10-8.
玲嗣との結婚を咲紗に勧めてから数日後。
前回の打合せでの約束、玲奈へ非常に重い意思表示を行った。
「!!!!!」
歓声とも奇声とも言い難い、悲鳴に似た超音波が放たれた。
その瞬間、玲奈の瞳の輝きは人間のそれではなくなった。
背骨と肋骨が軋むほど抱き付く腕。息が出来ない。命の危険を感じる。
そして――すかさず接近する唇。
ふんっ!
腕の拘束を振り解き、両の掌で玲奈の頬を挟み込む。
これ以上の接近を許すものか。
……不細工だ。これは国内最高人気モデルではない。
目の前にいるのは、輪郭歪み、歯を剥き出しにした超絶不細工顔の謎生物だ。
……いや待て。本当にこれが……、モデル?
ぶははっ!
笑いを噴き出した瞬間、力が抜けた。
「隙ありっ!」
高速接近する不細工顔の残像。咄嗟に掌で口を覆うと唇は手の甲へ。
「あ……」
心底残念そうな声。
結婚承諾とは、命懸けの儀式らしい。
「婚約発表いつするの? 事務所にお仕事絞って貰うから早めに言わないと」
「玲奈」
両肩を掴んで顔を覗き込む。
「今から大事な話をする。良く聞きなさい」
察したらしい玲奈は両手で自分の両頬をぺちぺちと叩くと背筋を伸ばした。
「落ち着きました。話を伺います、どうぞ」
高校をトップの成績で卒業すること。
将来の為に必要な知識を得られる大学へ進学すること。
モデルを続けるなら世界を相手に挑み続けること。
若い時分の貴重な時間を、私などに浪費させたくない。現実問題のハードルを今より上げて余計な事を考えさせまいとした。
「相手が誰でも、如何なる状況でも、貴方が私を妻として紹介する時に、決して恥ずかしい思いをしない様に、学問、教養、知性、儀礼、美容、子作り、それぞれ研鑽を欠かさず、努力する事を約束します!」
玲奈は宣言した。この子の事だ、言った以上は本当に実現させると思う。なぜなら、言い切った途端に目を覆いたくなる程だらしなく緩んだ表情となっても、眼光炯々とした捕食動物の瞳のままだったから。研鑽などいらないのが最後に混じっていた様に聞こえたが。
その後も婚約発表はいつするか、式場はどこか、国外の来賓が多いなら海外が
良いかな、など再燃させていたので、消火剤代わりの懸案を放り込んだ。
「輝子との関係はどうする? このままって訳にいかないだろう」
「こんな嬉しい時に、その名前聞きたくなかった~。ああぁ、嬉しさが萎れちゃったぁ」
唇を結んで頬を膨らませると天井を仰ぎ見る玲奈は考え込んだか黙ったままだ。
「でも、避けられないぞ。産みの親替わりじゃないか」
ぷうぅ~、と天井へ息を吐き出すと、そうなんだけどさ、と投げやりな口調で
呟く。
「色々あったけど、渉と一緒になる目的が達成された。水に流して不問にするよ」
「今まで恨んでいたけど、随分とあっさりしているな」
「生まれた意味を奪うくらいなら、最初から命を与えるなよって、今度そう言ってやるよ」
露骨に口にはしないが、玲奈と輝子の間には思惑の違いから軋轢が生じていた。
「我を忘れて母親の生まれ変わりを求めたけど、出てきたのは私。ハズレのカプセルトイみたいに扱われたんだよ。あ、これ違う、ハズレだ。いらない、って捨てられたんだよ」




