12-3.
「玲嗣、咲紗を大切にするんだぞ。咲紗、玲嗣のお守りをよろしくね」
咲紗は言い返さず、小さく頷くだけ。
薄灰色の雲に機影が潜り込むまで展望デッキからクラスメイト達と玲奈を
見送った。
「玲嗣さん、こちらですよ」
背後で皆の雑談が聞こえた。電車で戻る皆と別れると咲紗に示されるまま歩を
進める。
左腕を横へ引かれて左へ、後ろへ引かれて止まり、小さく腰で押されて右へ。
躓くと咲紗と共に転倒しかけて、慌てて踏み止まる。
「大丈夫ですか? バス乗場はあの先です」
見えて見えず、聞こえて聞こえなかった。
「玲嗣さん、バスが来ましたよ。……あ、ステップが高いので手を貸して下さい」
ツンツンと袖を引かれた。眉頭を僅かに寄せてほんの一瞬だけ咲紗が俺を見る。
それは“助けて下さい”の合図。気付くとバスのドアが開いていた。
三段あるステップを見た身体は勝手に咲紗の前に回り込んでいて、しゃがむと
背負った。
俺の背中からチケットを乗務員へ手渡した咲紗が周りにぶつからないか注意しながら空席に座らせてシートベルトを締めると、隣に座る。
軽く腕を突かれて振り向けば咲紗が言う。
「さあ、降りましょう。今日はお買い物しなくても大丈夫ですよ」
微笑む咲紗を捉えた視線で見渡せばバスの乗客は俺達だけ。
「寒いので早くお家に帰りましょう」
見上げれば風花舞う中、最寄り駅からタクシーに乗り込み、気付けば家の洗面で咲紗が俺に手洗いと嗽を勧める。
「はい。ココアです。温まりますよ」
カチャン、と音がして視線を落とすと、皿に乗ったカップにこげ茶の液体から甘い香りと微かな湯気が立ち昇っている。一口運ぶと温かく甘い液体が口に広がり、飲み込むと食道から胃へ温かいものが、すっと落ちていく。
「玲嗣さん、大丈夫ですか?」
「えっ、何が?」
「随分昔にもこんな事があったので」
「何が? いつ頃?」
「玲嗣さんが四歳の頃でしたか、奥様のお墓参りから戻った時と同じでしたので」
カップに残っていたココアは冷えていた。
「お下げ致しますね」
ゆっくり立ち上がった咲紗がカップを右手にキッチンへ向かって歩く。
トン、トンと足音。だらりと下がったままの左腕。バランスを取ろうと振り子の様に大きく揺れる上体。食器を洗うとこちらへ戻ってくる。
トン、トンと引き摺る足音が響く静まり返った家。
物寂しさから天井を仰いで溜息を吐いた。
ドタン
普段聞かない音を探せば咲紗が床に倒れている。駆け寄りながら迂闊な自分を
罵った。
昨日までは玲奈が傍にいたので安心出来た。
今は付き添って手を貸す者はいない。俺以外誰もいない。
「咲紗、ゴメン。大丈夫か?」
「平気です、これくらい何ともありません。気にしないで下さい」
抱き上げてソファに座らせると大丈夫ですから、と逆に気遣われた。




