第九話 天使の笑みを持つ悪魔の副官
――プププープー、プププープー。
忙しく業務をこなしていると、正午を告げる食事喇叭の音が響く。
大部屋で仕事をこなしていた者たちは皆一斉にペンを止め、食事の準備を始めるのだった。
亜嵐もその内の一人だった。
机の書類を脇に寄せ、朝、早起きして作った白銀とお揃いのアルミの弁当箱を取り出した。
使い古された銀色の四角い弁当箱。
(白銀も今頃、食べてるのかな――?)
(ま、不味かったら捨てて外食でもしてくれればいいし、オレがあ〜だこ〜だ考える事でもないか……)
亜嵐は弁当の蓋を開ける。
中には朝食の残りと、少し焦げた玉子焼きが入っていた――。
✕✕✕
「白銀閣下、今日も龍一郎さんのところに食べに行く? それとも別のところ?」
龍生が食事喇叭の合図と共に白銀大将の執務室の扉を叩く。
「稜。すまんが今日は外へは行かない」
「え? そうなの?」
白銀はガサゴソと鞄から銀色の弁当箱を取り出した。
「あー! もしかして婚約者殿に作ってもらったのー?」
白銀の視線は一瞬龍生に向けられたが、すぐに使い古されたアルミの弁当箱へ向けられた。
「……ああ」
弁当箱の細かい傷を見つける度に、白銀の口元が緩む。
「へぇ~、よかったね!」
龍生は満面の笑みを浮かべるのだった。
「蘭ちゃんお手製の愛妻弁当、見せてよー」
「……まだ妻じゃない」
「まだ、ってことは、未来の妻ではあるんでしょ? それってもう、愛妻弁当じゃん!」
「………………」
白銀は龍生の言葉を聞き流す。
そしてアルミの弁当箱をパカッと開けた。
白米の中心には梅干しが置いてあり、朝食で出てきた焼き鮭に、漬物、それに少し焦げた玉子焼きが入っていた。
「わぁ、美味しそうだね!
あ、白銀閣下が食べたがってた玉子焼きもちゃんと入ってるじゃん!」
「……稜。お前に話を聞いてから、亜嵐少尉が自分で作っているという玉子焼きがずっと気になっていた」
「……そっか、本当によかったね」
「ああ……」
白銀は大事そうに弁当を食べ始める。
「ねぇ、白銀閣下。
僕にも玉子焼き味見させてよ」
「ならん」
軽口を叩く龍生に、速答する白銀。
「あはは、だよね〜。
じゃあ僕、外で食べてくるからまたね〜」
龍生は手を振り、大将執務室を出ていった。
✕✕✕
亜嵐が無心で弁当を頬張っていると、思わぬ人物が大部屋に現れた。
「龍生副官、いかがされましたか?」
上官が立ち上がる。
「あ、個人的な用事だから僕のことは気にしないで〜」
ニコニコと笑顔を振りまく龍生は、白銀大将の副官でありながらその優しく人懐っこい笑顔で軍の癒しになっていた。
龍生は迷わず亜嵐の机に向かう。
「ねぇねぇ、亜嵐少尉〜」
亜嵐の弁当を掻き込む手が止まった。
口いっぱいにご飯を詰めて、モグモグ食べる姿に龍生は笑みを漏らす。
(蘭ちゃんのこんな姿、龍也はもう見たのかな〜?)
亜嵐はお茶で口の中を流し込み、飲み込んだ。
「ど、どうしたんですか? 龍生副官……」
(なんだかイヤな予感がするぞ……)
「……玉子焼きってまだ残ってる?」
「はい?」
「玉子焼き!」
「……急にどうしたんですか?」
亜嵐の菫色の瞳に困惑の色が浮かぶ。
「さっきね、白銀閣下が美味しそうな玉子焼き食べてたから僕も食べたくなっちゃって……」
「はあ……?」
「でね、一口ちょうだいってお願いしたんだけど断られちゃって――」
「……それで?」
「だからさ! 亜嵐少尉の玉子焼き、一つちょーだい!」
ざわ――。
大部屋の空気が変わった。
「え? なんで龍生副官は、白銀閣下に玉子焼きを断られて龍ヶ崎少尉に貰いに来るんだ?」
「いつも外食の閣下が弁当!?」
「しかも、龍ヶ崎少尉とお揃いの玉子焼き入り!?」
「ばっか! お前、もしかしたら今日の弁当は龍ヶ崎少尉の妹が作ったんじゃないのか!?」
「それで?」
「だから! 妹君が兄の亜嵐少尉と白銀閣下にも弁当渡してるってことだと推測するぞ!!」
「だからお揃いの玉子焼きが入っていると……!!」
「おい! お前らいい加減にしろよ!!」
亜嵐は顔を真っ赤にして立ち上がり、同僚たちを一喝した。
「でさ、その玉子焼きくれるの? くれないの? どっち??」
隣で龍生の笑顔に圧が混ざる。
「………………」
亜嵐は自作の弁当に目を落とす。
確かに玉子焼きはまだ残っているが……。
「龍生副官、蘭が、妹が言っていたのですが、オレの弁当には焦げた玉子焼きしか入ってないそうで……」
「多少焦げてても僕は全然気にしないよ!
さあ! 早く食べさせてよぉ〜!」
龍生の栗色の瞳が期待を持ちキラキラと輝き始めた。
「……はぁ〜、分かりました。
どうぞ――」
亜嵐は弁当箱を差し出す。
龍生は待ってましたと言わんばかりに玉子焼きを手で掴み口に入れた。
「……うん! 甘くて美味しい!」
「お口に合ったようでよかったです……」
「もう一つ貰ってもいい?」
「…………好きにしてください……」
亜嵐は全てを諦めた。
(玉子焼きはいつでも作れるし……、今はそんな事より周りの誤解を解く方が先決だ――)
龍生は玉子焼きを食べ終わり、ニヤリと口元を歪める。
「うん、亜嵐少尉の妹君――蘭ちゃん、だっけ?
いいお嫁さんになるね!」
「お嫁――」
亜嵐の顔が引きつる。
「そうだ亜嵐少尉! もう一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「……なんですか? 龍生副官」
「僕、今から外でご飯食べてこようと思ってるんだけど、亜嵐少尉もお弁当食べ終わって手が空いたら大将執務室に行って白銀閣下にお茶淹れてあげてよ」
「はぁ!? オレが閣下に茶ぁ!?」
「いいよね! 白銀閣下、外食の後に毎日お茶飲んでるんだよ。
僕が側に居れないから代わりにお願いね!」
龍生のウィンクが、亜嵐には悪魔の微笑みに見えた。
(なんでオレが白銀に茶なんか淹れなくちゃならない!!)
(なんなんだ!? この天使の笑みを持つ悪魔は!!!)
「……しょ、承知しました――」
心の声も虚しく、上官命令には従わねばならない。
(はぁ……、気が重い――)
(今日はもう早退したい……)
✕✕✕
副官命令を断りきれず、弁当を食べ終えた亜嵐は湯呑みを持ち、大将執務室の前に立っていた。
「はぁ〜、なんでオレがこんな事しなくちゃいけないんだ……」
昼間の噂話と龍生副官の言葉が頭を駆け巡る。
(白銀、玉子焼き食べてくれたんだな……)
(いや! オレは何を考えた!?
集中しろ! これから乗り込むのは戦場だぞ!!!)
一瞬、緩みそうになった頬を引き締める。
そして深呼吸をし、執務室のドアを叩いた。
「失礼致します。
……お茶をお持ち致しました」
「……入れ」
いつもより低く、冷徹な白銀の声。
だが、その声はどこか楽しげで心なしか熱を持っていた。
――この時、亜嵐はまだ知らなかった。
龍生副官が外食に出る直前、白銀大将に「蘭ちゃんにお弁当食べ終わったら大将執務室に行くように言ってあるから〜」と、しっかり『密告』を済ませていたことを。
ゆっくりと扉を開けた亜嵐を待っていたのは――
ご覧いただきありがとうございます!第9話でした。
ついに白銀閣下に蘭ちゃんの手作り弁当(玉子焼き入り)が渡りました……が、悪魔の副官・龍生によって、さっそく波乱の予感です笑
ラスト、お茶を淹れに執務室へ向かった蘭ちゃんを待ち受けるものとは――!?
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次回もお楽しみに!




