子を窺う。確かにそう言われてみればよく小耳に挟むような恋愛っぽい甘酸っぱさを備えてるような気がしないでもない。
……言われるまで気づけない程、そのテの話題には疎いからよく分からないが。
友情と家族愛と恋愛の境目なんて、それなりの情操教育を施されなければ理解できないシロモノだ。ナチュラルボーン化物には遠い世界の気持ちだろう。
「おいテメなァに他人事みてぇな顔してんだ、全てを自分事として生きろや。学生時代が人生で一番楽しい時なんだからしっかり楽しめよなァ。大人になってつまらない毎日を始める前に今しかない時間を楽しんどけよ、これマジで」
「そう言われましても、なにぶんイロハのイすら知らない分際なので困っちゃうわけでして……」
「はァー? なッさけねぇボクちゃんだなオイ。オメ、一緒に転校してきたんだから幼馴染と仲いいんだろォ。もう付き合っちゃえよ、イッパツ既成事実作る方法ならいくらでも教えてやっからよォ」
「これが聖職者のモラルなのか……?」
あまりにも公徳心のない発言に、本都道府県の教員採用試験に重大な瑕疵があるのではないかとつくづく思っていると、首に腕を回されてまもり先生に引き寄せられる。
「イモ引いてんじゃねぇよ、なァ若者ォ。実るかどうかは知んねぇが、温めなきゃ卵は孵らねぇんだ。やるだけやってみろ、年喰った頃に後悔すっぞ」
口調こそはいつもの粗暴さに満ちているが、教えを説くような含みを持っている。教師らしく先人としてのアドバイスをしているのだろう。
言いたいことは重々分かるが、俺とハルの立場は一般生徒とは大きく異なるし、いつでも荒れ球なこの教師の言葉を羅針盤にして生きていくことに対しての不安は禁じ得ない。いい人なのは分かるのだが、如何せん教員としてはアナーキー過ぎだ。
そんな風に箴言を浴びていると、視界の先にいるアイが立ち上がった。
「あーだいぶ楽になったわー。お仕事一段落したよー」
打ち合わせの後始末を鳳輔が引き受けてくれることになったらしく、手の空いたアイが腕を回しながら俺たちの方にやってくる。
「アイも大変ねぇ、私たちと同じ一年坊なのに矢面に立って打ち合わせして。私があんなのに参加させられたら寝ちゃう、例え一対一のタイマン会議だとしても寝る」
「いやいやー。話の大筋に関して委員長からカンペを貰ってたからね、必要なのは笑顔だけ! この学校は色欲揃いだから、大体のことは笑顔を浮かべてればなんとかなるよん」
それはそれで浅ましさを禁じ得ない。この学園の生徒には学業より先に学ばせるべき社会のイロハがある気がする。
「それで、アイは一体どんな交渉をしていたんだ? 生徒会にご足労願ったんだから、それなりに重要な案件だと思うが」
俺がそう問いかけるも、アイはすまし顔で首を横に振る。
「別に大した内容じゃないよ。学園祭本番はこっちで頑張るから、後夜祭の運営は生徒会メインで頑張りやーって盟約結んだだけ。まあ学園祭実行委員会なんだし、学園祭のほうで本気出さなきゃ名前詐欺だからねぇ」
「後夜祭?」
全く聞いたことのない催しものだった。確か転入前に読んだパンフレットにも掲載はなかったはず。名前からして文化最後に開かれる祭典か何かだろうか。
「あー、クロくんたちは後夜祭知らないか。あのね、学園祭が終わって来訪者がいなくなったら、生徒たちへの労わりとして自由参加の後夜祭が開かれるの。体育館に軽食を配膳してまったり過ごす緩い感じで、バンド演奏とか漫談ライブとか色々なプログラムが催されるんだよ。まあ大体が学園祭で披露したもののリバイバルらしいけど」
まだ参加したことないから噂で聞いた話だけどね――と付け加えて、アイは手に持っていた資料を渡してくる。綴られている文字列は後夜祭の要項、恐らく生徒会側と話をするにあたって作った資料だろう。
アイの言う通りバンドに漫談、それ以外にもミュージカルやらカラオケコンテストやらダンスパーティーやらクイズショーやらアカペラやら。学園祭後でくたびれているはずの逢魔が時だというのに、ここぞとばかりに催し者が詰め込まれまくっていた。
「特にダンスパーティーがイチオシらしいヨ! クロくんもべっぴんさんを誘って踊り狂ったらどう? イベント事の熱に浮かされた女子たちを狙っちゃおう!」
「俺の見下げた積極性を甘く見るなよ、誘うだけでゲロ吐くほど緊張しちゃう。……それより、愛を育むならアイは鳳輔を誘ったらどうだ? 傍から見ると極めて親密なアレに見えるし」
……って先生が言ってたぞ、と内心で付け加えておく。
そんなたわごとを言われたアイは驚いて跳ね、さっきの鳳輔を真似っこしてアイの肩を揉んでいたハルの下顎に頭を強打しながら、韓紅色の顔で慌て始める。
「ぅえっ!? ……ばっ、ばかたれ。鳳輔なんて誘うもんかい。じゃ、じゃがいもみたいな頭した男は恋愛対象外なのだ、まいったか」
焦らせないでよ全くもう……とぶつくさ言いながら、アイは抱えていた資料の一部を俺とハルに渡してくる。
「じゃ、じゃあ、打ち合わせも終わったし資料のまとめっこしよっか。二人とも委員会での仕分けルール知らないよね? 手取り足取り教えたげるから一緒にやろう!」
「俺はそういうの得意だけど、ハルはゴミの分別すらできないから不安しかないぞ」
「照れるわね……」
果たしてどういう感情が錯綜してハルが照れているのかは分からないが、アイは大丈夫大丈夫とカラカラ笑いながら懇切丁寧に教えてくれる。
日頃から鳳輔に勉学を叩き込んでいるせいかアイの教え方は慣れていて、恐らくボノボとの知能勝負で負けるであろうハルでもちゃんと作業内容を理解することができていた。
そんな風にして、委員会の活動が続いていく。普通と呼べる日常が続いていく。
たったそれだけのことでも、俺たちにとっては新鮮味のあることだ。
その後、委員会活動を終えた俺は、ハルと二人で下校していた。
既に空は黒く染まり、太陽は地に伏し月が覇権を握る刻。設置された蛍光灯の灯りがみすぼらしく思えるほど月明かりの強い夜だ。僅かなルクスの光に彩られる世界は心地よく沈んでいて、戦火にまみれる母国とは比べ物にならないほど静かだった。
だがそれは夜道の話。今俺たちがいる場所――いわゆる業務用スーパーは店内BGMと来客のざわめきによって騒々しく、月明かりなんて目じゃないほどの照明に照らされている。
食材を買い込むべくスーパーに来た俺たちは、携帯に保存してある格安レシピを見ながら目当ての材料を探して練り歩いていた。といっても探しているのは主に俺。ハルは致命的に家事ができないのでレシピを見ても何も分からず、ただカルガモのように俺の後をついてきているような感じだ。
というような状態だというのに、
「ねー、ねークロー、今日の夕食はどっちが作るの?」
袖をくいくい引っ張ってきながらハルがそんなことを聞いてくる。
「……逆に聞きたいんだけど料理の自信あるのか? もうこの際気の向くままに作るシェフの気まぐれランチ的なものでいいから一任しても平気なのか……?」
「よし来た、シェフのまぐれランチ作ったる」
「一か八かで料理しようとするな」
ちょっと背伸びした子供のように時折ハルは家事を手伝いたがるが、大体自分でやったほうが被害は最小に食い止められるのでソファーに連行してテレビでも見させることが多い。
「でもほら、あれ、成長を促すならやらせたほうがいいんじゃないかしら。わたしも料理してみたい、なんかおもしろそう」
「フワッとした理由で料理やりたがる人は、大体成長の糸口掴めないまま大失敗して終わるからダメ。女子力極めたいなら実家で成長してくれ、キッチンのコンロで抜けた髪の毛焼いてイヤな臭いを出させるのが趣味のヤツには台所など預けられん」
「なんだと、ダメ親みたいなこと言いよって。保護者失格! 父性を失った者!」
「勝手に保護者扱いするなよ。俺の股から産まれたわけでもないのに父性を感じるわけないだろ」
「股から出せるもんなら出してみやがれー!」
ぷんすこ怒りながら背中をぽこぽこ叩いてくるがノーダメージ、マトモな料理が出てくる確率が三連単級だから却下だ。背中に感じる幼児の如き圧力を無視し、俺は平然と買い物を続ける。
「クロのばーか! いずれ虎になれ!」
「山月記に則って罵らないでくれ」
ハルは肩を怒らせながらお菓子コーナーへ向かって歩いて行った。後でこっそり買い物かごに菓子を放り込む算段なのだろう、行動が六歳児くらいと同じなのが悲しいところだ。
(……ま、役立ちたかったんだろうし菓子くらいなら見過ごすか)
ハルに家事をさせない理由はもう一つある。
ありとあらゆる家事が苦手なハルに任せれば、もしかすれば取り返しのつかない怪我をするかもしれない。ハルはメース国にとっては国宝級の存在、万が一のことがあれば国際問題が起こりかねん立場なのだ。
メース国内でのハルの立場を一言で表すなら、『化物』。彼女は王女という立場こそ持っているが、実際はただの殺戮兵器。全てを滅する化物のような扱いを家族や国民から受けている。
戦うことだけを使命とされ、余暇や趣味など持つこともなく、ただ戦場に生まれ戦場に生きる化物としての働きだけを要求されていた。生まれてからずっとそんな日々、生きていたのはそんな世界。
そんな国家兵器を傷つけたとなれば、メース国の王族が怒り狂うのも容易に想像できる。娘を案じる気持ちではなく、国防を侵害したとして驚くほどの激怒を見せてくれるだろう。
俺も彼女と似たような立場ではあるが、ある程度は人間扱いされて生きてきた。無論、化物のような扱いを受けることはよくあるが、幼い頃に母親から多少の家事を習ったこともあるし、シロガラ軍の人たちと交流をすることもあった。
ハルとは立場が異なり、一部の人々は俺を化物ではなく一人の人間として扱ってくれていた。まだマシな扱いだったのだ。
……だから、今こうして束の間の平和を過ごしていることは、彼女にとって初めての日常。
何もかもが新鮮で、楽しくて、興味深くて。……彼女は、本来手に入れるはずだった子供時代を、今ようやく謳歌できている。
無茶なんかさせられない、でも、彼女の過ごす僅かな安寧を無碍にするわけにもいかない。
(戦場で殺し合っていた俺が慮るのもおかしいかもしれないけど――)
少しでも楽しい思い出を持ち帰ってくれればいいな。
そう思った。
「おいハル、いつまでお菓子コーナーに入り浸ってんだ。そろそろレジ行くぞ、俺たちがウカウカしている今も冷凍食品は解凍されていく」
目ぼしいものをカゴに入れ終えた俺は、ハルの姿を見つけて近寄っていく。
「……」
しかし彼女は棚に陳列された菓子を見ていなかった。遥か遠く、レジの向こう――ガラス越しの空を家猫のように見つめている。
でも好奇心や探求心で外界を眺めているような表情ではない。気を引く何かを見つけたような、不審なものを見かけたような、そんな驚きと不安が入り混じったような顔――。
「なんだ、何か見えるのか?」
ハルの後ろから外を眺めてみたが、そこには面白みのない夜町が広がっているばかり。いくら眺め続けても変わり映えしないであろう景色を、それでもハルは見続けていた。
「……どうした」
「何か……胸の奥がざわってしたの」
「恋か」
「戦場でクロと遭遇した時みたいに……なんか、不穏な感じ」
不穏って思われてたのかとちょっとショックを受ける。俺もハルが出陣した時は被害が甚大になるから嫌で嫌で仕方なかったけれども。
「……」
しばらくハルは外を眺め続けていた。
彼女は何を感じて何を思っているのか、そんなこと一つも分かるはずがないまま――。




