第四十五話 八十円の取引
「――八十円で売れたぞ」
しばらくすると、身なりの良い洋服に、モノクルとヒゲを生やした男性がノワールにやってきた。
「………………!」
白銀が警戒するも、琥珀は笑顔のまま、その男性に近づく。
「お帰り、龍司。
早かったね」
「……なっ! 義兄上……なのか――!?」
「あぁ……」
清野はシルクハットを脱ぎ、付け髭を取った。
「あぁ、もう少しその変装を見ていたかったのに……!」
「…………お前はただ、私を見て笑いたいだけだろ」
「さすが龍司! 御名答!」
清野はモノクルを外し、崩していた髪形を整える。
「やっぱり売り手役は龍司で正解だったね! 怪しくて、面白い!」
「……お前の変装道具、ありがたく使わせてもらったぞ、龍一郎――」
「はいはい、琥珀ちゃんの頼みなら断れないよね〜」
刻藤はヒラヒラと手を振った。
「ま、待て。義兄上の変装などどうでも良い!
なんだ、さっきの八十円とは……!」
「……あぁ、蘭の値段だな――」
「なっ――! 安すぎる!!
どこのどいつだ! 蘭にそんな値段をつけるとは……!!」
「……うわぁ~、怒るとこそこなんだ……」
龍生のツッコミ。
「いや、八十円にも納得出来んが、義兄上! 蘭をどこに売ってきたのだ!
俺が八万で買い戻す!!」
「あはは……。龍也も人身売買してる……」
龍生が呆れた声で返し、間髪入れずに白銀に睨まれる。
「…………まあ、潜入捜査の為に”一般人”ということで売ってきたからな。この値段は平均以上だろう――」
「いや! そういう問題ではない!!」
「そう焦るな、龍也」
清野は興奮気味の白銀を黙らせる。
「違法賭博場の関係者に近づいて、分かったこともある」
「ほう、さすが龍司――」
琥珀がウットリとした視線を清野に送る。
「喜べ――。
違法賭博場への入店方法が判明した――」
✕✕✕
ガス灯の灯りが灯り始めた頃――。
白銀と琥珀は、銀座の裏通りにある“会員制社交倶楽部”を訪れていた。
白銀は黒いスーツに、長い髪を銀髪に変更し、ひとつ結びに。
琥珀は黒髪のショートヘアに変装し、ワインレッドのドレスを着て、白銀侯爵家の姉弟だとは気づかれぬ装いをしていた。
「……龍司から聞いたことを覚えているかい?」
「むろんだ。表の社交倶楽部にいる“赤いネクタイ”をつけたボーイに“例の台詞”で話しかけるんだろ?」
「ああ……。見つけたよ――」
「……それにしても、姉上までついてこなくてもよかったのだぞ?
義兄上もさぞ心配しているだろうよ――」
「何を言う! こんな楽しそうなこと、このボクが見逃すワケがないだろ?
――それに、自慢の弟が付いているから、問題ないさ」
「…………………………」
「さあ、行こう! ボクはワクワクしているんだ」
二人は自然に“赤いネクタイ”を着けているボーイに話しかける。
「すまない。飲み物を二杯もらえないかな」
「はい。何を飲まれますか?」
「……“特別な夜に合う、刺激的なモノを”――」
白銀と琥珀はボーイに目配せをする。
「…………かしこまりました。
こちらにどうぞ――」
ボーイは二人を自然な動作で誘導した。
✕✕✕
ボーイに“チップ”を渡すと、中身を確認された。
そして、問題ないと判断されたようで、エレベーターに乗り込む。
地下に向かうエレベーターの中で、ボーイが話しかける。
「……こちらの“倶楽部”は初めてですか?」
「ああ」
「ここの“倶楽部”は他と違いますからね。
きっと、ご満足いただけると思いますよ」
「……楽しみにしている――」
――チン。
「到着いたしました。
どうぞ、刺激的な夜を――」
ボーイは礼儀正しく一礼すると、再び一階に戻っていった。
地下は一階とは違い、凄まじい爆音と薄暗い空間が広がっていた。
その闇の中を、仰々しい光が縦横無尽に走っている。
「…………どうやらさっきの“チップ”が入場料だったみたいだね――」
「ふん。あんな“はした金”程度で――」
「二人で三百円は、キミにとっては“はした金”だけど、庶民からしたらなかなか手が出せない金額だよ?」
「……そんなことは、どうでもよいのだ――」
(俺は、一刻も早く“蘭”を見つけなければならない――!)
(俺の蘭が、他の男に破廉恥な目で見られているなど、耐えられない――!!)
白銀は周りをキョロキョロと見回す。
「おやおや。そんなにキョロキョロしていると、怪しまれてしまわないかい?」
「黙れ……! 俺は一刻も早く蘭を――」
その時、すっと一人のボーイが立ちふさがる。
「……お客様、何かお探しでしょうか――?」
「あ、いや、別に何かを探しているというか――――!?」
白銀が目を見開く。
「…………どうかされましたか? お客様?」
白銀は瑠璃色の瞳でそのボーイをまじまじと見つめた。
ボーイは藤色の髪に菫色の瞳。
前髪はビシッと固められており、長い髪は1本にまとめられ、黒いスーツをバシッと着込んでいた。
「………………オレの顔に何かついてますか?」
白銀の時間が止まった。
隣の琥珀は肩を震わせ、笑いを堪えている。
「………………よくよく考えたら、ボーイの方が自然だったか――」
「あはははははははは!!
さいっこうだよ!! これが見たかった!!!」
琥珀はお腹を抱えてこれでもかと言うほどに爆笑している。
「ひー!! たまらない!!」
「あ、あの! 琥珀お義姉様!
もう少し声を抑えて下さい! でないと怪しまれる……!」
ボーイ、もとい亜嵐は琥珀に小さく耳打ちする。
「ふ、ふふふふふ。
ご、ごめんよ! ただ、龍也のあんなまぬけな顔、初めて見たからつい……! これは、想像以上――」
「……おい、白銀も黙ってないで琥珀お義姉様を鎮めてくれよ……!!」
「……………………っ、す、すまない――。
あまりの衝撃で、処理が追い付かなかった――」
「………………?
オレ、何か変だったか?」
「ち、違うよ亜嵐――。
龍也は――――――く、くくくくくくく」
「………………?」
「す、すまん。何でもない。もう大丈夫だ――。
それにしても、よく俺たちが来ると分かったな?」
「あー、清野閣下が言ってたんだ。
たぶん白銀姉弟が客として潜入するんじゃないかって!
それに、髪の色は変えたみたいだけど、そんなに綺麗な瑠璃色と琥珀色は見たことないからな!
すぐに分かったぞ!」
「……………………そうか」
「まぁいいや! いつまでも入り口に突っ立ってたら怪しまれる。
取り敢えず、個室に案内するよ――」
「個室?」
「ああ! 入場料に結構な金額払ったんだろ?
店長が来るまで個室で待っててくれ」
「…………情報が速いな――」
「そりゃあ、ここにいるやつらは金の匂いに敏感みたいだからな――。
オレは従業員側で調査するから、二人は客側からで頼むな」
「ああ――」
亜嵐は白銀と琥珀を個室に案内し、店長を呼びに行くと告げて去っていった。
「…………姉上も人が悪い――。
亜嵐が男装として潜入してると教えてくれれば……」
「あはは。こんな面白いこと言うわけないだろ――」
「……………………」
「それに、バニーガールじゃないのは残念だったかもだが、いいモノは見れただろ?」
「………………そうだな」
白銀は小さくため息をついた。
「では、俺たちも潜入調査といこうじゃないか……」
ご覧いただきありがとうございます!
清野閣下が掴んできた情報を元に、髪色を変装させて秘密の「地下違法賭博場」へ客として潜入した白銀大将と琥珀お義姉様!
「他の男に破廉恥な目で見られている蘭を一刻も早く救わねば」と周りを必死に見回す大将の前に現れたのは、藤色の髪をビシッと固め、黒スーツをスマートに着こなした完璧すぎる男装ボーイ(=亜嵐)!?
破廉恥なウサギ姿を想像していた白銀大将は、あまりのギャップと衝撃に見たこともない“まぬけ顔”で思考停止!
隣で腹を抱えて大爆笑する琥珀お義姉様と、「オレ、何か変だったか?」とキョトンとする蘭ちゃんのギャップ、いかがだったでしょうか?笑
【★次回予告★】
第46話『必要経費』!
無事に(?)接触を果たしたものの、蘭ちゃんを他の男の視線から遠ざけたい白銀大将は、店長に大金を差し出して「あのボーイを買い取る(即決)」という力技を発動!
「妹(蘭)は十五万円、兄(亜嵐)は二百円で白銀大将が買った」という新たな噂の種を作りつつ、潜入捜査員を回収(?)して無事に帰宅を果たした三人だったが――!?
白銀邸に届いていたのは、琥珀お義姉様からの「蘭への贈り物」と書かれた怪しげな荷物と一通の手紙。
一人自室で荷物と対面した蘭ちゃんは、琥珀お義姉様の企みに頭を抱えることに……!?
さらに、情報のすり合わせ(と独占欲)を言い訳に、蘭ちゃんの部屋へノックもそこそこに突入した白銀大将!
そこで白銀大将を待ち受けていた、あまりにも予想外すぎる展開とは――!?
白銀大将の理性が試される(?)怒涛の胸キュン爆発回!次回の展開もお楽しみに!
「まぬけ顔の大将と爆笑する琥珀お義姉様が最高!」「ボーイ姿の蘭ちゃんがカッコ可愛い!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




