11-3.
青信号まだかなぁ、とそわそわする玲奈は、俺の手を引いて言う。
「帽子の鍔下げて顔隠して」
歩行者信号が青になった。
急発進した玲奈に手を引かれ、スクランブル交差点のど真ん中に駆け込むと
急停止。
帽子の鍔を掴む右手と俺と繋ぐ左手をバンザイで天高く突き出す爽快な笑顔。
「桜丘華子だ!」
周囲からの声を気にしない玲奈は大きく胸を張るまで深く息を吸って叫ぶ。
「桜丘華子だぞー! 私の彼氏、見た目もハートも凄っごく良い男!
愛しているよー!」
二人で三百六十度回りながら絶叫を終えた玲奈が俺に抱き付く。
周囲が騒然とする中、青信号が点滅を始めたのを捉えた俺は抱擁を解いて玲奈の手を引き、人だかりから逃れる様に歩道へ駆け込む。
「ウエディングモデルの彼じゃない?」「やっぱデキてたんだ、あの二人」
人混みを擦り抜けながら、噂話が耳に入る。
「キャー! やってやったぞおぉぉ!」
待ち望んだアトラクションに興奮する子供の様に、ぴょんぴょん跳ねながら全身で喜びを表す。
「喜んでいる場合じゃないって! 逃げるぞ!」
悪い事していないのに逃げた。恥ずかしいから逃げた。
衆目を惹きたいSNSレポーター気取りに追われていたのは分かっていたから、地下通路に駆け込むと駅ビルへ抜け、上へ下へと出鱈目に逃げ回る。
ひゃーっほ~ぅ! たぁのし~い~っ!
――なんて歓声上げながら走り続ける玲奈が言う。
「……やっぱり楽しいんだ! これって!」
「は? バカ言ってないで走れ! コケるなよ!」
「玲嗣。何であんな事やったかだけど」
「……。別の所に行こう」
擦れ違う人々全員が俺達を見ている気がする。
玲奈の手を引き陸橋の階段を上がった。
雑踏を見下ろせる場所で足を止めると、手摺りに背を預け二人並んで息を
整える。
隣で上下する大きな胸が落ち着いた頃言われた。
「同じ陸橋の、同じ場所に来るんだ。やっぱり親子だね」
良く分からない事をくすくす笑いながら口走った玲奈。
「人の多い交差点のど真ん中で愛を絶叫するなんて……、良く出来たな」
「言えるよ、私は言える。玲嗣が好きって、寝ていても言える」
玲奈の静かな微笑み。
しかし、その眼差しには意志の光が満ち、表情のどこを探しても、揺らぎや迷いなど見当たらない。
今日の玲奈は何か変だ。
殺風景な裏道でのキス。衆人注目下の熱愛宣言。逃げ回るのが楽しい。
述懐に似た発言。
これは感情が昂った玲奈に言った、スクランブル交差点で愛の告白する奴なんかいないよ、御伽噺カップルだよ、と否定した事の仕返しかも知れない。
「その昔、玲嗣のご両親がお付き合いしていた頃って、こんな事していたのかなって、想像してやってみたんだ」
玲奈は俺の視線を捉まえると逸らさず、黙ったまま俺の目を見ている。
夢現ではないが、見ていて見ていない、まるで遠くを見ているかの様な
視線だった。
「ねぇ、玲嗣は? 私のこと……好き?」
玲奈の視線が生き返ると、期待を宿していた。
「好きだよ。世界で一番好きだ」
「うふっ、世界一か。やったぁ~」
小さく握り拳を振って小声で零した玲奈が厄介な質問を投げ込んできた。
「玲嗣の言う、好き、は、恋なの? 愛なの?」
固まり切らないゼリーの様に揺れる気持ちのど真ん中を、いつも以上に曲者の
玲奈が刺す。
「My "suki" is pretty much love.」
「うっわ、"pretty much"ときたよ。それって、だいたい、なの? 殆ど完全にそうだ、だよね? 皆さんの見ている前でいちゃいちゃしていたじゃないのよぉ」
ぼかしたつもりがすぐさま突っ込まれた。
確かに玲奈の言う通りだ。
"pretty much"
「だいたい」「ほぼ」という控えめな表現。
一方で「ほとんど完全にそうだ」という強い意味にも取れる二つの意味を持つ。




