5-2.
「咲紗、お代わりちょうだい」
ばくばくと朝食を食べ続ける姉の茶碗を両手で受取り、ご飯を装うと差し出す。
「お嬢様、お代わりどうぞ。あら、お召しのニットが裏表になっていますよ」
「えっ! 出掛ける前で良かった。Je vous remercie,Sasha.」
「Veuillez nettoyer vos cheveux.食後に蒸しタオルをご用意しますね」
「Das Waschen wurde zweimal durchgeführt und war fast abgeschlossen.」
咲紗から告げられると無言で頷き、平らげた姉がごちそう様を告げる。
「Thank you for everything Sasha. Let's marry with me.」
「I will do it if you want.」
くすぐったいのか片眼をウインクして身を捩り、拒む事なく抱き付かれて頬へのキスに微笑む咲紗。
キスしているのは俺の姉。和泉輝子二六歳。
国内最高峰の大学医学部博士課程一年生。英語、フランス語、ドイツ語をすらすらと話すのは、海外の最先端医大へ交換留学を繰り返す度必死になって勉強した事もあるが、ネイティブな咲紗に何度も会話を教えて貰っていた事も理由の一つ。
「お嬢様、お帰りは何時頃でしょうか」
「ん~、夜九時頃になると思う。洗濯物回収したら部屋に戻るから」
「では、お好きでした常備菜、いくつかご用意しておきますね」
「ありがっとぉ~。咲紗のは美味しくて食が進むのよね」
独り暮らしの姉の食生活も支えて微笑む咲紗は、外から邪魔が入らない限り実に穏やかで有能なメイドだ。帰属意識が強く家族に従順。心根優しく、機転が効いて、心配りも行き届き、家事全般も完璧。姉が度々口にする、嫁にしたい、は本心かも知れない。
そんな姉は、土曜日にも拘らず勤務先でもある大学病院へ出掛けた。
修士課程を修了した後、周産期医療担当産婦人科と新生児専門の小児科を専攻する姉は医師免許を持っているが、駆け出しの研修医なので、病棟では何でもやらされる下っ端だそうだ。姉は夜九時過ぎに戻り、遅い夕食を終えると、向かいに座らせた俺にお説教ならぬ説得を始めた。
「玲嗣。会社継いでね、お願い」
「また、その話?」
リレー競走のバトンパス並に簡単に言う。
するとその次の言葉も大概決まっている。
「それがママの遺志だから」
ボケかエロに特化したAIの母親ではなく、命潰える前の生身の母の願い。
今までと異なり、高校生になってからは具体に説得してくる。
父が経営する会社が廃業或いは買収された場合、薬剤供給が途絶えたり、或いは不安定になったり、値上がりしたりで、全世界で数千万人の投薬患者が困る事になる。安定供給を続ける為になすべき事は、取締役に就任して、仕事を教わりつつ後継の最高経営責任者になる。買収防衛として経営者と家族が株式の全てを保有する同族会社であり続ける。
そして玲嗣の次を担う後継者、即ち実子を儲けないとならない。
「つまり、奥さんを娶って、子供を儲けるのが絶対条件?」
「その通り。それも出来るだけ沢山、何人も産んでもらってね」
ほうじ茶を差し出すとソファの隅にちんまりと座って話を聞いていた咲紗の視線は姉と俺の表情を追う様に動いていたが、伏せっては俯き加減になっている。




