12章 眠れぬ女子の犯罪譚
「わ! これ全部つづるんが書いた台本!?」
場所とメンバーが変われども、合宿の夜はいつもよりも賑々しく更けていく。
女子の寝床として宛がわれたのは演劇部の部室だった。いつもは部活のために使用している部室に布団が並び、女子たちは枕を寄せ合いながら声を高くして四方山話に興じていた。
様々な話題が飛び交い、黄色い笑い声が響いて、演劇部の部室はとても和やかかつ若々しい雰囲気。毒にも薬にもならないような日常話にファッションやコスメなんかの話題が高速で駆け抜け、ここにクロがいたなら話についていけなくて知恵熱でも出しそうな勢いだ。
ザッピングの如く無造作かつ雑多に移り行く話題の中で、今、フォーカスが当てられたのは綴流の演劇経験についてだった。
「へへぇ、バカほど多いだろォ。いっちゃん楽しんで書いてた時は週4本くらい書いてたぜぇ。もちろん大半は駄作だから読まれると病気を疑われるほど赤面しちゃうけどな!」
部室の奥に保管されていた綴流作の台本を布団の上に並べてみると、長期連載の漫画を全巻並べたような状態になるほど万里の長城じみていた。一冊一冊が薄いとは言えども数の暴力は凄まじく、その巻数たるや100冊をゆうに越している。
本の状態はまちまちだ。かなり年季の入った本もあれば、つい最近書かれたような新品同然の一冊すらある。表紙の状態から読み取る限り、小学生時代から高校時代までの全てがここに集結しているようだった。
「いつも演劇の練習で使ってるけど、こんなにたくさんあったんだねぇ。ん、あたしこれ好きだった」
「ォー、それは昨年書いたヤツだな。べちゃべちゃに湿度の高い恋愛モノじゃねーの、マナっち意外とこういうベッタベタなラブロマ好きなんだなぁ」
「ふふん、古今東西の恋愛ドラマを知り尽くす女とはあたしのこと……!」
本格的な劇団が公演する台本ではないので、20分もかからない程度のボリュームが大半だ。なんなら音楽でいうバイエルのような練習用の短編もある。ジャンルから長さまであまりに多種多様、恐らくまだ手を出していないジャンルはR指定がつくようなものくらいだろう。
「こんなにあると、目当ての本を探すことすら難しそうねぇ……」
積読のようにうず高く積み上げられた本をめくり、中身をざっと見て次の本へ。自分に合ったコメディものの台本を探して、ハルは台本の山を切り崩していく。
「ん……?」
……その時、他の本とは一線を画す本を見つける。
妙に凝ったタイトルデザイン、演劇の形式とは異なる書き方、何かの続編であるかのように一見では理解できない内容。
それは演劇用の台本ではなく、ドラマなどで使用する脚本だった。
「つづるーん、何これ。懸賞か何かで手に入れたヤツ?」
「あ!!!」
ハルがその脚本を掲げながら作者である綴流に問うと、彼女はテンションの上がってしまった時のハルにすら負けない大声でリアクションを返した。あのハルが己の耳を塞いだのだから、その声量はもはや語るまでもないだろう。
「うわー! 失くしたと思ったら混じり込んでたのかよォ! お前こんなトコにいるなら自己申告しろよなァおバカがよぉ~!」
綴流が身を乗り出してハルの手から脚本を取り返すと、妙にテンションの上がった声を出しながら本を胸に抱きはじめる。その表情はアッパー系のヤクでもやっているんじゃないかと勘違いしてしまうくらいアガっていた。
「異形……犯罪譚? 随分物騒なタイトルの脚本ねぇ」
ハルがタイトルを読み上げると、綴流はトロピカル&フレッシュな笑顔を浮かべながら脚本を見せびらかした。
「おう! 十数年前に放送されたドラマでな、ウチのおパパが脚本書いてたんだぜ~。一時期はちょお人気だったんだから!」
「あ、それ見たことあるかも。昔の記憶で曖昧だけど、あたしのお父さんの書斎にあったような気がする」
心当たりがあったのはアイだ。斜め上を見ながら記憶を辿り、在りし日すぎて朧げな記憶を呼び起こしている。
その一言を聞いて綴流のテンションが俄然上がっていく。彼女自身が褒められたわけでもないのに胸を張り、誇らしげな表情で首がもげるほど大きく頷いていた。
「センスいいなァ、マナっちのパパさん! これおもれ~んだよ、教育界隈からの評価はマジ悪かったけどな! 悪影響とかなにやらで叩かれまくってたけど、体に悪ぃモンが美味ぇみたいに悪ぃ作品はサイコ~なんだよナ!」
「へ~。じゃあソレは、つづるんが親からもらった当時の脚本ってこと?」
「いンや、これはウチが書いたモンだぜェ~。好きすぎて書いちゃった!」
そう言われてハルが改めて脚本を見てみると、ホッチキスの留め方や紙の断裁部分など細かなところの精彩が欠けており、確かに素人のお手製感が溢れ出ていることに気づいた。
「実はよォ、ウチは異形犯罪譚を復活させてぇんだよな~。おパパの後をウチが継いで、もっぺん犯罪譚ブームを引き起こしてやるんだ! それが夢なんだぜ、演劇部の活動も特訓の一環ってワケだな!」
幼稚園であった出来事を語る幼児のように、綴流は喜色満面に己の夢を語っていく。ハルとアイは優しい表情でそれを聞き、同調するように頷いていた。
父親が作り出した物語を娘が継ぐ。現実的には難しい夢だろうが、もしも叶えば素敵なことこの上ない。是非とも応援したくなる夢だった。
「……ちなみに、そんなに面白いの?」
ずい、とハルが綴流に近寄りながら問いかける。面白いことが大好きな彼女が、これほどまでに猛烈なPRに興味を示さないはずが無いのだ。
一方の綴流もカモを見つけた詐欺師のように目を光らせ、すわ布教の時と言わんばかりに粘度の高い笑顔を浮かべる。そして鞄を漁り、中から映像ディスクを取り出した。
「フ……ハルチャン、ここに実物があるとしたらどうする……?」
「む!」
丁度良いと言うべきか、演劇部の部室には演技確認用のテレビが置いてある。今は携帯電話でいくらでも撮影ができるが、一昔前は携帯の画面も小さく、映像機器を利用してチェックをするしかなかったのだ。更にお誂え向きに、著名な演劇を見ることも練習の一つというかつての部長の意向もあり、テレビには映像ディスクのプレーヤーが接続されている。
「見るかい子猫ちゃん、目くるめく悪党の世界をよォ……!」
「ウォーッ! いけ、やれ! 殺せ! あッ、ちょっと死んだ!」
「殺れェッ! ブッ殺せ! あーここ! この内臓見て! ちょおリアルで綺麗なんだよ! 当時PTAにマジぶっ叩かれてたけどファン内では造形の拘りが語られてて当時まだSNSがそこまで発達してなかったネットでもスクショがいたるところで(略)」
テレビに映し出された異形犯罪譚本編(第3話『臓器風呂に浸かれ!』)を視聴しているハルと綴流が、オリンピックを全身全霊で応援する熱烈ファンの如き声を上げながらバカみたいに盛り上がっていた。
その後ろではアイも物語を楽しんでいるが、彼女たち2人ほど盛り上がっている様子はない。というかむしろ友人が「死ね!」などと物騒なことを叫んでいて若干引いているようにも見える。
「ウワーッ! なにこのアマ! 後先考えずに無鉄砲な行動ばっかり! このままお咎めなく助かったら苦情入れるわよ苦情!」
「大丈夫だちゃんと死ぬぜ! ゴメン今のネタバレ! 元々このキャラはスパイ映画の歴代ガールたちみたいなヤツを出そうと思って作られたキャラらしいんだけどよく考えたらヒロインとか要らないよねってことで著しく知能レベルが下げられて最後にはスッキリ死ぬための性格付けを(略)」
「テレビの音が聞こえないよぉ~……」
演劇の特訓によって声量がレベルアップした彼女たちの騒ぎようは凄まじく、アイは嘆き、先ほどその音を聞きつけたまもり先生が注意をしにやってきたのだが……。
「おォ~、やっぱグロドラマはツマミになるなぁ」
踏ん反り返って寝ころびながら酒を煽り、映像にツッコミを入れつつ楽しんでいた。どうやらまもり先生は幼少期にこのドラマを見たことがあったらしく、注意しなくてはという教師の本懐よりもノスタルジックな気持ちが勝ってしまったようだ。
「先生、これ騒ぎすぎですけど、止めなくていいんですか……?」
「ン~? いんじゃね、多分近隣には聞こえてないし」
いいんだ……と唯一常識を保っているアイが天を仰ぎ、もはやこの場に社会通念など存在しないことを悟る。ここは無法だ、正気になっている方が阿呆なのだ。
「……ッてカンジの話だな。どーだい、おパパの作品も中々なモンだろォ~?」
ディスク一枚分、3話までを見終えた綴流たちはブレイクタイムに突入していた。騒ぎに騒いでいた彼女たちはもう汗だく、せっかく近場の銭湯で身を清めたというのに台無しだ。
「私は肌に合ったわ! ドゲスな悪党が一刀両断にブチのめされていくのが痛快ね!」
「お話は面白かったけど、グロ描写がエグいよ~。あたし内臓とかドバるとビックリしちゃうの……」
「懐けぇなァ。アタシが住んでた島で一時期ブームになってな、男子共がビデオ回して観てたぞ」
三者三様の感想を聞いた綴流は「ウム!」と満足したように頷き、鼻歌を奏でながらプレーヤーからディスクを取り出した。自分の推している作品を一緒に見れて大変に満足している様子だ。
「ねー、つづるんー。これどのくらい人気だったの? 私としてはだいぶ刺さる作品だったけど、一般家庭ではどうにも忌避されそうな悪辣さだと思うわ」
「初代と劇場版は結構人気だったぜぇ~、過激はいつの時代も受け入れられるからな! 続編の途中で色々あってスタッフが総入れ替えになってよぉ、そっからは割と没落気味になっちまったかな」
「……ん? 総入れ替えってことは、つづるんのパパも脚本から降りたってこと?」
「そーなー。脚本だけじゃなくて監督もやってたからな、そっからはだいぶ作品のカラーが変わっちまった印象だなぁ~。そうだよ、ソレだよマジで! クソ局が理解度ゴミカスな監督を後任に据えやがってよォ、別作品かってくらいコンプラ準拠のぬるま湯に! 映像倫理委員会のケツを嘗めやがったすっとこどっこいがよォ!」
腹に据えかねていたことをありありと思い出したのか、床を殴りつけながら綴流が怒りを露わにする。その様子を見ているだけで、異形犯罪譚がどれだけ尻すぼみな最終回を迎えたのかありありと感じることができた。
「も、とりわけ最終回が最悪なんだよぉ。今までの物語は全部仮想世界の話でぇ、主人公から被害を受けた人は誰もいなくてぇ、仕舞いには『現実から目を背けないで清く正しく生きよう!』みたいな反吐が出る教訓を登場人物が口々に言うだけのクソエンド。主人公のカストルが真人間になって出社するシーンがラストなんだぜぇ……!」
「それは……またなんとも言えないエンドね……」
世間から糾弾が怖かったのか上層部からの圧がかかったのか、全てを作り物にして被害者をゼロにし、狂いに狂った主人公を普通の人間にして異常者たちのパラダイスを否定する終わり方だ。当然視聴者からの評価は芳しくなく、ラストシーズンを手掛けた監督の汚点となっている。
アイが携帯で最終回のレビューを見てみるも、並ぶ文字は批判一色。元々この作品を好ましく思っていなかった人々も参戦し、批判を通り越して誹謗中傷と言った方がいいレベルにまで達していた。
「ちなみに、ホントはどんな最終回になる予定だったの? やっぱり作中トップの悪人を成敗して終わり?」
「ンー、そんな感じじゃなかったっぽいなァ。おパパ曰く、同じく悪の道に堕ちた息子と戦う話にしようと思ってたらしいぜ。息子に超えられるのか巨悪の威厳を見せるのか、ファンとしては是非見てみたかったんだけどナー」
紡がれなかった最終回。もしも実現していたならばどんなものになっていたのか――と、今ではファンたちの間で夢想することしか叶わない。どれだけ待てども、きっと二度とこの作品は復活しないのだから。
……しかし、そんな諦観を拒絶する者が一人、ここにいた。
「だからよ~、ウチがこの作品を復活させて、本当の最終回を描いてやりたいんだよな! 続きを諦めちまったファンを沸かせてやるんだ、ことごとく嬉ションさせてやるぜぇ~」
父親が果たせなかった夢を継ぐ子供。その絵面は微笑ましく、応援したくなってしまうような活気に満ちている。
……衛と葵も同じく、父親の夢を継ぐ子供という関係性のはず。幼馴染たちは全く同じ立場であるはずなのに、どうしてここまで心境に違いが生じてしまうのか。
ほんの少しズレてしまった歯車を正しく噛み合わせることができれば、葵だって彼女のように前向きに生きていくことができるというのに。
「……つーわけでさァ~、ご好評いただいている皆様方に朗報なんですがぁ、実はここに4話から6話までを収録したディスク2がありましてでしてェ~」
怪しい笑みを浮かべながら綴流が鞄を漁り、2枚目のディスクを取り出してみせる。取り出す拍子にハルの目にちらりと見えたのは3枚目以降のディスク、全て見ていけば夜が明かせそうなほどに山盛りな異形犯罪譚の軌跡だった。
「大歓迎! どうせなら男子も呼びましょ! どうせヒマして通夜みたいな顔でババ抜きでもしてるわよ!」
「ォ~、いい案じゃねぇのハルチャン! 呼べ呼べ、男子共全員呼び散らかしちまえ! マモセン、別に風紀を乱すことするわけじゃネーシ、男子呼んでいいスよねぇ~!」
「ンあー……ま、鶴ヶ島さえ取り押さえとけば平気だと思うからいいぞ。つーわけで朝霞、ヨロシクな」
「頼むわねアイ!」
「彼女としてやらしく拘束してやれよォ~」
「彼氏への風評被害がすごい……!」
その後、彼女たちに呼びつけられた男子組は4話からという絶妙に分かりにくい部分から異形犯罪譚を視聴することになり、綴流から逐一解説を受けることになって大層テンポが悪くなっていた。
綴流は全話を視聴させるつもりだったようだが、6話が終わったところで『翌日に差し支える』としてまもり先生からストップが入り、総員に解散命令が下されることになる――。




