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7-6.

 枕元のモバイルが鳴動していた。

 研修医には碌な事にならない呼び出し。昼過ぎに漸く帰宅して寝たばかり

なのに。

 義務感から上体を起こすと私用のモバイル。発信者は父。

 仕事中だろうこの時間に私へ電話とは珍しいと思いながら接続した。

 余りの眠さから耳だけ起こして再び枕に埋もれる。

 父が早口で捲し立てるのを聞いていた私の瞼と上体が跳ね上がった。

 内容を理解出来ずに頬を抓り夢ではない事を確かめて復唱した。

 冷静を装いながら狼狽している父との通話を終えると、指導担当の准教授へ

電話した。

 形振り構っていられない私は、只管(ひたすら)お願いしますを連発しながら概要を伝えると、ついさっき脱いだばかりの服をどう着てどう履いたかなど上の空で、職場である大学病院へ走った。


「お願いします! 家族が怪我したんです、崖崩れに巻き込まれて、酷い怪我なんです、助けて下さい! お願いします!」

 待ち構えていた准教授に救急救命センターへ連れて行かれ、センター長に引き合わせてくれた。

 土下座する覚悟で縋り付いていた私にセンター長はしゃがんで言う。

「ヘリポートで迎え入れて、負傷者の本人確認後にオペの立ち合いをしなさい」

 オペ中も傍にいろと言われると、感謝の余り有難う御座いますを何度告げたかも覚えていなかった。だが、続く言葉で背筋が凍り言葉を失った。


「状況によっては、御家族としての君に決断を求める。それほど酷い状態で

運び込まれる」


 そんなに酷いのですかと問えば、ドクターヘリ搭乗医師との通話とテレメトリシステムのデータが、搬送中の機上での出血性ショックと、心肺停止状態からの蘇生処置中だと言われた。

 命の最前線にある医師が言う、出血性ショック、心肺停止、蘇生処置。

 そして家族としての決断。これらが意味すること。

 袖で涙を拭いた。一〇分後に到着するアナウンスを聞くとヘリポートへ走った。

 ドクターヘリ第一陣の搬送者は玲嗣だ。


「Asystole!」

 微弱だった心電図の波形がフラットを示し、アラームが響き渡る。

「呼び掛け反応、痛み反応なし。意識混迷から昏睡へ」

「頸動脈 拍動なし」

「自発呼吸消失」

「心電図モニターasystole変わらず」

 術前検査でスタッフの叫び全てが命の危機を告げる。

「玲嗣! 玲嗣!  玲嗣!!」

 玲嗣の心肺が再び停止した。


 バシャバシャバシャ

 緊急手術の為鳩尾から臍の下まで一直線の切開部を再度開腹した途端、真っ赤な排液が床へ流れ落ちた。

「アドレナリン1mg、3分毎静脈内投与!」

 若手医師の心臓マッサージが続いていた。

「和泉! 代われ!」

 執刀医が私に命じた。何も考える事が出来ないまま、言われるまま、合図で心臓マッサージを交代した。酸素マスクを付けていても分かる蒼白な顔面を目の当たりにした。

 胸の中央、胸骨を狙い、深く、確実に、回数を落とさず、重ねた両の掌を強く押し込み続ける。ここまで力を籠めれば三分と持たないのは経験から分かっている。でも、この手は絶対に止めない。


 私が手を止めれば、弟は確実に死ぬ。


 殺してなるものか。止めない。私の身体が壊れても絶対止めない。

 ママの元に送り出すなどさせてたまるか!

 戻ってこい! 戻ってくるんだよ、玲嗣!

Asystole 心静止

心臓の電気的活動と筋肉の収縮が完全に停止した状態。心肺停止の最も深刻な状態。

AEDなどの電気ショックは無効で、質の高い胸骨圧迫、人工呼吸(CPR・心肺蘇生)、

アドレナリンなどの薬剤投与が治療の軸となる。

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