1-8.
カフェテリアで着席した早々、咲紗がモデルとしての藤森さんについて小声で報告する。
「もし藤森玲奈がモデルの桜丘華子本人なら、疑わしいゴシップが結構あります」
ある世界企業のコマーシャルモデルを長く務める桜丘華子は、最近ではファッションモデルとしても売り出している。その注目度に比例した目撃証言や噂の数々。
身なりの良い男と腕を組んで歩く。ハイブランドの買物から高級レストラン。一緒にラグジュアリーホテルへ姿を消す。その男の超高級マンションへ入り浸る。
その男は世界企業を経営するクライアント。
陳腐にも思えるそれらゴシップが導こうとしているのは、パトロンと愛人。
咲紗は真顔で言う。仮にそれらが事実なら、普通の高校生とは異なる環境と判断基準で生きているので、取るべき距離も、接し方も考えないとならないと。
「今言った警戒しろって、これも含まれるの?」
さも当然に隣へ座ると、向う正面の咲紗をじっと睨み付ける藤森さんを示す私。
「勿論です。これがハニートラップです」
「美し過ぎて警戒されちゃうのね、私!」
「無駄にデカい乳を初対面の相手に押し付けるなど、色仕掛け以外の何物でもないよ!」
睨み付けた咲紗は視線を外すといつもの表情に戻り、邪魔者などいないかの様に私とお喋りを交えながら食事を進める。咲紗と私の話を聞きながら、特に口出しもせず早いペースで食事を平らげた藤森さんは、御馳走様でした、と両の掌を合わせて言う。
「午後もまた楽しもうねぇ~」
そう言い残すと返却口に食器を戻してスクールカフェテリアを後にした。
「腹立たしいですね。あの藤森玲奈は要注意人物ですよ」
姿が見えなくなるまで目で追っていた咲紗がむくれてぶつぶつ言っている。
「まぁ、良いじゃない」
「良くないです。だから甘いって言われるのですよ。気付きませんでしたか?」
「えっ? 何が?」
「母親や家族でもないのに、誕生時の身長体重、出生時刻まで知っている筈がありません」
「うん、それは不思議だった」
「家族以外知らない事もつらつらと。情報機関のエージェントかも知れません」
眉を顰める咲紗が大切な話では冗談も言わないのは長い付き合いで分かって
いる。
「そんな訳ないでしょう。ペラペラと手の内を喋っちゃう口の軽い諜報員はポンコツでしょ?」
「そうですね――。知り得た秘密は絶対に漏らしてはなりません」
まるで自分に言い聞かせる様に言った咲紗だが、私を向くと言う。
「性善説なのは良いですけど、警戒心まで鈍いのは治りませんか?」
咲紗が呆れて忠告する際は眉を顰め毒舌になる事も長い付き合いで分かって
いる。
「ねぇ~、今度私のお部屋に来てくれるの、いつぅ?」
学校には似付かわしくない甘く気怠い声。振り向けば、出入口からスカートに覆われた真直ぐで長い脚と丸みを帯びた腰が突き出された。遅れて片腕を振った上体が廊下に現れたが、その腕の振りは投げキスでも飛ばしたかの様だった。
「お家で待っている。必ず来てね~」
理事室から語尾を伸ばしながら姿を現したのは、諜報機関のポンコツエージェント、かも知れない藤森さん。見られたくないシーンを目撃されたので襲撃されるかと警戒したが、緩み続ける笑顔と鼻歌混じりの小さなスキップで私と咲紗の脇を通り抜けた。
あれっ?
心地良い香りが鼻腔を擽る。フレグランスとは異なるそれは私の記憶の中の誰かに紐づく香り。押し倒されキスされた際は混乱して気付かなかったらしい。
追っていた視線を戻せば、その部屋、理事室から男が姿を現し藤森さんを見送っている。
「あ、旦那様。お疲れ様で御座います」




