第八話 皇公爵の囁きと、白龍の血
白銀と亜嵐が軍に到着すると、軍部はある噂で持ちきりになっていた。
「あの白銀大将が電撃婚約したらしいぞ!!」
「相手はどこの令嬢だ!?」
「それが、龍ヶ崎少尉の妹君らしい……!!」
「なんだと!?」
「おい待て、俺が聞いた噂じゃあ、龍ヶ崎少尉が大将閣下の書生になったと聞いたぞ!?」
「なんだそれは? 妹の縁故か!?」
「おい! 大将閣下の婚約者は龍ヶ崎少尉の双子らしいぞ!!」
「どういうことだ!?」
「閣下は男も女もイケる口だと言うことかじゃないのか!?」
「確かに! 閣下のあの美貌。男の俺ですら抱かれたいと思ってしまう……!」
「つまり、白銀大将は龍ヶ崎の双子を毎晩取っ替え引っ替えしてるのか!?」
「……ごめんね〜、白銀閣下。
情報統制失敗しました!」
テヘっと可愛く舌を出し、ウィンクをしてくる龍生副官。
「…………………………」
噂の内容に絶句する亜嵐少尉と、噂など気にも留めていない様子の白銀大将。
「お、オレは! これからどうやって過ごせばいいんだ!?」
亜嵐少尉は頭を抱え始める。
(うぅ……。胃が痛い――)
「……噂など、すぐに忘れられる。
行くぞ、稜――」
白銀は亜嵐から鞄と弁当を受け取ると、龍生と一緒に大将執務室に歩き始めた。
「亜嵐少尉! 頑張ってね」
龍生は白銀に隠れるように手を振る。
「頑張れって言ったって……、これはどう頑張ればいいのか……」
亜嵐はトボトボと大部屋へ向かった。
✕✕✕
大部屋の机に座ると、ニヤニヤと品のない笑みを浮かべた先輩や同僚が亜嵐を囲んだ。
「なぁ、龍ヶ崎少尉? 今日、白銀大将と一緒に登庁したって本当か?」
「いや! そんな事よりお前の妹ってのやっぱりお前と同じ顔なのか!?」
「大将閣下の書生になったって本当か!?」
矢継ぎ早の質問に、亜嵐は眉毛を寄せる。
「はぁ〜、そんなにいっぺんに質問されても答えきれん!」
「オレじゃなくて白銀閣下本人に聞けばいいだろ!?」
「ばっ! そんな閣下御本人に聞けるわけないだろ!! だからお前に聞いてるんだ!!」
「はぁ〜」
亜嵐は盛大なため息をつく。
(まぁ、そりゃそうだ。そもそも大将閣下とオレたちじゃ身分が違いすぎる――)
「あのな、オレと白銀閣下は噂のような関係じゃあ――」
「おーい、龍ヶ崎少尉。
客人がお見えだぞ!」
上官の声に亜嵐は顔を上げる。
(助かった……! 誰だか知らんがよくやった!)
「すまん、お前ら。
客人だ――」
✕✕✕
亜嵐が廊下に出ると、深緑色のインバネスコートを身に纏った群青色の髪の青年が手を振っていた。
「皇公爵閣下……」
(うわぁ、また面倒なのが来た――)
「……亜嵐少尉。妹の蘭ちゃん、婚約したんだって?」
「……そうみたいですね」
亜嵐は他人事のように答える。
「ふーん。それはさ、蘭ちゃんにちゃんと選択権はあったのかな?」
「……ん?」
「蘭ちゃんが嫌々婚約させられたんなら、俺が皇公爵家の力を使って婚約破棄させてあげようかな? って思ってさ」
「……婚約破棄、って……」
確かに、この皇公爵家の富と権力を使えばそれは可能かもしれない。
「……皇公爵閣下に、そこまでしていただく道理はないでしょ――」
皇の指先がピクりと動く。
「それに、もし公爵閣下にそこまでしていただいても、お返しできる物を蘭もオレも何一つ持っていない」
「――ただ、閣下の申し入れ、嬉しかったですよ」
亜嵐は困ったように笑った。
「っ! 亜嵐少尉……」
「それに、白銀閣下のお屋敷もそんなに悪くないみたいです」
「………………」
亜嵐の困った様な、はにかんだ様な笑みに、皇は自分の手を握りしめる。
そして、いつもの優しい笑顔を作った。
「そうなんだね。でも、覚えておいて欲しい――」
皇は一歩近づき、亜嵐の耳元で優しく囁く。
「俺は、皇 瑰はいつでも蘭ちゃんを救ける準備はできてるよ」
そう言い終わると、皇は元の場所まで戻った。
「……皇公爵閣下?」
亜嵐は不思議そうな声を上げた。
「そうだ、今軍部では白銀大将の婚約者の噂で持ちきりのようだけど、こんな噂は知ってる?」
皇は紺色の瞳を細める。
「……白銀侯爵家は、白龍の血を引いているらしい――」
「……白龍?」
「そう。大昔にこの地を救った白龍様の血を引く一族……」
「龍は狙った獲物は逃さない――」
「亜嵐少尉も、食べられないように気をつけてね――」




