6章 セピア色の学園祭
翌日の放課後、俺はハルを引き連れて学園祭実行委員会へと向かっていた。
腑に落ちていない部分や疑わしい箇所は色々あるが、今はアイが唯一の情報源なのだ。しばらくは彼女との契約通り、委員会活動に精を出すのが良いだろう。そう思い、自らの足で学園祭実行委員会の本部へとやってきたのだ。
「こんちはー、遅れてすいませーん」
本部への扉を開き、謝罪を兼ねながら挨拶を一発かます。
昨日は得体が知れない場所だったので躊躇いつつ入室していたが、二度目ともなればあまり躊躇うことなく立ち入ることができる。
「遅ェーよジャリガキ」
「アッ」
だが、本部に立ち入るなりドスの利いた声と共にヘッドロックを仕掛けられた。多分今後は躊躇って立ち入ることになるだろう。
突如としてプロレス技をかけてきたのは委員会のメンバーではなかった。出会い頭に締め技を放てる一般生徒などいるはずもない。
そこにいたのは、我がクラスの教師である成田まもりだった。死体も思わず心臓発作を起こしそうなくらい鋭い三白眼と、文部科学省が知ったら卒倒しそうなプリン頭、茶色く塗ることで菓子に偽装している禁煙グッズ。教育委員会はよくこの人に教員免許を発行したなと思わず感心してしまう。
「せ、先生、なんですかいきなり……」
「なんでもクソもあるかよ。オゥコラ、のっけから遅刻とはいい度胸だなァ」
「すいません……あといつまでも拘束されるのは恥辱の限りなのでロックしないでください……」
「クク……口ではそんなこと言ってッけど、口は正直じゃねえか」
「口以外の描写もしっかりしてください」
ようやく教師の束縛から解放された俺は、事務作業を進めている委員長に近づいて行った。
「委員長、公務員にいじめられたので訴訟から始めます。それとなんでまもり先生が来てるんですか、やりにくくて仕方ないんですけど」
「鳳輔君だったなら顔の形が長野県みたいになるほど握られると喜ぶんだけどねぇ。……ちなみに、まもり先生が今日来ているのは君たち二人が原因だよ?」
「え?」
俺たち?と首を傾げてしまう。ハルが何かしでかさないかと思って監視しに来るのなら心の底から共感した上でお茶を出してもいいくらいなのだが、俺まで対象になるのはいささか不可解だ。
「二人が委員会に入ったことを知ったみたいでね、ちゃんと馴染めるか見に来たんだってさ。本当の要件はとっくに終わってるけど、それを確かめるために残っているんだよ」
「えっ、先生意外と良いところあるじゃないですか」
俺がスタンディングオベーションで讃えると、先生はむず痒そうな顔をして視線を逸らす。
「バッカ、アタシの良いところなんか星の数程しかねえよ」
照れ隠しにしては自負が過ぎる言葉を吐き、禁煙グッズを一吹かし。
……見た目は乱雑極まりない教師だが、案外生徒想いの教師なのかもしれない。本当に生徒想いなら出会い頭に攻撃を繰り出してこない気もするが。
「しっかし……久しぶりに足を運んだが、変わんねぇなこの部屋は。相変わらず賑々しいようで何よりだ」
「え、先生って前もここに来たことあるんですか?」
そうなの?と問うように委員長に視線を向けてみるも、彼女とて意外そうな顔をしていた。どうやら長である委員長にも心当たりがないようだ。
「あぁ、オメェらは知らんと思うが、実は7年前にも学園祭実行委員会があったんだよ。1年間だけな。そん時もここが本部だったんだよな」
「え、そうだったんですか」
1年だけの学園祭実行委員会。なんだか特別感のある見出しだが、どうしてそんな事態になったのかは分からない。
どこの学校でもそうだと思うが、学園祭は毎年行われる定例行事だ。当然のことながら実行委員会の必要性は毎年発生するだろう。しかし1年だけ委員会が活動し、そこから7年間復活しなかったというのは不自然極まりない。
委員長もこれには疑問を禁じ得ないようで、古文のテスト中みたいに渋い顔をしながら腕を組み、己の顎をさすっていた。こんな昭和俳優みたいな仕草でもサマになっている辺り、顔が整っている人は何をやっても得なんだなと顔面貧富の格差を感じてしまう。
「ふむ、それは非常に不可解だね……7年間断絶した委員会の謎か……」
彼女の悩む表情にはちょっとした好奇心と探求心が混ざり込んでいるように見える。突如として齎された委員会ミステリーに踊る心があるようだ。
ちなみに俺の隣にいるハルも似たような表情をしており、頭で思うよりも先に俺の心がうへえとぐうの音にも近い声を発す。ハルがこういう夏休みを迎えた小学生みたいな表情を浮かべている時は大抵めんどくさいことを言い出す兆候だ。
「よし、クロくんとハルさんに初仕事を与えよう。7年前の学園祭実行委員会の実情を調べて、どうして一度委員会が無くなってしまったのかをまとめてもらいたい。ついでにこの委員会に詳しくなれるからピッタリでしょ?」
「任せなさい! この私の好奇心を遺憾なく発揮すれば、ありとあらゆる過去を必要以上に深掘りしちゃうわ!」
調査を任命されてハルがウキウキになっているが、彼女を乗らせる手段としては適格だろう。学園祭実行委員会の仕事と歴史をイチからレクチャーすると十中八九居眠りし始めやがると思うので、こういうオリエンテーションのような形式で仕事を振るのは正しい選択だ。
「……つっても、別に謎でもなんでもねぇんだがなァ……」
そんな中、妙に盛り上がっている委員長とハルを遠巻きに見つつ、そんなことをまもり先生が独り言ちていた。
遠い過去を知るためには、綴られた文献を参照するのが一番効率的だ。
俺たち二人はまもり先生と共に移動し、学園祭実行委員会の本部を出たすぐ脇にある資料編纂室に来ていた。
ここには過去に開催された学園祭のパンフレットや帳簿、歴代の卒業アルバムや体育祭の結果、その他学園に纏わる様々な資料が並べられている資料置き場だ。この学園の歴史の全てが詰まっていると言ってもいいだろう。
「えーと、7年前、7年前……」
学園祭の資料がありそうな箇所を3人で捜索していく。恐らく年1回の大掃除の時くらいしか掃除されていないのか、群生していると言っても差し支えないほどまでに埃が発生し、俺たちの鼻をどこまでもムズ痒くさせる。
こんなことになるならマスクを拝借して来ればよかった、と思いつつ資料を漁っていくと、隣のハルが園児みたいな大声を発してちょっぴり驚く。
「あ! これ見て先生、学園祭用の来場者ノートみっけた!」
「ンあ? 懐けぇモン見つけるじゃねーの。入り口んところに置いて、来場者の生の声を書いてもらうヤツだな。喫茶店とかにあるお客様ノートみたいなモンだ」
「これ今年も使えそうね! まだページ数が潤沢に余ってるし、せっかくだから私も書いちゃお!」
どこに隠し持っていたのか分からないペンを取り出し、ハルがノートに『太陽のような笑顔 若葉春』と謎の怪文を書いている。しかし太陽を大腸と誤字って猟奇的な自己PRになっていた。
しかもその次の行に『苦労人 高坂黒』と勝手に人の名前を書き綴っている。どうにかして無印私文書偽造罪とかでコイツを裁けないか検討したいところだ。
「……お、これか」
まもり先生と一緒に来場者ノートを見て楽しんでいるハルを放置し、学園祭についての資料がまとめられたキャビネットを調べていくと、丁度7年前の来校者用パンフレットと運営日誌を発見する。
運営日誌は当時の学園祭実行委員会の面々が順番に書いていく活動報告のようなもの。とはいえそこまでお堅いものではなく、ほとんど身内専用だったようだ。顔も知らない個人の名前が飛び交っているせいで人間関係の解読に苦労してしまう。
日誌に貼られている写真を見る限り、今の学園祭実行委員会と大した違いはなさそうだった。身内ノリ全開の緩い雰囲気は、どれだけ年月を重ねても変わらないのだろう。
俺の後ろからハルとまもり先生が運営日誌を覗き込んできて、ハルは興味深そうに、まもり先生は懐かしそうに声を発す。
「へー、今とそんな変わらないのね。もっとこう、セピア色の写真で歴史を感じられるかと思ったのに」
「バッカオメ、言うてもたかが7年前程度だからな。ガッコもそのままだし今とそんな変わんねぇよ。丁度オメーらが小学生の時だ、世間的にも大した変化はないだろ?」
「えぇ……いや、まあ、そうすね……」
7年前と比較しろと言われても、俺たちが知る7年前は戦火と鮮血に塗れた戦場の記憶だけだ。何年前と比較しようがありえないほどの差があると言えよう。
そのまま日誌を捲っていくと、だんだん委員会内の関係性が理解できてきた。どうやら今と同じく、カリスマ性のある委員長を中心として回っているようだ。
「この委員長用の腕章を付けてる男子がメインになってたみたいですね。ほとんどの写真に写り込んでるし人望もありそうだ」
「あー、そいつは園馬 冬也だな。委員会を設立した張本人だ。当時は学園祭の運営は生徒会が担ってたんだがよ、毎年この時期は大変そうってことで学園祭実行委員会を作って仕事を引き受けたらしいんだよな」
過ぎ去りし過去を懐かしむような口調でそう言い、まもり先生は園馬という男子の写真を見つめて目を細めた。当時から交友があったのだろうか、彼女の言葉には親しみがこもっているようにも聞こえる。
「結構なキレ者でよ、トラブルとかを爆速で解決してたんだよなァ。部下からの報告だけで揉め事の全貌と解決法を把握してな、現場に赴かなくとも色んな問題に対処してきたスゲェ奴だよ」
「へー、電気椅子探偵みたいね」
「安楽椅子探偵だろ、勝手に殺すな」
「……ま、対人性能に優れてたってだけで勉強はからっきしだったけどな。おかげで大学行けなさそうでな、新任だった頃のアタシは頭を抱えてたもんだ」
幼き頃の息子を回想するような、過去に浸る表情。そんなにも思い出深い相手なのだろうか。
「……ん?」
運営日誌を捲っていって気づいたが、園馬という男子生徒はどうやら7年前時点で1年生だったようだ。よくもまあ入学して半年も経っていない1年坊が学園祭に関わる委員会を設立できたものだ、と思いつつも妙な違和感を覚える。
日誌の中身を見るに相当賑々しく楽しそうな委員会活動なのだから、翌年の学園祭でも続投しているのが道理だろう。むしろ生徒会の負担を減らすためにという立派な大義名分を持って作られた委員会なのだから、1年で撤廃されるとは到底思えないのだ。
「まもり先生、結局どうして1年で廃部……廃会? になったんですか? 日誌を見る限り、雰囲気がサイアクとか活動が杜撰とか、そういう要因も無さそうですし」
「……ま、見てったらそのうち分かんだろ」
まるで逃げるような曖昧な返答をし、まもり先生はキャビネットから適当な会誌を取り出してパラパラと捲り始めた。
彼女の瞳は動かない、会誌に綴られた文字を読んでいる様子ではなさそうだった。もしかしたらそれは、日誌の続きを読みたくなかったからかもしれない。
「クロ、続き続き!」
少しだけ神妙なまもり先生の様子にも気づかず、ハルが絵本の続きをせがむ園児のように背中をぽこぽこ叩いてくる。
彼女に促されるままに続きを見ていくと――日誌の後半、学園祭の数日前に撮られた写真から、様子がおかしくなっていった。
それまでは楽しそうに作業する生徒たちの姿を捉えていた写真が、急に事務的なフォーマットへと変化し、校門に設置したアーチやパンフレットなどの制作物をメインとしたものへ変わっていく。綴られた文章も交換日記のような身内ノリ全開のものではなく、その日にあった出来事を淡々と書き記していくだけの義務的なものになっていた。
そして最後のページに貼り付けられた学園祭終了直後の集合写真では、あれほどまでに溢れていた笑顔を浮かべるものは誰もおらず――。
「……あれ」
園馬冬也の姿もない。
その代わりに別の人間が委員長用の腕章を付けているが、大きさが合っていないのかクリップでサイズが調整されている。まるで別の人間のために作られた腕章を無理矢理つけているかのように。
「あの先生、園馬って人は……」
「…………」
問われたまもり先生は数秒間押し黙り、やがて読んですらいない会誌を閉じて、窓から空を眺める。
「……逝ったよ。学園祭の数日前にな」
彼女は空ではなく、天を見ていたのかもしれない。昇天という言葉も星になるという言い伝えも、死者が天の上に昇ることを示しているのだから。
「話によりゃ赤の他人を助けようとして大怪我を負ったんだとか。……アイツらしい善行だが、いくらなんでも早ぇよな。まだガキなのになァ……」
抜群の行動力で学園祭実行委員会を作り出した園馬。きっと彼の死によって委員会は屋台骨を失ったのだ。
彼の意を継いで学園祭を成功させたものの、誰もが委員会を存続させようとはしなかった。きっと誰もやりたがらなかったのだ。
あの部屋には園馬との思い出がたくさんあったから。あの部屋に行くたびに、楽しかったあの頃を思い出してしまうから。
そうして学園祭実行委員会の活動は1年限りで終わり、今まで通り学園祭の運営指揮は生徒会へと戻ったのだろう。そこから数年の時が経ち、その事情を知らない誰かが再び委員会を作り出した。
……俺たちは日誌を読むことでしか事情を読み取ることができないが、きっとそんな流れだったのだ。
「日誌を見る限り、随分と慕われてた委員長みたいですね。色んな人から頼られてるみたいです」
「人当たりが良かったし、自ら率先して動いてたからなァ。……人気だったぜ、生徒からも教師からもよ。新人だったアタシも、こいつは一目置いてたんだがな……」
感傷的な言葉、浸るような雰囲気。……やはりどう考えても、単なる生徒に対する口ぶりではない。
まるでそれよりも深い何かがあったような、そんな触れづらい雰囲気がまもり先生に漂っていて、俺にはそれ以上の追究ができないが――。
「ねえ、まもり先生ってその園馬って生徒となんかよからぬ関係だったの?」
――ハルは情操教育が足りないアホなので、こういうあからさまな地雷原に突っ込んでいってしまう。
言葉選びすらしない弩級のストレート質問を受けたまもり先生は、妙なこと言ってんじゃねえよとでも言いたげに顔をしかめて、ハルの額をピンと弾く。
「バカオメ、誰が生徒に手ぇ出すかよ。当時のアタシはハタチ超えてたんだぞ、相手は毛も生えてないようなガキじゃねえか」
「男子高校生って生えてないの?」
「発毛状況を俺に聞くな」
「ただ……アタシが今でも教師やってんのは、新任時代にアイツと出会ったからなんだよ。当時は先公っつーモンに辟易しててな、こんなクソ仕事さっさと辞めちまおうって思ってたくらいだ」
そうだったのか、と少しだけ驚く。
今のまもり先生は教育委員会を恐れていなさそうな居直り金髪スタイル、ナイーブでネガティブな感情を持つなんて思えない外見だ。しかし彼女にも新人時代があったのだ、きっとその頃はまだ今ほど傲岸不遜に生きてはいなかったのだろう。
もしかしたらきっと、今とは違って大人しい外見だったのかもしれない――。
「……え」
そこで一つの可能性に思い当たり、再び運営日誌をぱらぱらと捲る。見終えた映画を巻き戻すように日誌を遡って、なんとなく違和感を覚えていた写真を見つけ出す。
日誌の写真に写っていたのは、ほとんどが委員会メンバーと思われる生徒たちの写真ばかり。しかしその中で時折、生徒と言うには若すぎるが教師と言うには幼すぎる人物が写っていたのだ。
「えっ、まさかコレ……まもり先生ですか?」
写真に写る人物は、黒髪で背を丸めた幸薄そうな女性。しかし長い髪の合間から見える目は確かに三白眼で、髪先にちらほらと染め損ないの金色が見えていた。まるで学生時代はヤンチャしていたが、就職するにあたって真面目な外見を偽装したかのように。
「あァ、これアタシだ。若ぇなマジで、大学出たてのホヤホヤじゃん」
「これが……」
今の粗野極まりないまもり先生とは雲泥の差だ。弱気というか自暴自棄というか、教師という仕事に何一つ満足をしていないような顔をしている。
しかし、学園祭実行委員会の手伝いをしている時の彼女は、とても救われたような顔をしていた。
……特に園馬という男子と一緒にいる時の彼女は、単なる一人の女子大生のように見えた。まるで弟に向けるような表情なので恋愛感情があるような雰囲気ではないが、きっと彼のことを心から信頼していたのだろう。
「……………………」
その写真を見て、まもり先生が少しだけ表情を歪めて……小さく舌打ちした。
「……約束、守れよバカ……」
本来誰にも伝わることのない独り言。しかし一番近くにいた俺にはハッキリと聞こえてしまった。
二人は一体何を約束したのか。……俺はハルのように空気を読まないどころか壊すような人間ではないので、問いただすことなんてできなかった。
一瞬、世界が止まってしまったかのような静寂が流れる。それを打ち破るようにまもり先生が手を叩いて音を出し、どこか感傷的になっていた空気を無理矢理変える。
「ま、1年限りで消えた委員会の謎はこんな感じだ。聞いてみりゃ案外つまらないもんだろ? でも色々な資料が見れてよかったじゃねーか、今後の活動にちったぁ役立つだろうよ」
「……ええ、まあ」
「アタシはそろそろ職員室に戻ッけど、他にもおもれぇ資料があっから心ゆくまで見ときな。もし関係者の話が聞きたきゃ、当時の委員会メンバーの連絡先持ってっからよ。……アタシが消えて二人になっからって変なことすんなよ、すんならアタシに一報しろよ」
忠告なのか冗談なのかよく分からない結びの言葉を残し、まもり先生は後頭部を掻きながら資料編纂室を出ていった。
「……」
残された俺とハルは顔を見合わせ、互いに頷く。
かつて辣腕ぶりを発揮し、他のメンバーから慕われていた園馬委員長。この委員会に詳しくなるには、彼の手腕を知ることが一番だろう。
もう少しだけ彼のことについて調べてみよう。……俺とハルの心は同じだった。




