11章 眠れぬ男子の相聞歌
「はァ?! 同棲……!? マジかよ……」
合宿の夜はいつもよりも賑々しく更けていく。
男子の寝床として宛がわれたのは適当な空き教室だった。俺たちはどこに収納されていたのかよく分からない布団を並べ、睡眠前の与太話を繰り広げている。
なんとなくの流れで女子たちについての話題となり、またもや流れで俺とハルが同居していることを知った坂浦が驚愕し、天に伸び行く稲穂を垂れさせるくらいの勢いでため息をつきはじめていた。
「学生でソレとか、えぇ……なんだよ不健全じゃねーか……仲いいとは思ってたけどよ……」
「2週間近く稽古しとるのに全然気づかんのも鈍いもんやねぇ……」
若干呆れたように葵先輩が言っているのだが、本当にその通りだ。ちょくちょくハルと夕飯の話とかをしていたはずなのだが坂浦には一切伝わっていなかったらしい。どこまで他人に興味がない男なのだ、とむしろこっちが驚愕してしまう。
「テメーは顔的に、俺と同じ非モテ側の人間だろォ。一歩リードしてんじゃねーよ、同じ地位まで直ちに落ちてこいや」
「無茶苦茶言わないでくれ」
同じ地位まで来いと言われても、今の坂浦がどれだけの地位にいるのか分からないので対処のしようがない。……まあ、この目つきの悪さと一音入魂な暴言ぶりを見れば花形ではないことは悟れるが。
「……とはいえ、クロとハルちゃんは別に交際をしているわけではないみたいだがな。幼馴染で同居人、今はそれだけの間柄らしい」
どこか話しかけづらさを醸しつつも、鳳輔がそんなプラス情報を坂浦に話していた。様々な禍根があるので気まずさはあるのだろうが、それでも同じ演劇に取り組む仲間として上手くやっていこうとしているようだ。
「あー? んだよ、テメ一緒に住んどいてなんもしてねぇのかよ。興味ねーのかヘタレなのかどっちだ」
「ヘタレなのは言うに及ばずではあるけど……いや、でも、まあ……」
腕を組んで天井のLEDを見つめ、先々の予定を口に出すかどうかを逡巡する。確定させた未来の話なのだから別に言ったところで問題などないはずなのだが、どうにも気恥ずかしさといいうかもにょもにょ感というか、羞恥心が先行して口に出すのが憚られてしまう。
しかしそんな奥手では当日だって上手くいかないだろう。これも一種の予行訓練として意を決する。
「……クリスマスイブの日にな、まあほら、デート……とかに誘ってな、いよいよ、その……告白ぅ……とか、するつもりはある感じなんだけど」
あまりにも言い慣れなさ過ぎてかなりキモい言い方になってしまったが、ともかくその発言を聞いた鳳輔は大層驚き、坂浦はマジかよコイツ的な表情を浮かべ、葵先輩は若者の勇気を見て静かに微笑んでいた。
本人に告白をしているわけでもないのに、顔は熱くなって手の平には汗を掻き、視線は不審者のように辺りを彷徨うばかり。……こんなにキモい調子で本当に当日告白なんかできるのだろうか、どんなに精悍な男であってもこの態度ではフラれるのではないだろうか……。
「マジかよ、遂にか! やるなあクロ、たまげた!」
まだ何もやっていないというのに、まるで自分事のように喜びながら、鳳輔が親愛を込めて俺の肩を叩く。
「お、おお……」
思っていたよりも友人に応援されていたことを知り、気恥ずかしいやら嬉しいやらでヘンな返事しかできない。徹頭徹尾そわそわしてしまって、まるで初めて学校に足を踏み入れた時のよう。
「ええねぇ、気張りや。老婆心ながら、外野から見てる分だと受け入れてもらえると思うで」
「うむ、俺もそう思うぞ。クロとハルちゃんは傍から見ているだけでも随分とねんごろだからな。臆さずシュパッと告白をしてしまえ。緊張するなら俺が代わりに告白してもいいぞ?」
「それ何の意味があるんだ……?」
アイに聞かれたら折檻を食らうような冗談を流していると、話の成り行きを聞いていた坂浦が「待てよ……」と小さく声を発した。
「テメーら同棲してんだろ? それで恋人同士になるって大丈夫なのか。ほら、あんだろ、両親からの心証とか色々。警戒とかされるんじゃねぇのか流石に」
「それは……まあ、そうだな……」
同居についてはどういう設定になっていたっけ、と思い出しながらファジーな返答をする。
確か俺とハルの両親が大層仲良しで……転学の必要が出てしまったが両親たちは仕事の都合上来られないので……両親の提案によりハルと一緒に暮らすようになったみたいな感じだったはず……諜報員をお目付け役の親戚として設定していたような気もする……。
正直なところだいぶん怪しい設定なので、人に話すと色々突っ込まれてしまうのが悩みどころだ。特に両親のパーソナルデータが設定されていないので、そこを追究されると非常に純度の高いぐうの音が出てしまう。
「で、当日はどんなデートするん? せっかく告白するんやし、色々作戦を考えてるんよね?」
あんまり俺がこの話の流れを好ましく思っていないのを悟ってか、葵先輩が軽やかに話を変えてくれる。こういう物事を俯瞰的に見れる人がいると非常にありがたい。
「そりゃもちろん色々と考え――」
頭の中で考えていた壮大な告白プランを口にしようとして、不意に俺の身体が止まる。
行き先もデートコースも、決戦の日に備えて何もかも想定していたが、一つ重大な要素を見落としている気がしていた。
「……俺、ハルとデートする約束取り付けてなくね……?」
「はァ!?」
「マジかよ……」
「そらあかんなぁ」
大前提を覆してしまう一言を放つと同時に、三人から当然の如くダメ出しを食らう。
大変マヌケな話になるのだが、「とりあえずデートの内容が決まってから誘おう」「告白の場所を決めてから誘おう」とチキンにチキンを重ねて延期を繰り返した結果、誘うという工程をすっかり飛ばして物事を進めていたのだ。慣れない演劇活動に一生懸命になっていたという言い訳はあるが、そんなものを持ち出したところで己の責任からは逃れられるわけもないだろう。
「やっべ、後で誘っとかないと……」
「うむ、可及的速やかに誘うべきだろうな。学園祭実行委員会の先輩女子たちが女子会クリパの計画でも立ててみろ、楽しそうなことが大好きなハルちゃんなら二つ返事で参加を表明するぞ。なんならクロを女子会に誘ってくるような無法ムーブもかましてくるかもしれない」
ハルのことだからありうる話だ。変容魔法で俺の姿形を変えて女子会に参加させてくる可能性すらある。
次、顔を合わせた時に誘おう。……仄かな焦燥感を胸に抱きながら、そう心に決めた。
「そういう鳳輔はアイとどこかデートしたりするのか? 付き合って初めてのクリスマスだろ、攻勢を仕掛けるとかなんとか言っていた気もするが」
「ん? そりゃまあ、高校生にしては背伸びどころかクレーン車で吊り上げられたようなフレンチを食して良い雰囲気になる予定はあるぞ。問題は最近の俺が資金難ということだ、株式を発行してでも是非どなたかに資金を出資していただきたい所存」
「法人になるなよ」
金がないのはお互い様なのでどうしようもできないな、と返事をしていると、坂浦がすげぇ胡散臭そうな顔で鳳輔の顔を見ているのに気付いた。
「……え、なんお前、あの朝霞と付き合ってんの」
「ん……」
問われた鳳輔は返事というよりは喉鳴りと言うべき返ししかできず、言葉の代わりに大きく一度頷いた。それを見た坂浦は「へぇ……」と白湯より薄い感想を零し、3秒ほどの沈黙が空き教室内に広がっていった。
「……そりゃお前、アレだ。…………なん、こういう時なんて言やいいンだよ」
「さあ……あの、あれ……クロとかはおめでとうって言ってくれたけど……」
「はあ、そりゃ……まあ、おめでとう? ……つー感じになんのかね……」
「えーと……どういたしまして……」
本人たちにとっては気まずいことこの上ないのだろうが、傍から見ている分には中々に見ごたえのある距離感だ。なんとなくお互いに距離を縮めるべきか適度な距離感を保つべきかを測りかねている感がある。
「思春期特有のもどかしい距離感ってええよねぇ。こういう犬猿の二人が仲良うなるん、俺好きやわ」
「本当に仲良くなれればいいんですけどねぇ」
二人の様子を見て、葵先輩がのどかに笑っている。わざわざ介入はしないが、軋轢が発生しそうになったら止めようという気構えだろう。
そんな彼の様子を見て、そういえば葵先輩の恋愛事情はどうなのだろうと疑問を抱く。無論、恋愛するとしたら相手は一択なのだろうが、どこまで進んでいるかは気になるところだ。
「ちなみに葵先輩は土居さんと幼馴染ですけど、そういう……アレはあったりするんですか? 俺たちみたいに、恋愛的な」
急に恋愛事情を聞かれた葵先輩は一瞬目を丸くし、そして鼻に息を通すように小さく笑った。細やかな所作までがまるで演劇のように、様になっている上にどこか白々しくも感じた。
「うん、好きやよ。綴流も俺のこと好いとるし」
「え、メンタル強っ。めちゃくちゃ軽く暴露するじゃないですか」
「だってホントのことやし。それにそない隠さんでも、どうせ距離感を見れば分かるやろ?」
……それは確かにその通りだった。
葵先輩と綴流の距離感は、なんというか単なる友達同士の距離感ではないのだ。交際中の男女でなければ在り得ないほどのパーソナルスペースになっているというか、どれだけ体が触れても全く意に介していないというか。
俺たちが想像している男女交際を突き抜けて、もっと深いところにまで至っているような、どこか煽情的な雰囲気さえ漂わせる……大学生的でワンランク上の間合いなのだ。
「じゃあもう完全に彼氏彼女なんですか。演劇部のエースと部長が付き合ってるってなんか生々しくてアレですね、運動部のマネージャーとキャプテンが交際しているみたいな」
「いやぁ交際はしとらんねぇ。好いとるのは事実やけど、そこまではなぁ……」
「えっ? お互いの気持ちが分かってるのに?」
「んー……まあ、なぁ。………………んー………………」
葵先輩は珍しく口淀み、悩んだ時の俺のように腕を組んで天を見つめた。
「それは……そうやねぇ。……あんま愉快な話やないけど、聞いてくれるか?」
もちろん、と俺と鳳輔は頷き、真面目に話を聞くことを体で示すように正座をした。
葵先輩は顎に手を添え、自身が巡ってきた過去を追想するかのように瞳を閉じ――走馬灯のように過日を思い描きながら、いつもよりも少しだけ小さい声で語り始めた。
「……俺の父親は芝原衛言うんやけどな、俺のことをどこまでも管理しようとするタイプの父親で……」
親の期待を背負わされ管理され続ける、天賦の才を持った子供。その一番近くにいながら恋を縒り合わせられない幼馴染の少女。
……親という強大な存在が睨みを利かせる限り、彼らの恋は許されない。
全ては芝原衛が地位を失い、息子に期待をかけたことから始まった物語――。




