12-2.
「そろそろ帰ってくる頃だね」
玲奈に促され着衣を始めた俺は、皴の寄るシーツを張ってベッドメイクする玲奈の背後から忍び寄るとそっと抱き締めた。
「俺と結婚するって、考えた事はある?」
ふわふわでずっしり重い乳製品を掬い上げて感触を記憶に刻み付ける。
「残念だけど……、それはないよ」
なされるがままの身体。拒み続ける言葉。
「嫌いだからじゃないんだよ」
少しでも記憶に残したい俺は髪に顔を埋める。甘く馨しい香り。
「まだお互い、まともに稼げないでしょ」
胸に回した俺の両の掌に玲奈の両手が添えられた。
経済的な問題なのかと問えば、身体をこちらに向けて静かに首を振る。
「約束して欲しい。一人前の社会人になったら迎えに行く。俺と死ぬまで一緒に
暮らそう」
「それは……、プロポーズ?」
「俺との将来を、約束したくないの?」
玲奈は笑顔を消すと小さく首肯した。その表情はとても冷たい。
「ものにしたい人を繋ぎ止める言葉って、軽薄で、裏付けがなくて、信用出来ないよね」
口説き文句が斬り捨てられ、破片が俺の胸に突き刺さった。
「そんな無責任さで相手の人生を縛って他の選択肢を奪うなら、約束しない方が誠実で幸せだと思うよ」
正論だ。反論不可能な答えも俺を拒む。
ここにはもう望みなどない。
「観念したよ、白旗だ。でも、これだけは約束して欲しい」
「何を?」
「一人前の大人の男になったら、もう一度問い掛ける。その時はちゃんと答えて
欲しい」
じっと見詰める玲奈は俺の願いに表情を変えず無言だったが答えを返した。
「私から先に告げる事になっても、冷静に話を聞いてね」
承諾も妥協も譲歩もなく、互いの願いは交わらずに平行するだけ。
「この先の事なんか誰にも分からない。でも必ず玲嗣に告げるから、ねっ?」
一縷の望みを残したくて首肯した。だが、玲奈の深意は多分こうだろう。
「望みなどないよ。その日が来る前に私から断るよ」
拒絶を優しく隠す玲奈の小指が差し出された。
曲げて隠したままにしたかった小指に小指が絡んだ。
家の前に車が止まる音が届けば、虚しい約束を交わした互いの小指が離れる。
俺の視線に二股疑惑が込められているなど知らぬ玲奈は慌ただしく着衣を整えると、玄関の父の元へと軽やかに向かった。




