3-1.
私は覚悟を決めてここへ出向いてきた。そんな私の耳元へ後ろから彼が囁く。
「君が大切にしていたものを貰うよ。後悔しないね?」
初めての体験なので緊張していれば、硬くなったのを察した彼は力を抜いて
リラックスして、と言う。
「じゃあ、後ろから――。ここから入れるよ」
「痛くないですよね」
「終わった後はとても気持ち良いよ。では」
おうっ!
思わず声が出た。
足元に長い黒髪が落ちた。
見慣れていた筈なのに、まるで他人のもののようだ。
「すっきりするもんだな」
「長かったですものね」
美容室を出ると、首筋に風が触れ、思わず肩を竦めた。
「玲嗣さんのショートヘア、初めて拝見しましたが――、格好良いですね」
「ありがとう。咲紗も少し短めにしたね。大人っぽくて今迄以上に奇麗だよ」
「はぅっ……、あ、有難う御座います」
目を逸らした咲紗が振り向いて言う。
「玲嗣さんは今日から、私、ではなく、俺、と仰っては如何ですか?」
「……急だな」
「もう、縛られなくても良いと思いますよ」
「俺……、か」
繁華街のショーウィンドに映る自分を見た。
異性装していた昨日までの自分がまだ微かに残っている気がした。
これこそが自分なのに自分でないような気がする。
「よくお似合いですよ、玲嗣さん」
「俺が?」
白のボタンダウンシャツ、黒のスリムジーンズ、スニーカー。
そして人生初のショートヘア。
ガラス越しに映るもう一人、咲紗が俺の傍で静かに頷き返していた。
「ようやく本来のお姿に戻られましたね」
これで女子に間違われての告白や、えっちで怪しい勧誘もなくなる。
――はずだった。
「ねぇ、君、モデル興味ない? 街中で声掛けられるの今日が初めてじゃない
でしょ?」
何か湧いてきた。
「最速、芸能人、君なら楽勝っスょお 半年後にはテレビとか全然ありえる顔
してる~」
早すぎる。
「超格好良いアイドルビデオ、センター確定! 健全なやつ!
あ、健全、寄りの、やつ!」
早いにもほどがある。 あ、って何だよ。寄り、って何だよ。
頭の中に、妙にキラキラした照明と、金銀モールとフリルの多い衣装を着せられた自分の姿が一瞬だけ浮かんだ。……ない。首を横に振った。
咲紗はその手を隠し武器へ……、していない。うっとり夢見る様な視線で、一瞬だけ俺の全身をなぞった。そして小さく首を横に振ると無言で一歩前へ出た。圧が強い。とても強い。番犬というより、小型の闘犬そのものだ。
手を引かれ無言でその場を離れる。おかしいな。怪しい勧誘に会わない筈……。
「ねぇ、君。数字持ってそうな雰囲気あるんだよなぁ~。俺達の店で働こうよ?」
また来た。大人数だ。
「女の子と一緒に酒飲むだけ、マジ稼げるよ! 高校生でも雰囲気いけるから!」
高校生に。アウトだろ。
「違法なことは一切ないからぁ――、最初は」
最初は、って?
咲紗の目付きが変わった。敵と識別した目だった。今にも低く唸りそうだ。
「あ、妹さん? 大丈夫大丈夫、うちの店ぜんぜん怪しくないから、今のところ」
今のところって?
「詳しい話はすぐそこの事務所で――」
「あ、お巡りさ~ん!」
咲紗が手を高く挙げた。六人が反射的に振り向く。誰もいない。
ぐん、と手を引かれた。次の瞬間、音速だった。
「待って待って、違う違う、誤解だから!」
何がだ。
全力で走りながら思う。髪を切っても駄目か。女装をやめても駄目か。
つまり――、俺の顔が悪いのか。




