12-10.
「私を選んだ事も、後悔しないと仰った事も、全部失敗したと思う時が来るの
ですよ」
玲奈と再会した俺の動揺と決意の揺らぎを感じ取ったか、内心を見抜こうとする眼差しがそこにはあった。
酷い喧嘩別れでもしない限り、昔の女と会った男の心は揺れるものと捉えているなら正解だ。玲奈の重力に惹かれた俺の心は揺れた。
それを察したのだろうと思った。
すり抜ける風の音を聞いていた俺は咲紗に語り掛けた。
「俺は、咲紗で良いんじゃない」「咲紗が良いんだ」「咲紗でないと駄目だ」
玲奈に会って気持ちに漣が立ったと正直に認めて、ごめんと告げた。
「この先お互い傍にいると誓った。これからは咲紗だけを見ていく」
嬉しいですと返してくれた咲紗は、彼氏彼女である事を確実にしたい、その為にある事を同意して欲しいと淡い笑顔で言う。それは何かと聞けば言った。
「私と毎日、セックスしましょう」 ぐ ぶっ!
脳天を鷲掴みにして揺さ振る事をさらりと、突然言われて噴き出した。
何を意図して言ったか分からない。
下ネタなど一度も口にしたことがない咲紗には揶揄う様子はなく、微笑みながら真面目な眼差しで見詰められている。
「随分ストレートに。やっぱり必要なの?」
「大学生になっても社会的な立場は完全独占企業の後継者である事を忘れないで
下さい」
毎日セックスを頑張るのと、今更ながらの注意を口にした事の真意を質した。
俺の名前と家業、後継者だと分かった途端、あらゆる怪しい者達が接近してくる。金で靡くことはないし、力で接近を試みる者は警護者が排除するだろうが、友好を装い巧妙に接近して懐に潜り込もうとする者も現れる。玉の輿狙いならまだ可愛いものだが、組織のエージェントとして和泉家に食い込もう、時間を掛けてでも経営を乗っ取ろうとする者も現れる。ターゲットは世間知らずの御曹司。
手段はハニートラップ、即ち色仕掛けから始まる。
「玲嗣さんもやりたい盛りの健康な男子ですから、怪しい女に靡きたいと思えなくなるまで、私の身体で性欲の全てを吐き出して下さい。露骨ですが、これは真面目な防衛戦術なのですよ」
平然と言い切った咲紗は、体を差し出すが俺と一緒の普通の生活以外は何の見返りも求めず、知ろうともしない、と言い切った。
頬も赤らめずに至って真面目に告げたが、瞳に動揺が走っていた。
「昔と違って体の自由が利かなくなった今ではそんな事くらいしか出来ないからです。でも変なプレイはダメですよ。ソフトに痛くない範囲でお願いします」
淡く笑んで冗談交じりに告げる咲紗に向かうと首を横に振った。
「自分を貶めたら駄目。それは、傍に置いてもらう役目を更に作りたいから?
俺を横取りされない対抗手段、彼女としての良い意味の色仕掛けだったりする?」
「くっ……、たまには鋭くなるのですね。その通りです」
会話の間に足元が冷えたのを意識した俺は立ち上ってコートを脱いだ。これ以上冷えない様に、持ち上げた両腿の下に襟を挿し込み、咲紗の両脚を脱いだコートで巻いて包んだ。風邪ひくからそんな事しないで、と言われても無視した。
「では、これ。使って下さい」
自分のストールを解くと懸命に腕を伸ばして掛けようとする。
近寄って背を縮めていると、肩までぐるりと巻いたストールから咲紗の甘い香りが漂う。
子供の頃、外国で事件に巻き込まれた日から、自分の中で咲紗の位置付けは
変わった。
そして在学中の山岳事故を経て今日、自分の中で咲紗の位置付けが確定した。
子供の頃から俺を守り続け、体に傷を負っても、私心を捨て尚も尽くそうと
する。世界中探しても代わりがいない人。俺にとって一番大切な人。
「ありがとう。寒かったら言って。行こう」
立てたコートの襟元を押さえた咲紗に声を掛けると、ブレーキのロックを外して押し始めた。
コートなしのやせ我慢を、車椅子を早足で押す運動でカバーしようとした俺。
ハックション!
「もぉ! 風邪引いたらどうするんですか? ほら、コートを」
「外すな。例え風邪でも、咲紗が酷い目に遭う姿なんて見たくないよ」
「でも……、はい」




