5章 学園祭実行委員会にて
「……………………」
アイが開け放った教室の中には、想像を絶するほど呑気な光景が広がっていた。
壁に掲げられた木製の看板には『学園祭実行委員会本部』と荒々しく書かれている。卓上に重ねられた書類の束と、本棚に詰め込まれた資料。そして女子たちが地べたに座り込んで、桜色のアーチや鮮やかな看板なんかを作っていた。
俺たちにいち早く気づいたのは、机でパンフレットのチェックをしていた二人だった。一人はよく見知ったスケベ、もう一人は見覚えのない中性的な顔つきの上級生だ。
「おう二人とも、来ちゃったか!」
「え、鳳輔じゃん」
この期に及んで呑気な表情の鳳輔が、俺たちに近寄って気安く肩を組んでくる。アイとかいう魔法使いが近くにいるというのに、なんだか一気に日常へ引き戻されてしまったかのような気持ちになってしまう。
「なんだよお前ら~。日頃俺が誘っても断るくせに、アイが誘ったらまんまと来ちゃうのな。お前らの寛容さは乳房の大小によって変動するんだな、俺も乳を育てたほうがよろしいか?」
「えっと、あのさあ……なんでいるの?」
「ああ、俺は学園祭実行委員会とサッカー部の両方に籍があるんだ。基本はサッカー部なんだが学園祭前の忙しい時だけ手伝いに来ている感じだな」
秋頃は高校サッカーの地区予選があるような気がするのだが、本当にお手伝いに来ちゃって大丈夫なのだろうか。以前スタメン入りしたとかどうとか言っていたような気がするのだが。
いささか不可解さを感じつつも、俺はアイのほうへと視線を向ける。俺と視線がかち合った彼女は小さく笑い、人差し指を一本立てて己の唇に宛がった。
それは『静かにしろ』、もしくは『喋るな』を意味するジェスチャー。この状況で押し黙れとはさすがに言わないだろうから、きっと怪しまれるようなことを言うなというサインなのだろう。
魔法についても、昨日のことについても、ここでは喋るなということだ。当然の要求だろう、人前で魔法について話せば頭が愉快な子だと思われてしまう。
次いで俺たちの前にやってきたのは、顔つきだけでは性別が判断しづらい上級生だった。上履きの色合いが三年生のものなので、恐らく委員会の中でも権限を持っている人だと思われる。
「これはこれは、凛々しき高坂黒一年生に、誠に愛い若葉春一年生! 愛すべき学園に通う愛すべき転校生たちじゃないか!」
そう言って満面の笑みを浮かべ、彼女は色々な角度から姿形を観察してくる。同性であっても惚れてしまう者が続出しそうな王子様系の顔に凝視されて、なんだか照れるような居たたまれないような不可思議極まりない気持ちになってしまう。
「僕は学園祭実行委員長を務めている東松山 咲希、学園を愛し学園に発情する女! よしなに!」
嫋やかな笑みで握手を求められたので、こちらもそれ相応の笑顔(ハルにはスケベジジイみたいと言われる)を見せつけながら手を握り返す。
彼女の右腕には明らかに手製だと分かる腕章がついており、『学園祭実行委員長』という文字が極太のフォントで綴られている。黒と茶色の中間という形容しがたい髪の色は妙に元気な印象によく合っていて、深い藍色の瞳だけが唯一落ち着きを感じられるポイントだった。
先ほども述べた通りだが宝塚にでも出ていそうなほど王子様系の顔をしており、ハルと双璧を為すほど整った顔だ。一人称が僕な辺り、顔の系統の自覚は十二分にあるのだろう。
「うーん……」
委員長を務める宝塚系の上級生、親交が深い天然記念物級のスケベ、そして魔法使いの杖を持つ少女。
イロモノばかりが集う委員会に誘い込んで、アイは一体何を狙っているのだろうか。
……まさか昨日戦っていたのがこの三人です、なんてバカなことを言い出すわけもないだろうな。
「……というわけで! あたしが集めてきた助っ人たちだよ。これだけ人員が増えれば学園祭に備えられるんじゃないかな?」
俺とハルの肩を叩きながら、己の手柄を誇るようにアイがそんなことを言う。そんな彼女を鳳輔がスタンディングオベーションで讃え、委員長は深々と首肯することによって功績を認めていた。
何がなんだか分からない俺は、もう何度目になるか分からないがハルと視線を合わせて首をこれ以上なく傾げる。人手不足に対処するために勧誘することは理解できるが、そこに魔法使いを絡めた駆け引きが介入することだけはどうしても理解できない。
隙を見てアイに魂胆を吐かせてやる、という決意を固める俺を指さしながら、委員長が鳳輔に向かってパンフレットを手渡した。
「さて鳳輔くん、新人二人に委員会の説明をしてあげてくれるかな? 同級生なら色々とやりやすいでしょう」
「お任せあれ! それじゃあ毎度ばかばかしい猥談を一席……」
「猥談ではなく説明をね」
相変わらずクラスの外でも歩く猥言陳列罪なのかと感心していると、鳳輔が元気溌剌に声を張り上げた。
「よーしお前ら、俺が学園祭実行委員会について手ほどきしてやる! いいか? 削岩機で耳の穴をかっぽじってよく聞けよ」
うぇーい、という威勢の無い声が俺とハルからあがった。
「その名の通り、学園祭実行委員会は二週間後に開催される学園祭に尽力する委員会だ。例えば校門に設置するベニヤ門とか、立ち入り禁止区域に作るガードレールとか、当日のパンフレットとかを作るんだぜ。もちろん当日の見回りやトラブル解決も俺らの仕事だ。ある程度は生徒会と協力して行うがな」
水を得た魚のようにイキイキと説明をしつつ、鳳輔が受験者用のパンフレットを手渡してきた。そこには本当にウチの学校なのか疑いたくなるほど誇張された文章と共に、前年の学園祭の風景写真が掲載されている。
「委員会についての説明はつまんないからこれくらいにして、上級生から順にメンバーの紹介に入ろう。まず先ほどお前たちを喜色満面に迎え入れたのが東松山咲希、栄えある委員長だ。学校が異常に好きすぎて常に興奮しているし、学校に通っている生徒の個人情報まで収集しているぜ! やべえよな」
「学校が異常に好きとかそんな異常性癖者がいるわけがないだろ」
そう言いながら咲希委員長のほうを見ると、何故か誇らしげな顔でイキのいいサムズアップを向けてきていた。
「役所に学校との婚姻届けを出して三回ほど門前払いされているよ!」
と、凄まじく自信満々な顔でふざけたことをのたまっているので、見なかったことにして視線を鳳輔のほうに戻す。
「次に、床に這いずり回って作業をしているメンバーたちだが――」
床で大道具を作っている女子たちを、鳳輔は懇切丁寧に一人一人紹介していく。セクシュアルヒップとかダイナマイトバストとか男の子の食指を動かしてくれる言葉を用いて説明してくれたのだが、這いずり回るという不名誉な言い草に対する抗議活動か女子たちに消しゴムとかを投げつけられていた。
「――ま、いやらしい説明はこれくらいだな。さて最後に朝霞愛美だ」
鳳輔が指さしたのは、俺たちを呼び寄せた不審な女だった。
俺たち二人に視線を向けられ、愛美とかいう女は嬉しそうに手を振って近づいてくる。背中に杖さえ隠されていなければ、さすがの俺とて朗らかな笑みを返してしまうくらいには人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「こいつは副委員長、基本的にはみんなと同じ仕事をしているが、場合によっては委員長をサポートする立場だ。悪い奴じゃないぞ、幼馴染だからその性根はよーく知ってる」
「え、鳳輔って幼馴染いたのか」
マジかよ、と少しだけ驚く。別に幼馴染という今日日珍しい概念が現実に存在していたことに驚いたわけではなく、幼少期から鳳輔と仲良くし続けている女子がいることに驚愕したのだ。普通の女子なら第二次性徴を迎えたあたりで距離を置きそうなものだが。
「……鳳輔って幼馴染ちゃんがいるのに、色々な人にセクハラしていていいのかしら? そういうのアレじゃない、一途な男とは言えないんじゃないの?」
「おいおい、こう見えて俺は誰よりも一途なんだぞ。人の倍くらい一途だから二途とも言える」
「それ浮気症では?」
ハルの追及を想定外の話術で躱し、鳳輔はアイに向かって手振りで挨拶するように促した。
「まー幼馴染って言っても鳳輔はアレな感じだから、お目付け役みたいな一面もあるけどねぇ。ポジション的にはお姉さん的なアレ」
「俺に目を付けてたなんてスイートなことを急に言われても……興奮しか湧かないな」
明らかに言葉の意味を勘違いしている鳳輔はどうでもいいとして、二人の立場は俺とハルに似ているらしい。その気苦労はよく分かる。
そしてアイは俺たちに一歩近づき、友好の意を示すかのように手を差し出してきた。
「あたしは朝霞愛美、アイって呼んでね! 二人の話は鳳輔からよく聞いてるよ! ……『学園祭実行委員会』に興味を持ってくれて嬉しいな、これからヨロシク!」
学園祭実行委員会という単語に強調を置いたその言葉は、何も知らずに聞けば単なる邂逅の挨拶だが、知る人が聞けばわざとらしく含みを持たせたように聞こえるだろう。
まるで『学園祭実行委員会』じゃなくて『私』に、もしくは『私の持つ情報』に興味を持ってくれて――と言っているかのようだ。
「……そうね。私たちは気になることには向こう見ずなタチだから、関心が続く限りは通うと思うわ。よろしくね」
対するハルも含みを持った言い方を放ち、アイと固く握手を結んだ。そしてそのまま含みに含んだ視線をたっぷりと通い合わせているが、早くこっちにも関心を示してくれないと握手のために手を差し出して待ってる俺がみじめに見えるんだが?
「これが当委員会の全員だ。しめて女子九名、どうだ、よりどりみどりだろう。後でどの女子に一番げへげへしたか話そうな。ところで俺こと愛の伝道師の説明もしておくとだな――」
メンバー全員の紹介を終えた鳳輔は自分の紹介をし始めたので、恐らく成人指定が付きそうなそれは聞き流すことにした。
見学者への説明も終えたので、委員長が手を叩いてメンバー全員の注意を集める。
「じゃ、仕事再開しましょうか。見学者の二人には鳳輔君が付いてあげて、各作業の説明をしてあげて下さい」
へーいだとか了解だとかメンバーたちから多種多様な返事が上がる。そしてそれぞれが今まで取り組んでいた仕事に戻っていった。
俺とハルと邪魔にならないよう部屋の隅っこに移動し、みんなの手腕を眺めるふりをしつつアイを監視しはじめた。説明のためについてきた鳳輔には悪いが、今の俺たちにはアイの動向以上に知りたいものなどない。
……はずだったのだが、隣のハルが妙に目を輝かせていた。そして俺の服の裾をくいくいと引っ張り、興奮が抑えられない様子で声をかけてくる。
「ね、ね! アレ見て、たのしそう! なんかベニヤに色塗ってる!」
「よせ、不当にテンションを上げるな。お前が興奮状態に陥ると諫めるのに苦労する、喪に服すかのように粛々としておいてくれ」
「いいなあ、やりたいなあ……お願いしてやらせてもらっちゃおうかしら……」
さっきまで珍しく真面目な雰囲気を醸し出していたというのに、楽しそうな作業を見つけて童心に返ってしまっている。せめて1時間でいいから表情筋を緩めずにいられないもんだろうか。
「いやハルお前、ペンキ塗りとか機材の組み立てとかエキサイティングなものばっか見てるけど、アイのほう見てみろ。すげえ精密さでパンフレットを製本してんぞ。立場の弱い下級生に任せるとしたらああいう地味な仕事だろ、お前にあんな緻密な手作業ができるのか? 精密作業を任せると情緒が不安定になるじゃん」
「むりね」
ハルはケーッと痰でも吐くかのような奇声をあげ――んじゃねぇよ女がそんな声を。
「無理無理アレは無理、手先の器用さを求められる作業なんて考えただけで至る所から反吐が出ちゃう。三リットルくらい」
「具体的にいっぱい吐くな」
元々の不器用さに加えて家事労働未履修のハルは、ちょっとした家事を頼むだけでも大向こうを驚かせるくらい残念な結果を提供してくれる。俺は忘れないぞ、部屋のもの片付けといてと言ったらお前は押し入れの中に全てを詰め込んだんだ。
「まあ慣れればなんとかなるでしょ。私にだって得意なことの一つや二つくらいあるし、手洗いうがいとか」
「初期装備を誇るな」
先行きに不安を覚えながらも、あくせくと職務をこなしていく姿を眺めていると、
「……そういえば、学園祭ってなに?」
突如ハルが鳳輔へ問いかけた。俺も鳳輔も思わずたまげる。
「ハルちゃん、学園祭知らないのか!? どんだけ年間行事に興味を示さないんだ、前の学校でも似たような催しくらいあっただろ……?」
座敷童にでも遭遇したかのような物珍しさを瞳に浮かべながら、鳳輔がハルに学園祭のことを説明し始める。よっぽど驚いたのか、珍しく艶話抜きのマジメな解説になっていた。
「ふむふむ……生徒たちが学校で行うおまつりみたいなものなのね.なるほど。……クロ!」
「楽しそうなモン見つけたら俺の名前を呼ぶクセそろそろ治そうぜ。話ならちゃんと聞いてたから」
学校に対して過度と呼べるほどの憧れを抱いていたハルなら、学園祭に食いつくのも頷ける。でも学園祭が開幕する前に転移装置が直る可能性もあるんだぞって言ったらすげえ泣かれそうだから、父兄のような優しい表情で曖昧にスルーする他ない。
(しかしアイは何を考えて俺たちをここへ勧誘したんだろうな……)
こうして活動を眺めていても、怪しい行動を取っている輩はいない。肝心のアイも真っ当な様子で職務を果たしているようで、時々こちらと目線が合った時に乳幼児みたいなあどけない笑顔をおみまいしてくれるくらいしか特筆すべきところがなかった。
そのうち尻尾を出すだろうと猛禽類のような目で監視を続けていたが、やがて太陽は傾き、室内は夕暮れの鮮やかな丹色に染まっていく。
結局今日はハルや鳳輔と会話をするだけに終わり、気づけば夕日すら地平線の彼方に沈み切るような時間になっていた――。




