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8-2.

「父さん、色々有難う」

「あぁ。とんだ災難だったな」


 退院の日。

 仕事の合間を縫ってお喋りしてくれたお茶目な看護師さん、職員さん達大勢に別れを告げ、タクシーでの帰宅の途で話を聞いた。

「最初に運び出されて、洗い流された顔を見るまで土砂塗れの咲紗だと分からなかった」

 処置を受け、呼び掛けに薄らと応えると、俺を先に搬送させようとドクターヘリに乗るのを拒み続けていたと言う。

「次に玲嗣が運び出されたが、玲子さんに呪い殺されるって覚悟した」

「死んでいると思った?」

 頷いた父は医師ではなく遺伝子研究を専門とする科学者。

 生物としての人間の構造やメカニズムも研究するので、知識は医学者並みに豊富だと姉から聞かされている。

 日頃冷静な父が大声で呼び掛けても反応しなかった俺を見て、既に死んだか瀕死だと覚悟して、せめて姉のいる病院へ収容を願って受け入れて貰ったそうだ。

「最後は白鳥? どんな状態だった?」

「土砂塗れだったけど、痛い! を連発していたから、まずは大丈夫だろうと

思った」

 負傷は顔面にも及び、登校初日には、オバケが出た! と弄ばれたらしい。

「これ程の災難に巻き込まれても致命傷にならなかったのは、白鳥家が強運持ち

なのだと思うよ」

 笑いながら父は言う。俺も白鳥の事はそうだと思う。でも、疑問が残る。


 咲紗の説明、これだけ? なんで?


「ただいま!」

「お帰り!」「お帰りなさい!」

 約二か月ぶりの自宅。ドアの開く音に続く女声二重唱。


 とん とん とん


 姉からは優秀な家事代行者を雇ったと聞かされている。

 一人は咲紗の声、もう一人は、玲奈に似ている気がする。

「ただいま参ります」


 とん とん とん


 咲紗の声に続いて、途切れず続く聞き慣れない音。

 見詰める廊下の端、壁に右手を添え、左脚を引き摺る体勢の咲紗が

ゆっくりと現れた。

「旦那様、玲嗣さん。お帰りなさいませ」

 いつも通りの笑顔を向ける咲紗。

 その頭にはバンダナキャップ。右脚で立つその姿のだらりと下がり動かない左腕。

 父も、姉も説明を逸らしていた。何かおかしいと感じたのはこの事――。


「畜生! 何て事だよ!」

 咲紗の笑顔が痛々しくて、悔しくて、口から罵りが吐き出された。

 靴を脱ぐと両腕で咲紗を抱き包んだ。

 怪我の具合が分からないので壊れ物を包む様にそっと抱いた。

「咲紗、ごめん。――こんな酷い事に、――ごめん ごめん」

 両腕を伸ばしてハグ待ちしていた玲奈など背景と化していた。

 右腕で抱き付く咲紗の左腕は動かず、右脚に体重を掛けて左脚を庇っている。

 ギブスをしていないので骨折ではない。そうだとしたら咲紗は……。


「大丈夫ですよ、玲嗣さん。気にしないで下さい」

 抱擁を解き、右手で俺の頬をそっと拭う咲紗。

 

 涙ぐむ俺を見た玲奈がわざとらしく肩を竦めていたのも背景だった。

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