8-3.
ミルクコーヒーを暫く振りに口にすると帰って来た実感から溜息を吐いた。
玲奈と咲紗が脱衣室で洗濯している間に、父から咲紗の負傷具合の詳細説明を
聞いた。
肺に届くほど深く長い傷を背中の右側に負った咲紗だったが、それより際どかったのは頭の方だった。
ヘルメットを被っていなければ間違いなく即死だったと医者が言っていた。
脳挫傷とくも膜下出血の影響で、後遺障害として左の不全片麻痺が残る。
左側の距離感が掴みにくく、物や壁にぶつかりやすくなる症状も出るらしい。
機能回復を目指し、これから長いリハビリが始まる。
父の説明を聞き終えて口に運んだコーヒーは冷めていた。
「酷い怪我から回復したばかりだから万全の体調ではないだろうが、玲奈が仕事で家を空ける時は身体が自由にならない咲紗を支えて欲しい」
言われなくても当然だと思っていたが、父の更なる一言が俺の考えに介入する。
「幼かった時の怪我も、今回の怪我も、咲紗は身を犠牲にしてまで玲嗣を守ろうとした。その想いに報いないのはどうかと思う」
示し合わせているかの様に姉と同じ事を言う。その発言、何か意図があるのか。
咲紗との関係に干渉されるのは面白くない。
でも苦境に陥った咲紗には関係のない事。
守ってくれた咲紗を守らないとならないなら、他の誰かなんて考えられない。
これから俺の指定席は咲紗の左側。そう決めた。
「今日は玲嗣が咲紗をお風呂に入れてあげて」
病院での入浴は何かとドタバタしていたので、ゆったりと湯船に浸かるのを退院後の楽しみと決めていた。
えっ、と声を漏らした脱衣場の俺に向けて、玲奈が咲紗を押し出した。
ゆったり出来ない失望より、咲紗の障害がそこまで酷いと知ったから声が出た。
「ゆっくり浸かりたかったですよね。早く一人で出来る様にリハビリしますから」
「ではお客様、ごゆっくり~。グヘヘへへ」
頭を横に振り、気にするなよと告げれば、遣手婆も開業したらしい玲奈が怪しい挨拶を残してドアを閉めた。
高校生カップルが一緒に入浴ともなれば赤面してコミック展開になるだろうが、子供の頃から一緒に入浴して互いの裸を見慣れているので特にどうもこうもない。
注意を払いながらも機械的に咲紗を脱衣させていたが手が止まった。
脇腹から背骨に掛けて走る桃色の新しい傷跡。切られた鋭利さはなく、無理に引き裂かれたかの様なギザギザの傷口が目に飛び込んだ。
「歩ける?」
「掴まってゆっくりとなら」
動揺を抑えて聞けば、左手と左脚の感覚はあるが、力が入らず、入っても抜けてしまうので以前の様には動かせない。脚は前から弱かったので掴まっていないと転んでしまう。
咲紗の説明を聞きながらゆっくりと洗い場に入ると椅子に座らせ、シャワーからの温かい湯で咲紗の頭部にざっとお湯を掛けて湿らせる。
手術の為頭髪は全部剃り落とされていたので、シャンプーの量が多過ぎたほど短いままの髪を、力加減を間違えない様に緊張しながら指の腹で洗い始めればまた手が止まった。
指の腹に何かが触れた。
「あ、頭皮の縫い跡、分かりましたか?」
「ごめん、痛くなかった?」
「平気ですよ。見たくないでしょうけど、暫くの間お許し下さい」
恐る恐る長い縫い跡を指でなぞれば咲紗が言う。
「頭の皮膚を切って、眉あたりまでめくって、頭の中をいじって、骨の破片を元通りに組み立てて固定する手術をしたそうです。あはははは、説明がグロでしたね。……あれっ、どうしました?」
無理して笑っただろう咲紗の声はいつもより硬かった。
振り向かれた俺はシャンプーが目に入ったと言ってシャワーから出した温水を自分の顔に掛けた。




