10-9.
死んだ母に会いたい。
――身を焦がすほどの切望に突き動かされ続けていた輝子の卒論実験。
亡き母、藤森玲子の再生。
私は全てが記録されている5Dメモリクリスタルを墓所から回収して
差し出した。
研究室で、細胞が人間の形を持ちはじめた日。
あの時すでに、引き返せない所まで来ていた。
輝子は日を追う毎に、最後まで、葛藤していた。
自分は取り返しのつかない事をしてしまったのではないか。
玲奈が母の代わりになるなど、あり得ないのではないかと。
「ちょっと冷静になれば分かる筈なのに、出来る条件が揃ったし、卒論の為だと
大義名分も出来たから舞い上がって、突っ走ったんだろうね」
輝子は分かっていた。
研究室で姿形を整えていく玲奈を前に輝子は罪悪感に震え続けていた。
そして、玲嗣と同年代の姿で目の前に現れた玲奈に輝子は言った。
「前世に縛られず、自由に生きなさい」
その言葉を聞いた瞬間、玲奈の顔から血の気が引いたのを覚えている。
その場に立ち尽くし、暫く黙っていた玲奈。
「勝手だよね。だからあの時、精一杯の皮肉を込めて言ってやったんだよ」
音を失った研究室の空気が張り詰めていた。消え入りそうな声が聞こえた。
「ねえ、輝子」
顔を上げた玲奈は静かに笑った。
「あなた、母親を生き返らせようとしたつもりだろうけど」
少し首を傾げて言った。
「たった今、母親をまた殺したんだよ」
「落ち着いたか?」
「私は元々落ち着いています」
欲求が満たされ、不満を根底から吐き出した今、玲奈の表情はいつも通りに戻っている。
その様子から丁度良い機会だと、私、玲子さん、咲紗で先日話し合った事を報告してみれば、あっさりと返してきた。
「似た者同士なんだ、咲紗も私も。いよいよ動き始めたか。私達も加速しないと」
「その事で、玲奈に協力して貰いたいことがある」
話を聞くよと軽い口振りで促され、咲紗へ貸して欲しいものを告げた。
玲奈は意味が分からなかったか私の顔を見詰め続ける。
そして数秒後。理解に辿り着いたらしく大混乱に陥った。
「それって……、咲紗の為に玲嗣と? さっき約束したばかりでしょ?」
見た事のない慌て顔は懸命に訴える。
「いやいや、いくら渉の頼みでも、それは――、直接はダメだってば」
「考え違いだよ。この様な方法を考えているんだよ」
私は玲奈を落ち着けようと、分かり易く、背景から説明した。
「それ、酷すぎる。普通の女の子なら絶望するよ」
恋人止まりで嫁には向かないと咲紗が言っていた理由が分かったよ。
そう言った玲奈は考え込んでいた。
「どうだろう。協力してもらえるかな?」
「輝子に面倒見させる事まで考えるなんて、用意周到だな。玲子AIの考えそうな事だわ」
そう言った玲奈は私の腕にしがみついて肩に頭を乗せて動かないでいる。
何か考えていたのだろう暫く無言でいたが、感情の窺えない口振りで告げた。
「これから言う条件を認めるなら良いよ」
「聞かせてくれないか」
一言でも冗談を口にすれば叱られそうな表情が向けられた。
「順番は渉と私が先。次に玲嗣と咲紗。その逆は絶対駄目。後は代わり番こで。
どう?」
条件の意味を聞き出した私は、至極真っ当な考えだと理解して了解を告げた。
よっし! さぁてと!
気持ちを入れ替えたらしい玲奈が企みを自分に言い聞かせる。
「玲嗣をもっと惚れさせてやる。私なしでは生きていけない程に惚れさせてやる」
手加減を忘れるなよと告げても聞いていなかったかのように言う。
「終わりが来たなら、一生立ち直れない程残酷に切り捨ててやる」




