7-11.
翌日、玲嗣を見舞った父と一緒に車椅子で退院した咲紗を見送ると、玲嗣のベッド脇の丸椅子に座った。医師で家族の私は職権濫用で毎日、何度もICUの玲嗣を訪ねる。
まだ意識が明瞭ではない玲嗣に、咲紗は本当に大丈夫だったかと聞かれた。
咲紗の後遺障害を話せば心配する。
黙っていようとした私に気付いたか、玲嗣は目を逸らさず、何か言いたそうに私を見ている。難しい話で心身に負担を掛けてはいけない。高熱もまだ続いている。休ませないと。
「落ち着いて考える事が出来る様になったら、咲紗と良く話して玲嗣なりに応えてあげて」
心配させまいとして胡麻化した。
不承不承だろう頷いた頭を暫く撫でると玲嗣は瞼を閉じた。
ICU詰めのナースに声を掛け、大学の研究室へ戻る廊下を歩く。
コードブルーで招集され、半狂乱で走り抜けた廊下。
駆け付けると、悪化する一方で長く持ち堪えられないから最期のお別れの為家族を至急呼べと指示された。涙声で父への電話を終えると廊下に座り込んだ。
泣いている場合じゃない。
独り孤独に死を迎えようとしている玲嗣の傍にいないと。
それでも逝かせるものかと手を握って離さなかった。
玲嗣は、玲奈が彼女だぞ、と校内で宣言したと聞いた。
新進気鋭の美少女モデルの彼氏の座。男子なら舞い上がり骨抜きになるだろうと思っていた。
でも、玲嗣の潜在意識はそうではないと示した。
集まった家族と関係者全員が主治医の説明を聞いて玲嗣の死を覚悟した。
だが、唯一人悲嘆に流されず、玲嗣を信じて祈り続けたのが咲紗だった。
その願いが通じたか、医学的には到底説明出来ない意識の覚醒を果たして目を開けた玲嗣は、真っ先に咲紗の怪我を心配し気遣った。
望むまま手を握られると明瞭に笑顔を示し、手を離すなと伝えると眠った。
母が子に向ける慈愛に似た、深い慈しみを咲紗は示した。自分が重傷者であることさえ忘れたように、玲奈に罵声を浴びせられても離れず、ただ玲嗣の傍に寄り添い静かに手を握っていた。周囲をそっと遮る、二人だけの帳が下りたようだった。
玲嗣が生涯の伴侶として咲紗を選べば大賛成する。義理の姉として大歓迎だ。
年齢差など障害にならない。心から二人を祝福する。
だからこそ、私の胸は痛みを感じている。
祝福したいのに妨げる現実がある。
見付けてしまった咲紗の身体にある二つの異変。
ひとつは、過去の悲劇の名残。
もうひとつは――それとは全く別のところにあるものだった。
いずれも命に係わるものではない。このままでも天寿を全う出来る。
でも、玲嗣が知った時を想像すると、胸が重くなる。
気が滅入って足が止まった。溜息が零れた。
――幸せになって貰いたいのに。
「コードブルー(Code Blue)」
病院内で患者の容体が急変し、心肺停止など生命に関わる緊急事態が発生した際に、医療スタッフを急遽現場に呼び出すための非常呼び出しの隠語。




