4-3.
「旦那様、こちらです」
体育館入口で出迎えた咲紗に案内され、教職員一同の起立の礼を辞すると、並んで腰掛けた咲紗が小声で報告してくれる。
「先刻行った戦力偵察を報告します。衝撃的な偽装能力を示した前回と比べ格段に能力が向上し、観客全員を魅惑し放心させる事間違いない大量破壊兵器と化して出撃を待つ状況にあります。以上、報告終わります」
敬礼しそうな咲紗の職業病と言うべきか、私と対面すると、なぜか上官に対する軍人口調になってしまう。軍隊ではないから硬くならずにリラックスしなさいと何度言い渡しても改まらない。仕方のない事だが。
「会場の皆様お待たせ致しました! これより、変装コンテスト、ビューティ部門の予選を行います!」
アナウンスで始まったアトラクション。どれほど驚き唖然とさせてくれるのだろうか。
「次は、エントリーネーム、匿名希望さんの登場です!」
「旦那様、玲嗣さんですよ」
咲紗が耳元で囁いたので舞台の袖から現れた人物を凝視したが、私にはその姿形が上手く視認出来なかった。五七歳の私は、老眼鏡を取り出して掛けると舞台上の人物を見詰める。
「待て待て――。同一人物だろう」
思わず声が出た。食い入って舞台を見詰める咲紗の横顔も、舞台脇の掛け時計の時針も良く見えるので視覚は正常だ。最近忙しかったので疲れが溜まって幻覚を見ているのか、或いは少し早いがお迎えが来たのかも知れない。
そんな馬鹿なと改めて目を凝らし、我が妻、和泉玲子の水着姿のある一点を凝視した。瞬時に見間違えと断定した。あれは玲嗣による擬態だ。
なぜなら、無理矢理作ったであろう胸の乳製品のボリュームが貧弱すぎる。豊潤な山岳と貧相な丘陵ほど違う。比較にも話にもならない。失礼にも程がある。
咲紗はうっとりとして、両手を祈る様に握っている。そして小さな声で呟いた。
「……奇麗」
水を打った様に静まった会場。進行を忘れている司会者。宛所なく舞台中央にポツンとモデル立ちする玲嗣。会場で孤立したと見た咲紗がすっと立ち上がると聞いた事もない大声で叫んだ。
「C’est sublime! Anonyme!」
感情が昂った咲紗は母語のフランス語を発する事がある。この叫びを切っ掛けに周りが騒ぎ始めた。
女子生徒達が一斉に騒ぎ始めた。男子生徒も騒ぎ始めた。書類と実物を見比べている審査員達は混乱している。檀上の人物が玲嗣とも知らぬ生徒達でざわめく会場で咲紗が手を振り回し、素敵、こっち向いて! と絶叫する。
「素敵! 玲嗣! 世界一綺麗よぉ!」
すると玲奈も大声で応援する。
匿名希望を無慈悲に粉砕した事に気付くだろうか。
ステージ上の美女が、和泉玲嗣、但し男だと観客が理解すれば、沸騰したやかんから湯気を噴く様に、会場が突沸しては様々な感想が噴き出す。
それらを耳にして複雑な表情で俯く匿名希望さんをうっとり見詰め続ける咲紗。
正体をバラしている犯罪行為に気付かず名前を叫び続ける玲奈。
予選が終わり玲嗣の決勝進出が決まると、玲奈が小走りで控室へ向かった。




