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10-2.

 今まで探られる事もなく、怖くて探る事が出来なかった進路。

 玲奈は俺と異なる大学。スイスの理系大学。

 落胆する気分は専攻を聞いて当惑を強める。遺伝子工学と経営学。

 モデルは景気、ひいては経済に左右されるので経営の知識を得ておく有利さは

分かる。

 でも、遺伝子工学は何の為なのか。

「遠大な計画――、おっと、秘密だよ」

 聞いても言わない。何か企んでいるらしい。

 俺の進路希望は、咲紗が強く勧めるアメリカの名門理系大学の遺伝子工学分野。

 伝統と実績があり、革新的で世界トップクラスの優秀さ。

 教職員に知人が複数いる父にも推薦された。

 

 俺と同じ大学で同じ学科に進むと言う咲紗に訊ねた。

「和泉家にお仕えしている私が働くなら、家業のお手伝いが相応しいと

思いました」

 模範的回答だと思いながら、予てから確認したかったことを切り出した。

「咲紗は、なりたいもの、ないの?」

 意外な事を聞かれた戸惑いからか、視線が彷徨うと黙り込んだ。

 そして俺を捉えると言う。

「そんな事考えられる環境に恵まれなかったものですから」

「あぁ、何かと手が掛かる子供でごめん! 面倒臭くて我儘(わがまま)な家族でごめん!」

 コロコロと笑いながら、そうではないですよ、と否定する咲紗。

 警護者としてこの家に来る前に何をしていたか俺は知らない。

 何も知らない。


「玲嗣さん。今更ですが、玲奈は何者でしょうね。何を狙っているのでしょうね」

 ハニートラップと思っているかと尋ねれば、浴室の曇りがかった鏡の中で咲紗が頷く。以前から疑っていた俺と同じだった。

 その一方で、咲紗がこの家に来るまでどの様な境遇で生きてきたか、どの様な経緯で我が家に来たか、俺は何も知らないと口にした。

「私の過去が気になりますか?」

 その視線で頭の中まで覗き込もうとする咲紗。俺は首を横に振った。


 ところで、と咲紗が口調を変えて切り出した。

「私の身体で欲情しないですか? 玲奈が言うロリ巨乳のオールヌードですが」

 入浴中だからオールヌードは当たり前だが、自分でロリ言うか?

 今更と感じながら我が股間を覗き込む。……変化なし。

「見慣れているから反応しないや」

 キズモノだとダメかぁ~、と溜息交じりで言葉を吐き出すと、合わせていた視線を下へ下へと向けると止まった。

「おちんちん、たちますよね? 何度か聞いていますけど、本当にたちます

よね?」

 自分ではウェスターマーク効果があって、基本咲紗に反応しないと思っている。

 なぜ改めて質問したかと聞けば、真面目な話です、跡継ぎの問題です、と言う。

 咲紗が言う話は、叔母のひなちゃんから何度か聞かされたそのもの。

 後継者の俺は、その次の後継者を儲けなければならない、というやつ。

「御庭番として会社経営に邪魔立てする下手人(げしゅにん)をお縄につかせる事、円滑な会社経営のお役に立つ事が私の和泉家に対する恩返しと思っています。何としてでもこの身体を治してお役に立ちたいのです」

 何と義理堅いことか。そして本当に有難い。

 側用人、御庭番、下手人、お縄。時代考証を間違えているのは不問にしよう。


「社の人間として恥ずかしくない程度に最先端の専門知識を備えないと、ライバルの動きも理解出来ませんし、業界の趨勢(すうせい)に付いて行けなくなりますので、あの大学を選択しました。玲嗣さんも必然だと思いますよ」

 自分から意見を押し出す事が殆どない咲紗が、我が家と会社の将来を真剣に考えて伝えてくれた。

 意外さと何らかの意図があるのではと感じていたが、突如閃くと繋がった。

「咲紗は、矢張り玲奈を疑っているのか?」

「はい。会社の製品や知的財産は多岐に亘り、得られる利権は全世界的に独占可能で莫大なものになります。会社を乗っ取る為ならあらゆる手を尽くし、生涯を掛けてでも充分釣り合うミッションですので」

「だから専門知識を学んでウチの会社に入社してお庭番? で下手人? を

お縄に?」

「はい。その通りです」

 入社祝いに十手(じゅって)御用提灯(ごようちょうちん)を用意しないと。

ウェスターマーク効果

幼少期から身近すぎる相手には、成長してから恋愛感情や性的魅力を抱きにくくなる傾向がある、という心理学・進化生物学の仮説。

フィンランドの社会学者エドヴァルド・ウェスターマークが提唱


十手

下手人・罪人(容疑者・犯人)を逮捕する際に使った防刀・攻撃道具。

現在で言う警棒。


御用提灯

主に江戸時代、役人が公務(御用)の際に持ち歩いた、組織の文字や家紋が書かれた提灯の内、捕り手(警官)が犯人を召し捕る(逮捕する)ときに用いた「御用」と書かれた提灯。現在で言うパトランプ(赤色灯)

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