3-9.
「白鳥、どうだった?」
親指をぐいっと突き出すサムアップで回答。
「そっか、良かったじゃないか」
早速咲紗の好きなもの苦手なものを聞き出してくる嬉しそうな白鳥の表情を見ていると、友達としての俺も純粋に嬉しくなる。
嘘だ。そんなの嘘だ。説明出来ないもやもやするものが全身に広がっていく。
幼稚園から手を繋いで帰り、公園で遊び、買物をして、家では寝る時もずっと
一緒。小学校からの帰り道、いたずらに随伴を撒いてから突然抱き付くと、慌てていた表情が穏やかな笑顔になるのも好きだった。
中学校から何故か同じクラスで登下校も一緒。妙に女らしい身体つきを意識して何歳なのか疑問に思ったのもその頃。
いつも繋いでいた温かく柔らかい咲紗の手は、いつしか俺より小さくなって
いた。
その小さな手を繋いだ相手と見詰め合い、目を閉じて唇を差し出す咲紗。
キスの相手は――
「!」
目が覚めた。その相手が隣で寝ている。
午前五時。窓の外が白みカーテンを薄明るく照らしている。
すっきりと目覚めてしまい、これでいいのか? と自問自答に陥りそうに
なった。音を立てずに着替え、小憎らしく思える白鳥を部屋に残し、気分転換に浜辺へ向かう。
蒸し暑さもこの時間だと幾分楽で、山風が戦いで肌を撫でると沖へと抜けていく。散歩途中の犬をしゃがんで撫でている少女がいる。随分と早起きだ。立ち上って手を振り犬と飼い主を見送った少女へと近付く。
「あ、玲嗣さん。お早うございます」
いつもの咲紗だけど、いかにも眠たげだ。
「少し眠いです」
日付が変わっても結果報告会が延々と続いたと教えてくれた。
「白鳥の事、宜しく頼むね」
心にもない台詞が口から零れた。胸が少しだけ締め付けられる。
「はい。和泉家でのお仕事を遂行しながら、学生の本分を全う頂ける良いお友達である様に致します」
咲紗はいつもの穏やかな表情で告げた。これが大人の対応なのだと感心した。
もやもやしていたものがすっきりしないまま、波打ち際で暫く咲紗と戯れた。
戻ろうかと告げて隣り合う。
俺はほんの少し肩の力を抜いて腕を下げる。
それに合わせる様に咲紗の手が上を向いてすっと迎えにくる。
互いに視線で確認するまでもなく手が触れて、当然の様に繋がれる。
幼児の頃から身長差が逆転した今でも、狂いのない一連の動作。
日々続けていたから手を繋ぐ高さを互いの身体が覚えているだけだ。
欠伸する咲紗を見ながら、もしかすると手を繋ぐのはこれが最後になるかも知れないと気付いた。
繋ぐ手の相手は俺でなくなってしまうから。
白鳥と繋ぐことになるだろうこの手は、一連の動作を忘れないだろうか。
惜別の想いを悟られず、少しだけ力を込めると咲紗も同じく握り返す。
今まで通りに。
「そう言えば、今日チェックアウトしたら、モデル事務所の偉い人が来ますよね」
「そうだった。藤森さんの遣り取り、面白そうだから近くで聞いていようよ」
「こっそりと、耳大きくして聞いちゃいましょう」




