9-2.
「咲紗! 合格、合格、合格だって! 合格したんだよ、私!」
「しーっ。玲嗣さん寝かし付けたばかりなの」
寝かし付け? ベビーシッターか?
オーディション翌日の一五時過ぎ。日本時間は二三時過ぎ。
広い部屋のキングサイズベッドで声を殺して転げ回ると、日本が夜なのを忘れて電話で報告した。興奮が落ち着いた頃、私のお腹が空腹を訴える。
お祝いだからと、少し早い時間だが星が幾つあるか分からないホテルのフレンチに入った。目にも綺麗で、香りも良くて、どれも凄く美味しい。美術品の様なデザートまで食べ終えると部屋に戻った。ドアロックの音がやけに大きく響く。
料理はどれも綺麗に整いすぎて、隙がなかった。でも――もの足りない。
ご飯と味噌汁とコロッケを皆で囲む方が好き。
商店街のケーキを食べ比べして、取り合いになる方が好き。
“美味しい”と笑う顔を見るのが好き。
“美味しかったよ”と言われるのが好き。
悔しそうに私の料理を褒める咲紗の顔が好き。
そして――本当は、咲紗の料理が一番好き。
それから約半月後、パリ。
コレクションのバックステージで駆け出しの新人なりに精神集中に全力を注いだ。飛び交うフランス語がネイティブではない私に投げられているであろう嫉妬や陰口。言葉が分からないのを良い事に全て聞き流している。
他人に感情を支配されるな。
自分に言い聞かせた。周りを見てみた。
天井を仰ぐ者、呟く者、床を見詰めている者、何か書き記す様に指を宙に
走らせる者。
なんだ、皆緊張しているのか。開き直った者勝ちだぞ、これは。
頷いた私は心に決めた。
よし、楽しんでやる!
帰国していつも通りの生活に戻った。
私はなぜかメディアから追い掛け回されている。
「あんた、フランスの有名モードメディアで取り上げられている。だから騒がれているんだよ」
咲紗が差し出したモバイルにはフランス語の記事。
「あたしゃぁ おふらんす語は、読めねぇだぁよ」
「おいらも、ダメだぁ。翻訳してくだせぇ」
仕方ないですね、の表情で咲紗が通訳を始める。
「読みますね。ファッションショーは大成功に終わった。素晴らしい女神たちは作品を芸術にまで昇華させた。今回注目を集めたモデルの一部を以下に示す。桜丘華子。ファーストルックで登場した彼女は企業CMで名を知られつつあり、推薦出場だったが、将来を約束される驚くべき素質を見せた。現地特派員 だってさ」
これほど追いかけ回された理由はこれか。この特派員が発信源か。
こいつの居所を掴んで押しかけて、一言言ってやらないと気が済まない。
また宜しくお願いします! ――あ、そうだ、謝礼も渡さないと。
ふと横を見ると、咲紗が今にも笑い出しそうな顔をして私を見ている。
「顔が緩んで原形留めていないけど。あんた、こいつにいくら渡したの?」
「へっ? ばっ 買収なんか するかぁ! ……多分」




