3-10.
「お早う御座います! 今日はよろしくお願いします!」
昨日藤森さんに声を掛け、七色の土下座とやらで約束を取り付けたスカウト氏。
「こちらの方は昨日の専属さん?」
脇に寄り添う俺は何者かと訊ねる。
「そうよ、クラスメイトなの。一緒に紹介したいから」
コクリと小さく頷くとウイッグがさらりと流れる。指先で耳に掛けると指示された通り俯き加減のままでいる俺は巻き込まれ体質なのか。
「そうでしたか。間もなく当社の役員が来ますので、一緒にお話させて下さい」
こちらへどうぞ、とラウンジへ誘導されると眺望が望める四人掛けシートへ藤森さんと俺を案内する。覗き趣味丸出しな一行はその隣のテーブルに陣取ると、当然の様に俺と藤森さんを向いて座る。隠れる気など更々なし。
「お時間を頂きまして有難うございます」
スカウト会社の役員を名乗るその男、その隣にスカウト氏。
「昨日の専属について伺いますが、マネジメント契約か何か締結されておられる? 或いはどこかの事務所に所属しているとか?」
役員が藤森さんに訊ねる。
「ああ、ない、ない。私、この人専属の彼女って事よ」
藤森さんが俺の脇腹を指で、ぐり、ぐりっ、と抉ればくすぐったいので上体を
捩る。
「えっ、彼女の彼女ですか?」
玲嗣、ヅラ外して。 藤森さんの小声の指示でウイッグを外す。
「こちらの彼女さん、ウイッグでしたか。ショートヘアでもお美しくて
いらっしゃる」
あぁ、ダメだ。あんたら、プロだろぉ~、見抜けないのかよぉ。
内心で嘆いた。昨日のビキニ姿の事を報告されていたのかも知れないが、外見を鋭く見る本職がそう評価したからショックだ。女装していた頃の面影がまだ残っているのか?
つまり――俺の顔が悪いのか。
藤森さんが中座を告げ、俺の手を引きラウンジの隅に移動して尋ねる。
「彼女がトップモデルだったら、その彼氏って、どんな心境になると思う?」
「えっ? ……そりゃあ、誇らしいと思うよ」
「素敵なアクセサリーか可愛いペットを所有して侍らせる訳だしね」
藤森さんは何かを探る眼差しで窺っている。冗談を求めていない顔つき。
俺は首を振った。
「俺は違うよ。誰も見ていない所で地道に練習を積み重ねて、嫌な事や失敗からも謙虚に学ぶ努力と向上心を欠かさないからトップになれると思うんだ。俺はそんな人に憧れるよ」
俺の答えを聞いた藤森さんの顔面が光を放つ。
その笑顔、イルミネーション点灯式か?
「本当? 本当に憧れてくれるの?」
「うん。憧れるし、尊敬する――って、うっわ、眩しい」
周囲を霞ませる強烈な光度のまま藤森さんが小さく頷く。
「分かった。玲嗣を私に憧れさせてあげる。どこまでも際限なく私に惚れさせて
あげる」
「えっ?」
「覚悟していなさいよ、玲嗣」
「ちょっと、何勝手に言っているの?」
気配を殺して接近していた咲紗が口を挟めば、蕾がぽとりと落ちた様に藤森さんの笑顔が消え、傍で見ている俺ですら寒気を感じる冷酷な表情から言い放つ。
「あんたは彼氏の白鳥だけ見ていれば良いんだよ。私は私の為に、玲嗣の女として恥ずかしくない私になるんだから」
ん? 自分の為に俺の女になる? 何だ? 何を目論んでいる?
「ちょっと、何狙っているの? 何する気なの?」
同じ事を考えていた咲紗の表情は硬く、今にも怒りへと姿を変えそうだった。
勝ち誇ったような表情の藤森さんは予想していなかった事を口にした。
「玲嗣の彼女に相応しい、世界中が憧れる美の象徴、トップモデルに上り詰めてやるんだ」
「ぅ え」
俺が発した驚きの声を気にもせず、席に戻った藤森さんはスカウト氏と役員に言い放つ。
「優先交渉権の合意書、締結しましょう」




