1-10.
「あれっ、この子。まさか?」
入学して数日後。
配布された生徒名簿を渡せば目を通していた父はモバイルを手にして、誰かとの通話で随分と盛り上がっていた。
「旦那様、不躾ながらお伺い申し上げます。先ほどは殊の外ご機嫌麗しくお見受け致しましたが、名簿に何かお心に留まるものがおありでしたのでしょうか?」
「咲紗、言葉遣いが硬過ぎるよ。普通の会話にして欲しいな」
「申し訳御座いません。早速改めさせて頂きます」
「実はね、互いの彼女連れで遊んだ大学時代の大親友の子供が玲嗣と同じクラスだったよ」
「まぁ! 偶然とは言え世間は狭いものですね。何と仰る方ですか?」
示された名簿には白鳥悠翔とある。
「そんな子いたっけ?」
入学してまだ一週間ほどなので全員の名前と顔が一致していない私。
「ど畜生ストーカー女の隣のお席で、なよなよとなさっておられる優男殿で御座います」
起伏激しい日本語で咲紗が説明する。
「和泉家が大きな恩義を受けた、私の一番大切な親友の子だよ。両親が関西に赴任中で寮生活だと言っていた。二人とも、何かあったら助けてやってくれ」
「はい、旦那様。承知致しました」
「何か、随分大きな話みたいだね」
「詳しい事は言えないが、輝子にとっては恩人でもある」
姉よ……。何やらかした?
「あ、そうだ」
父が何か思い出して生徒名簿を開く。その指先が示すのは藤森玲奈。
「ストーカー云々と言われているこの子が、色々ちょっかい掛けて来ると思うが」
「もうやられている」
「べたべたくっついてくる粘着質女です。レンジの油汚れみたいです、旦那様っ!」
余りに酷い例えに苦笑いを押し殺す父は、彼女の唯一の肉親、父親が忙しく殆ど不在で、実質一人暮らしと聞いている。寂しさの裏返しだと思う、と言う。
なるほどと思ったが、流石に気付いて尋ねた。
「何でそんなに詳しいの?」
理事室から出てきた事と関係あるのか気になり訊ねれば、父の表情が僅かに変わり、良く分からない事を口籠っていた。
怪しい。咲紗に鈍いと言われる私だが、流石に勘付いた。
「父さん、未成年の女子にストーカーって、犯罪になっちゃう。マズイよ」
「毒を以て毒を制す、見事なカウンター攻撃です、旦那様!」
咲紗は父の為す事、全肯定らしい。
暫く振りに大学の研究室から戻った姉に聞いても、小さかった頃だし、パパもママも詳しく教えてくれなかったから、恩人だとしか分からない、と返すと続けて
言う。
「藤森さんを嫌わないであげてね。本当は――」
「超弩級の痴女ストーカーですよ、お嬢様っ!」
ぶはっ、と噴いた姉は暫く笑っていたが、分からない事を言う。
「玲嗣、藤森さんに惚れたら絶対ダメだからね」
「ん? 何で? 何かあるの?」
「その御予定があるのですか?」
懸念に疑問と疑惑が交差する面倒な会話。
「美人で、スタイル完璧で、驚くほど頭良いけど、派手な見た目と違って家庭的だし。良い母親になれる女だね」
うげぇ~。 咲紗が露骨に嫌そうな表情で小声を漏らせば、くすっ、と笑う姉が続ける。
「彼女に深入りしては駄目だよ。傷付きたくないなら、ね」
色恋沙汰に疎いと知っての忠告らしいが、惚れたらダメの理由が分からない。
それは良いとしても、私は疑問が拭えない。
父さんも、姉ちゃんも、なぜ藤森玲奈の事を詳しく知っているの?




