12-7.
それからの俺は落ち込んでいたと思う。
卒業に向け、クラスメイト達と咲紗を伴い遊びに出向く事が増えた。
楽しそうに取り繕っていたが心から笑えない。玲奈がいないから。
近況を聞かれても、ありきたりの事しか返せない。俺と玲奈は別れたから。
「玲嗣さん」
振り向けば咲紗が眉を寄せ見詰めている。
決して出娑張る事をしない。余計な詮索をしない。心の中を探ろうとしない。
でも察してくれて、何も語らず、何も聞かず、傍にいてくれる。
話し掛けると手を止め、身体を向け、視線を合わせ、傾聴してくれる。
意見を求めれば、控え目ながら自分の考えと根拠を示し、方策を提案して
くれる。
頼み事をすれば、懸命に応えてくれる。
「来て下さい」
そんな咲紗が右腕を伸ばして俺を抱き寄せようとしている。
幼かった頃、母親恋しさの時以来だと思う。
黙って咲紗と向き合い、上体を預けた。
ふわりと甘い香りがする。子供の頃からの安らぎと結び付く香り。
玲奈とは違う香り。小さな右手が頭を撫でると言う。
「宜しければ話されては如何ですか? 少しは気が楽になりますよ」
子供の頃は何でも咲紗に話していた。
テスト満点だった事、給食全部食べた事、友達と遊んだ事、通り掛かった子犬を撫でた事、公園のブランコを漕いだ事、お母さんと帰る子を見た事、家に誰もいない事、一人で留守番していた事、日暮れで暗くなる家は寂しい事、誰も帰ってこないと怖くなった事。
「ごめんなさい! 遅くなって」
先に帰らされた一人きりの家に、息急き切らせ戻ってきた咲紗に飛び掛かる。
「遅いんだよ、バカバカバカ!」
小さかった俺を抱き包み、好きに暴れさせ、ごめんなさいを繰り返していた
咲紗。
格闘の跡らしき傷を負い、汚れた着衣で度々帰ってきた。
手を洗い、服を着替えるのを待ち、抱き付くと抱き返してくれた。
ぎゅっと力を込めると程よい加減で抱き締め返してくれた。
「はい」
何も言わず掌を上に向けただけで、必ず繋いでくれるいつもと同じ温かい手。
「やっぱり、怖いんだよ。……一人が」
子供の頃からのまま、変わらない咲紗の眼差しに言葉が吸い込まれる。
「誰もいない家で母を探し回って。夕暮れで暗くなる家にたった一人。ずっとこのまま誰もいなくて、一人のまま死んじゃうんじゃないかって。今でも一人になるのは怖いよ。もう子供じゃないけど、染みついちゃったんだ。ひとりが怖いって」
嘲るように口にすれば咲紗が握る手に柔らかさと温かさが更に伝わってきた。
「私はそれが分かっていますので、お傍に置いて下さいとお願いしたのです。こんな身体ですから大したこと出来なくなりましたが、至らない家事と、こうやって、お話し相手くらいは出来ますよ」
これ程の柔和な表情が出来るのだと感心していれば言葉が続く。
「白鳥さんのお下がりの私ですけど、エッチな事は何もしていません。ぎゅっと抱き締められてキスされそうになりましたけど、拒みました。それでも突っ走りそうだったのでチークキスで誤魔化しました」
あの野郎。今度会ったらどうしてやろう。
「ところでさ。咲紗は、結婚しないの?」
「随分と危険な質問を投げますね。まだ死にたくないでしょう?」
ガクガクと壊れた人形の様に頷く。
「崖崩れで臨死体験なさったんですよね。また玲子奥様に、帰れって、三途の川の向こう岸から石投げられますよ。止めて下さいね」
修理完了して再起動した母親AIを口にすれば反応して喧しくなるので静かに
していた。
「結婚ですか……」
そう言うと、この先の状況に応じて決めたいと思いますと言った咲紗は、年上女に何を聞くんですか。失礼ですねと、クレームを告げる。その表情も中々可愛い。
「じゃあさ、俺達付き合ってみようか」




