2-5.
「そんなのは分かりません、と答えられたら楽ですけどね」
野菜を手にして重さを量り、戻すと別のを手にしてカゴに入れる。
「この学校に入って、それなの? って言われそうだし」
お肉のパックを手にして、部位と分量を確かめてカゴに入れる。
「何も考えてないの? って言われるのが目に浮かぶなぁ」
棚の最上段に伸ばした手が届かない。背伸びしても届かない。
眉頭を僅かに寄せてほんの一瞬だけ咲紗が俺を見る。それは、助けて下さい。
の合図。
「これ?」
「はい、それです。有難う御座います」
手渡すとカゴに入れる。
「ダメって言われる事はないでしょうけど……。あ、それはダメです」
そっとカゴに入れようとしたお菓子。すごすごと棚に戻す幼児の所業を晒す私。
「持ちます」
「持つと背が縮むからね」
「そんな事ないですよぉ~だ」
いつものじゃれ合いを交わして買い物袋を手にする。
重い物は咲紗に持たせない。
子供の頃、咲紗がいなくなった。
「咲紗ちゃんに重い物を持たせたらダメよ」
「咲紗ちゃんを手伝ってあげて」
咲紗が戻ってくると姉と叔母に言われた。
日常生活でも学校生活でも、咲紗に異状があるとは誰も分からないと思う。
でも私は分かっている。
走るのも、歩くのも、微かに陰りを帯びた笑顔も、大怪我をする前とは明らかに違う。
「私、皆とは違うんですよね~」
スーパーからの帰り道でも咲紗がぼやき続けている理由。
明日学校で進路相談がある。
「面倒だから、大学出て、うちの会社で研究職したいです、って言っておけば?」
「そうですよねぇ。それで無難に遣り過ごせますよねぇ」
初対面から変わらない咲紗が周りの女の子達と違うと気付いたのは、物事を客観的に捉えて他と比較出来る様になったここ数年の事。小柄な少女の体格ながら成熟した女のプロポーション。童顔にも見える美少女の顔貌。余りにも優秀過ぎる頭脳。いつでも傍にいる。そして年齢不詳。
「玲嗣さんはどう答えるのですか?」
全身謎だらけな咲紗から聞かれた。
「楽に思えて面倒だよね。家業を継ぐのが既定路線だと」
「ですが旦那様は、事業継承など気にせず、自由に生きろって仰っていましたが」
「そうは言われてもねぇ」
研究開発に重きを置く父に代わり、会社経営の指揮を執る叔母は事ある毎に
言う。
「会社を畳むと世界中で困る患者が数千万人発生するんだよ」
子供の頃から繰り返し刷り込み、中学後半からはデータを示しての説得になったが、実感が湧かず理解が及ばない。
「お立場を考えていただきませんと」
家族どころか咲紗にも事ある度に忠告される立場とやらの意味を最近理解した。
父と叔母が経営する研究開発型バイオ医薬品企業の規模はまだ中小企業らしい。
医療用医薬品の開発、製造、輸出入、販売。国際特許を多数取得して、その分野では後続の追随を許さない独占企業。東京郊外の本社とスイス連邦チューリッヒに拠点を置き、製品売上高と営業利益は国内上位一〇〇社に喰い込むらしい。
他人を容易に信じてしまう、疑う事を知らない私に、怪しい誘いは疑えと幼児期から刷り込まれた副作用か、深い付き合いの友人はいなかった。
「奥様に相談されては如何ですか? 経験知、がおありでしょうから」
黙ってしまった私を見兼ねたか、咲紗が提案する。相談は良いんだけどさぁ、と懸念が独り言となって口から零れた。私を産んだ実の母には咲紗以上の謎がある。
出生から高校生頃の画像データどころか、フィルム写真の一枚もない。
それ以降残された画像には更なる怪しさが尽きない。時系列で追えば、老けていた容姿が若返ったりしている。どれだけの心労があって老け込んだのか、どの様な方法で若返ったか、緩んでいた体型も見事に戻っている。
「母さん必ずボケて脱線して、エロに走るとポロリするし。揶揄われているのかなぁ~」
更に怪しいのは若い頃。
アイドル似の姿でポーズ決めたり、布面積の足りない水着で各所食み出しても笑顔全開だったり、コケティッシュな視線で女豹のポーズだったり、ショートスカートのニットスーツで身体のライン丸見えだったり。
並外れた美女の自主規制ギリギリが多数。同人写真集作ったら結構捌ける映像の数々。
父さん、母さん、若き頃に何やっていたの?




