2-1.
「あ、たっだぁいまぁ~」
独り暮らしの部屋に帰ると玄関に大きな靴。途端に私の声は元気になる。
普段は誰もいないから機械的に呟くこともない。
玄関脇の収納から取出したブラシで埃を払い、シューツリーを入れ、二五センチメートルの私の靴を靴箱側に並べた。
「社会的立場でもファッションでも、足元は必ず見られるから、靴底と踵も手入れをして、まめに磨いてね」
手に取ったEU43の紳士靴は彼がイタリア赴任時に何足かオーダーした内の一足。ピカピカに磨かれて踵の擦り減りも僅か。昔にアドバイスした通り手入れしている。
ブラシで埃を払い、シダーウッドのシューツリーを入れ、コットンフランネルで軽く磨いて私の靴の反対側、土間の上座に置く。
手洗いと嗽を済ませ、カバンと買物してきた雑貨を置いて着替えた。扉が開いている彼の部屋を覗き込む。
「だだいまぁ~」
囁き声で様子を窺えば、以前と同じくリモートで会議をしていた。そっと離れた私はキッチンでお湯を沸かしてストッカーから買い置きを探す。
「渉、お疲れ様。コーヒー淹れたよ」
「あぁ、お帰り。気付かなかった」
ヘッドセットを外してタイピングしている渉へグァテマラのブラックにアマレットを添えて差し出す。
この部屋の持ち主、和泉渉は実年齢より遥かに若く見える。それなのに、ふとした瞬間に見せる無理にでも相手を安心させようとするような笑みだけは、ひどく懐かしかった。
「夕食は何でも良い? 出来たら声掛けるね」
「うん。……そうだ、玉子焼き、作って」
忙しいお仕事の邪魔をしてはいけない私はじゃれつく事をせず、はーい、と返事をするとキッチンへ向かう。
そっと傍まで寄り、振り向き様に胸の谷間を押し付けて度々遊んだ。
でも今は止めた。世界的な科学者、研究所の所長、会社経営者、実家の家業の取締役、学校法人の理事。社会的な立場で責任を負うので忙しいのは当たり前。邪魔しては駄目だし、過労で死んじゃうから。
「渉、晩御飯――、あれっ……。え?」
午後七時。夕食の配膳を整えて、コンコンとノックしながら声を掛けたが反応がない。照明も点いていない部屋を覗き込めば、廊下の灯りで浮かび上がったのは、椅子に凭れ頭を反らし、両腕をだらりと垂らして動かない渉。
「!」
駆け寄った。声掛けよりも鼻に耳を寄せ、首の気道脇に指先を添えた。
過労で……、嫌だよ!




