5-5.
「咲紗、今日は先に帰ってくれるかな」
「えっ? どちらか立ち寄られるのですか?」
「――うん。……ちょっとね」
歯切れの悪い答えになってもならなくても、咲紗が俺の傍を離れる事はない。
何か探られて付いて来ると思っていた。
「分かりました。お帰りは何時頃になりますか? 夕食の準備がありますので」
「夜の……、七時過ぎない様に戻る」
「分かりました。遅くならないで下さいね」
幼く見えながら綺麗に整う表情の咲紗。疑いの表情などせずともしっかり見抜かれる。小さな頃から俺をずっと観察していればそんな事は簡単なのかも知れない。
それが昼休みの事。
「ではこちらで。先に帰っていますね」
すたすたといつも通りのルートで帰宅する咲紗を駅で見送る俺の傍らには
藤森さん。今日はどうしたの、と聞かれれば、ちょっとした買い物で、都心に出るんだと答える。
「ひとりで出来る? お財布なくさないでね。変な人に付いて行ったらダメよ。
道が分からなくなったらお巡りさんに――――」
幼児の初めてのお買物扱いだよ……。
藤森さんと電車内デートを過ごし、ターミナル駅で二人して降りた。
藤森さんは乗り換えて、あとひと駅。駅名は教えて貰えないが、地域名を漏らしたのを記憶しているので、何となく場所は分かる。
「じゃあ、俺こっちだから」
「じゃあね玲嗣、また明日」
投げキスを残して人混みに紛れる藤森さんを見送った。
と見せ掛けて追跡を始める。
藤森さんの住まいを特定すれば、父との関係のヒントを得られるのではないかと思っての尾行。
藤森さんの死角に入り距離を取って歩く。
改札を出て暫く歩くと道路脇に寄って足を止め、モバイルを取出して見詰める。
物陰に隠れた俺が覗き見る先の藤森さんの面持ちが崩れて微笑むと、返信したのかバッグに仕舞いまた歩き出す。
これを何度か繰り返しながら居住地方向に向かっていたが、突如コーヒーショップに入ると前面道路に面したカウンター席に陣取った。
向かいのハンバーガー店の路面席に座り道路越しに藤森さんの監視を始める。
カップを口にしながら、手元のモバイルを見ると再び面持ちが崩れた。何やら操作して仕舞うと、その後は駅の方向ばかり見ている。
手にするカップの中身が尽き、ストローで掻き回す氷がざらざら云う頃、藤森さんは突然背筋を伸ばしたミーアキャットポーズになった。
道路反対面からでも分かる程顔つきが明るく輝くと、バッグを手に慌てた様子で店を出て、駅方向に手を振る。待ち人が来たらしい。相手は誰かなど下種な勘繰りが渦巻く。
女友達やモデル事務所の人かも知れないだろうと自分を落ち着かせようとした俺は藤森さんの向く先で小さく手を振る者を視界に捉えた。
高身長のスーツ姿、三〇代後半だろうか、どこかで見た男性。
笑顔で仰ぎ見る藤森さん向き合うその男。
「なんで?!」
声を漏らすとなぜか姿勢を低くして隠れた。
見間違えではないかと、ひょっこり顔を突き出してしっかりと視認した。
腕を相手の腕に回した藤森さんが、弾ける様な笑顔。
腕を組むその男。俺の父親、和泉渉。
走行車両の騒音に負けない笑い声を響かせる藤森さんは、ボールが弾む様にスキップしながら父を仰ぎ見て歩く。
そして二人はそのまま高層マンションの前庭からエントランス内へ姿を消した。
「ただいま。あれっ、咲紗、どうかした?」
帰宅すれば制服姿の咲紗が台所で慌しく作業中だった。時刻は午後六時五十分。
「あ、お帰りなさい。済みません、一人だったので気が緩んで転寝して……」
通学バッグも置いたまま、洗濯物も取り込んだまま山になっている。
咲紗にしては珍しいこともあるものだ。
遅くなった夕食を終えると、夜一〇時頃父が帰宅した。
咲紗と二人玄関で出迎えた父は藤森さんと歩いていたのと同じ井出達。
「旦那様、何か召し上がりますか?」
「いや、食べてきたからいらないよ」
「父さん、何食べてきたの?」
「ん~、ガーリックライスのビーフストロガノフとボルシチとサラダだったかな」
「随分と凝ったメニューですね。ロシア料理のレストランでしたか」
「ああ。そこのシェフは上手でね、最後にサワークリームで味を仕上げるんだ。
本格的で美味いよ」
「食べてみたいな。じゃあ、今度その店で、父さんと咲紗も一緒に食事しようよ」
「わぁ~、有難う御座います」
「お――、おう。良いぞ」
俺は昨日の証拠固めを始めた。
「藤森さんって、どんな夕食なの? 例えば昨日の夕食は何食べた?」
親戚の方が見えたから、ビーフストロガノフにしたと言う。
突然どうしたのと藤森さんに聞かれれば、一人が多いって言っていたので、普段モデルはどの様な食事しているのか興味を持ったと告げて誤魔化す。
「出来あいのお惣菜だけって事はないけど、普段は簡単。ご飯とお味噌汁とおかずが二品位、でも野菜は多目」
「料理上手だもんな。じゃあ、昨日の夜はお味噌汁?」
少しばかりフックを掛けてみた。
「料理に合わないよ。ご飯はガーリックライスでスープはボルシチ、それとサラダだよ」
一致した。確証を取りに行く。
「ロシア料理か。良く知らないけど、ボルシチを美味しくするコツってあるの?」
「最後にサワークリームを入れるの」
「ん? 生クリームじゃなくて?」
「本格的にするならサワークリームが絶対らしいよ」
昨晩の父への質問はこの照合の為の布石。裏付けは取れた。




