第四十二話 帝都の噂
夜会の招待客が帰宅し、警備を任されていた軍人たちも解散となった。
「龍也! 蘭ちゃん! お疲れ様!」
「稜」
「龍生副官!」
笑顔で駆け寄ってくる龍生に、白銀と蘭が振り返る。
「僕はホールの後片付けを手伝うから、龍也たちはお着替えしてて」
「でも――」
「いいの、いいの!
これも家令の息子のお仕事です!
龍也! 蘭ちゃんが可愛すぎるからって、まだ手出しちゃダメだからね!」
ウィンクしながら言う龍生に対して、白銀は一瞬、不機嫌そうに眉を寄せる。
蘭は意味が分からないと首を傾げるのだった。
「白銀大将! 蘭様!
ご婚約、おめでとうございます!!」
警備を終えた軍人たちは、白銀と蘭の元に駆け寄り一人ずつ挨拶をしていった。
「あぁ――」
「ありがとうございます」
蘭は愛想笑いを浮かべ、次々と駆け寄ってくる軍人たちに手を振った。
(なんだこれ! めちゃくちゃ面倒くさい!!)
(龍也っていっつもこんな事やってんのか!?)
ようやく最後の一人を見送ると、白銀は大きなため息をついた。
「……龍也ぁ、大将って毎回部下にああやってお見送りしなきゃなのか? めちゃくちゃ大変だな!」
「……蘭は俺が慕われているから、あいつらが挨拶に来ていると思っているのか?」
「え? 違うのか??」
キョトンと首を傾げる蘭に、白銀がまた大きなため息をついた。
「……あいつらの顔を見たか?
全員、腑抜けた顔をしていた――」
「……腑抜け……?」
「つまり、俺ではなくお前とお近づきになりたかったようだ……」
「ん? どういう意味だ?」
「…………。全員お前と話をしたかったのだ!」
「はぁ!? なんだそれ! ワケが分からん!!」
「……蘭。男とはそういう憐れな生き物なのだ――。
ゆめゆめ忘れるなよ……」
白銀は蘭の腰に手を回す。
「…………もうダンス終わったんだから、手を回さなくてもよくないか?」
「さっき言っただろう。
俺も含めて、男とは憐れな生き物なのだ――」
✕✕✕
蘭は白銀本邸の自室に戻り、針子たちによってドレスを脱がされた。
「ふぅ〜〜〜! なんだこの開放感!!
もう“こるせっと”はしばらく付けなくていいや!」
コルセットから開放された蘭に与えられたのは、白を基調としたワンピース。紫のリボンがアクセントとなり、気品あふれる装いとなっていた。
「お似合いでございます。若奥様」
(う、お針子さんいたの忘れていつもの感じで喋っちゃった……)
「あ、ありがとうございます」
蘭は愛想笑いを浮かべる。
すると――
トントン。
「蘭。着替えは済んだか?」
ドアを叩く音と白銀の声。
「え、えぇ。お入りになって大丈夫ですよ」
蘭はできる限りの猫なで声で白銀を迎え入れた。
(これでお針子さんたちの記憶を上書きしなければ――)
「……どうした、蘭? まだ“猫”を被っていたのか?」
(ひぃぃぃぃぃ! 龍也のバカァァァァァァ!)
白銀は部屋に入り、針子たちに目を向けた。
(なるほど、そういうことか――)
「蘭、ここは針子に任せてこっちに来い」
「え。でも……」
「大丈夫ですよ、若奥様。後片付けまでがわたくしたちの仕事なので……」
「行ってらっしゃいませ」
針子たちが蘭に恭しく一礼をする。
「……分かりました。よろしくお願いいたします」
蘭も針子に一礼すると、白銀の元に駆けていった。
✕✕✕
「それにしても蘭、そのワンピースもよく似合っている――」
「うわぁ、まーた始まった。
はいはい、お褒めいただき、ありがとうございます」
白銀と蘭は、廊下に二人並んで歩いていた。
「……蘭」
「あぁ!? なんだ、まだ何かある――!?」
――グゥゥゥゥゥゥゥ……!
蘭の威勢のいい言葉とは裏腹に、腹の虫が盛大に鳴り響く。
「…………あ、あぁぁあ、あの! これは……!」
「ふっ、ははははは!
そうだよな、腹が減っているよな。
すまん、すまん。俺としたことが、優先順位を間違えるところだった」
「……っ………………」
蘭は開いた口が塞がらなかった。
(な、なんだコイツ……!)
(……ってか、なんだその顔は――!!)
(そんな顔で笑うなんて――聞いてないぞ!!)
蘭は、空腹の恥ずかしさと、白銀の笑顔によって赤くなった顔のほてりに気づかないようにそっと口を噤んだ。
✕✕✕
食堂についてからは、それはそれは凄まじい食べっぷりを発揮した蘭。
「おかわり!!」
「若奥様、大丈夫でしょうか……?
これでご飯四杯目ですよ――!!」
「すまんが、好きなだけ食べさせてやってくれないか?
夜会の緊張と、コルセットからの開放感で、今蘭の胃袋は臨戦態勢に入っている――」
「は、はい……」
「若奥様、ご飯でございます。
デザートのケーキやプリンも召し上がりますか?」
「え! “けーき”と“ぷりん”!?
食べたいですーーー!!」
蘭の菫色の瞳がキラキラ光る。
「………………。
では、白銀家特製のバタークリームケーキとプリンをご用意いたしますね」
「はい!
よろしくお願いします!!」
「…………龍也様。
若奥様、とても可愛らしい方ですね」
給仕の女性が白銀にペコリと頭を下げる。
「あぁ、俺の蘭は世界一だからな……」
誰にも聞かれないように、白銀はポツリと呟いた。
「うまいーー!! 最高だー!!」
蘭の満足げな声に、白銀の口角は無意識に上がっていた。
✕✕✕
翌日、陸軍庁舎では白銀大将の婚約者の噂で持ちきりになっていた。
「おい! 昨日の白銀大将の婚約者殿を見たかー!!」
「ああ! あんな美人を今まで隠していただなんて、大将もお人が悪い!」
「人が悪いと言えば龍ヶ崎少尉もだ! あんな美人な妹がいるなら俺たちに言ってくれればいいものを……!」
白銀と亜嵐が登庁すると、白銀大将の婚約者である“蘭”の噂で溢れていた。
「……おい、白銀――。
これどーする?」
「どうするもこうするも、このまま登庁するしかあるまい。
それがいやなら、俺とサボタージュするか――?」
「お、お前とサボタージュしたら余計怪しまれるだろ!!」
亜嵐は鼻息を荒く、大股で庁舎に向かうのだった。
「…………お前が望むなら、俺は軍を辞めることは厭わないんだがな――」
白銀は遠くなっていく亜嵐の後ろ姿に静かに呟くのだった。
「お! 噂をすれば龍ヶ崎少尉じゃないか!」
「おーい! 龍ヶ崎少尉!
今、お前の妹君の話しをしていたんだ!!」
「お前も水臭いよなぁ! あんな美人だったら、俺たちに紹介してくれてもよかったのに……!」
「……………………はぁ〜〜〜」
亜嵐は大きなため息をついた。
「……蘭は、そんなに美人だったかぁ?」
「何を言う! これは、帝都美人番付の番狂わせが起きてもおかしくないぞ!!」
「はぁ? 帝都美人番付って何だ……?」
「ちょ、お前知らないのか!!」
「帝都美人番付って言ったら、帝都中の“美人”と有名な華族女性たちに順位をつける番付さ!」
「はぁ? そんなん聞いたことないぞ?」
「おいおい、もしかして――男なら誰もが憧れる帝都五大美人も知らんのか!?」
「知らん! なんだそれはっ!!」
「くぅ〜!! 龍ヶ崎少尉! 人生の半分を損しているぞ!!」
「帝都五大美人ってのはな!
清野 琥珀、鳳 華蓮、神楽坂 美琴、西園寺 薫子、桐生院 綾乃の五名の女性のことだ!」
「この番付はな! 未婚・既婚関係なく行われている、帝都で最も美しい華族女性を選ぶ番付なのだ!!」
「…………お、おう。そうなのか――」
同僚の熱弁に引き気味の亜嵐。
(……っというか、琥珀お義姉様も“帝都五大美人”だったのかぁぁぁぁぁぁぁ!!)
(まぁ、琥珀お義姉様の美しさなら納得か――)
「ん? その帝都五大美人に蘭がなんだって?」
「だから! 蘭お嬢様も帝都五大美人入りするかしないかって言ってるの!」
「最近、桐生院 綾乃様が社交界に顔を出してないみたいだから、入れ替えも近いって噂だぜ!」
「はぁ!? なんだそれはぁぁぁぁぁ!!」
✕✕✕
亜嵐が同僚の噂話に巻き込まれている頃、白銀は大将執務室である報告を受けていた。
「白銀大将閣下! 報告があります!」
「………………聞こう」
「…………帝都でまた、若い令嬢が一人、姿を消しました――」
「…………またか」
白銀の視線が手元の資料に落とされる。
その視線は、先ほどまでの穏やかなものとは違い、鋭い殺気を放っていた。
「…………これで、五人目です」
「…………そうか」
白銀は資料を静かに閉じる。
「……五人目か――」
ご覧いただきありがとうございます!
お披露目夜会が無事に終わり、白銀本邸の自室に戻った蘭ちゃん。
重いドレスと地獄のコルセットから解放された途端、耐えがたい大空腹に見舞われてお腹の虫が盛大に大合唱!
腹ペコな蘭ちゃんに白銀大将が魅せた「極上の笑顔」と、白銀家特製ケーキ&プリンに向かって猛進するご飯4杯越えの爆発的な食欲と至福の笑顔、いかがだったでしょうか?笑
しかし翌日、陸軍庁舎では「可憐すぎる婚約者(=蘭)」の噂話と「帝都五大美人」の話題で持ちきりになる中、白銀大将のもとには「帝都で5人目となる若い令嬢の連続失踪事件」というあまりにも不穏で切迫した報告が届き……!?
【★次回予告★】
第43話『帝都令嬢連続失踪事件』!
事件解決のため、第一執務室に緊急召集された優秀な軍人たち!
「白銀大将のお気に入り」と絡んでくる同期・大神少尉とのバチバチな睨み合いを経て、白銀大将の宣言によりついに『帝都令嬢連続失踪事件』の捜査本部が立ち上がる!
失踪した令嬢たちの共通点、そして影で囁かれる怪しげな「会員制倶楽部」の存在。
そんな中、亜嵐(蘭)の元に打診されたのは、まさかの「危険な潜入捜査」の役目――!?
情報収集のために向かったカフェ・ノワールで、マスター・刻藤龍一郎の“情報屋”としての真の顔に迫る亜嵐。
しかしそこへ、6人目の失踪者(海軍官僚の娘!)を追う海軍大将・清野閣下と琥珀お義姉様が怒涛の勢いで乱入してきて――!?
陸軍と海軍、そしてノワールが交差し、潜入捜査が本格始動する怒涛の新展開をお楽しみに!
「ご飯4杯食べる蘭ちゃんが可愛すぎる!」「不穏なシリアス展開と大将の鋭い殺気にゾクゾクした!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




