第四話 白銀家預かり
あれよあれよと白銀侯爵邸に連れてこられた蘭は、屋敷に着くなり目を丸くした。
(なぜここに龍生副官がいる!?)
「おかえりなさい、白銀閣下」
白銀を人懐っこい笑顔で迎え入れた人物は、鷲色の髪に栗色の瞳を持つ青年だった。
「ああ」
白銀は短く返事をし、蘭に目をやる。
「稜、済まないがこれから龍ヶ崎子爵家に行って、蘭の荷物を持ってきてほしい」
「……へぇ〜。本当に女の子だったんだぁ。
僕は未だに龍也の妄言だと思ってたけど――」
青年の栗色の瞳が、蘭の菫色の瞳を捕らえる。
「あっ……、えっと――」
「蘭。この屋敷では猫を被る必要はないぞ」
白銀は口角を薄く上げる。
「なっ!」
(猫だって!? 馬鹿にしやがって!!)
「亜嵐少尉――じゃなくて蘭お嬢様だっけ?
僕もここで“はじめまして”って言われても困っちゃうかな〜」
「………………龍生副官……」
「うん、それでいいよ」
龍生の目が一層細まった。
「副官は、なぜここにいるんだ? ……ですか!」
「あはは、白銀邸にいる時は無理に敬語使わなくていいよ。
僕はこのお屋敷の管理も任されてるんだ」
「……管理?」
「うん。僕の父が白銀侯爵家の筆頭家令でね。
その流れというか、なんというか――」
「稜。話はいい。
早く行け――」
「あ、なんだっけ? 龍ヶ崎子爵邸に行けばいいの?」
「ああ、そうだ。
蘭の荷物、蘭の持ち物は髪の毛一本、塵の一つに至るまで見逃さずに取ってこい」
「はーい。仰せのままに、白銀閣下」
龍生は白々しく敬礼をして、白銀邸を後にした。
(……髪の毛とか、塵とかただのゴミだから置いてきてほしいな――)
蘭はぼんやり思うのであった。
「……そう言えば、この屋敷、龍生副官の他に人はいないのか?」
賑やかな龍生がいなくなり、白銀侯爵邸はしんと静まり返っていた。
「ああ、使用人には俺が留守の間に家事をこなしてもらっている」
「ん? と言うことは……?」
「今、この屋敷にいるのは“俺”と“蘭”の二人きりだと言うことだ」
白銀の言葉に、屋敷の空気が重くなった気がした。
広い屋敷が静寂に包まれ、秒針の音がカチカチと響き、夕闇の気配がやけに近く感じる。
「……………………ん?」
理解が追いつかない。
(“俺”と“蘭”の二人だけと言うことは……?)
「お前とオレの二人だけと言うことか!?」
「……? そう言ったはずだが?
何か不都合があったか?」
「ふ、不都合しかねぇだろうが!!」
「婚姻前の男女が一つ屋根の下とか、普通におかしいだろ!!」
「何もおかしいとこはない。
お前はもう、俺の婚約者だ。しかも龍ヶ崎子爵から正式にお前を“家事見習い”として白銀家が預かった。これのどこがおかしい?」
「ぜ、全部おかしいだろ!!」
「お前、一体オレにどうして欲しいんだよ!!」
「……どうして欲しい、か。難しい質問だな――」
「はあ?」
「取り敢えず、屋敷を案内する。
ついて来い――」
「はぁあ!?」
(ますますわけが分からないぞ!?)
「……何をしている。早く来い」
「……クソっ」
蘭は渋々、白銀の後に続き、屋敷の奥に踏み入れるのだった。
✕✕✕
「一通り屋敷の説明は終わった」
「覚えたか?」
「お、覚えるって何を!」
「……全てだ。白銀家の全てをお前に叩き込む」
「うっ……」
「や、屋敷がデカすぎて何も分からん!」
(そもそも話聞いてなかったし……)
「……そうか」
「では、ひとまず俺の部屋とお前の部屋の場所を覚えろ」
「それくらいは覚えた!!」
「屋敷の……二階の奥だろ!?」
蘭はぷくーと頬を膨らませる。
(しかもご丁寧にお隣同士!)
(馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!)
「そうだ」
「何かあれば、いつでも俺の部屋に来い」
「はいはい。何もないことを祈ってるよ」
蘭はため息をつく。
(なんでオレがコイツと二人っきりで夜を過ごさなきゃならないんだ――)
「――蘭」
「はいはい、なんですか白銀侯爵さ――」
「簪が解けかけているぞ――」
白銀の細く長い指が、蘭の藤色の髪に触れる。
そして、手慣れた手つきで簪を挿し直す。
――壊れ物を扱うように。
――まるで、自分の所有物である事を確かめるように。
瑠璃色の瞳が蘭を射抜く。
その眼圧に耐えきれず、蘭は指先一つ動かせなくなっていた。
「あ……、ありがとう、ございます……」
(は、恥ずかしい――! 急になんなんだ! この男は!!)
「……意外と器用なんですね」
蘭は精一杯の嫌味をぶつける。
白銀はフッと笑う。
「急に改まってどうした?
……今後、簪は俺が挿してやろうか……?」
「なっ! しなくていい! 自分でやる!!」
「フフ。そうか――」
(なんなんだ!? 調子狂うな――)
「やっほー! 龍也いるぅ?」
その時、玄関から軽快な明るい声が聞こえてきた。
「蘭お嬢様の荷物持ってきたよー! どこに置けばいい?」
「……蘭、行くぞ」
「お、おう」
(助かった……)
玄関には龍生が立っていた。
「蘭お嬢様、荷物あんまりないの?」
「……龍生副官。その“お嬢様”ってのやめて欲しい。
――上官に言われると、くすぐったい……」
「そう? じゃあ……蘭ちゃんって呼んでいいかな?
もちろん、このお屋敷だけでしか呼ばないよ!」
「いいかな? 龍也?」
「……あまり馴れ馴れしく呼んでほしくはないが……」
「お嬢様よりは数倍ましだ!
お嬢様とか呼ばれると、こう……むずむずする!」
「……仕方ない。その呼び方を許可する」
「あはは、ありがと~」
龍生は蘭にウィンクしてみせた。
すかさず、横から冷え切った視線が刺さる。
白銀は口元こそ薄く笑っているものの、その瑠璃色の瞳の奥は、副官を射殺さんばかりに鋭い眼光を放っていた。
龍生はブルッと武者震いをする。
そして慌てて咳払いをした。
「でさ、話を戻すんだけど蘭ちゃん本当に子爵家令嬢なの?
部屋に可愛い服? あんまりなかったよ?」
「お、大きなお世話だ!!」
「荷物を持ってきてくれた事には感謝する!
だけど、それとこれとは違うんだ!!」
「いいから早く荷物を寄越せ!!」
「あはは、ごめんね蘭ちゃん。
僕、嘘つけない性格だからさー」
そう言うと、龍生は蘭にトランクを指差した。
「琥珀様の時はトラック五台でも足りなくて清野様お顔引き攣ってたよね!」
「……琥珀様? 清野様?」
「……俺の実姉と、その旦那の名だ」
「なるほど?」
「……いずれ紹介しよう」
「はあ……」
「稜。蘭の荷物はこのトランク二つだけなのか?」
「さっきも言ったけど、蘭ちゃんの部屋にはほとんど私物がなかったんだよね」
「あるのは軍服とシャツ、それからサラシとか――」
「荷物の内訳を語るな!」
「おい、白銀! この荷物、部屋に持っていっていいよな!?」
「それだったら僕が運ぶよ」
龍生はヒョイッと荷物を持ち上げる。
「いい! 大丈夫だ!
自分で持てる!」
「あはは。遠慮しなくていいよ」
「荷物置いたら龍也に睨まれないうちにすぐ帰るね」
「あ、それとテキトーにお夜食買ってきたから二人で食べて」
「龍也は放って置く珈琲しか飲まないから、蘭ちゃんよろしくね?」
「よろしくって言われてもオレ……」
「大丈夫! 食材も少しだけ買ってきたから足りなかったら何か作ってあげてね!
あ! これ上官命令! なんちゃって!」
「………………はい……」
「………………」
こうして、白銀の瑠璃色の瞳が怪しい光を放ちながら、白銀侯爵家の夜は更けていくのであった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
龍生副官が置いていった謎のトランクとお夜食……そして、屋敷に二人きり。ここから二人のじれキュンな同居生活が本格的にスタートします!
続きが気になる皆様へ、嬉しいお知らせです!
次回、第5話は【明日・5月23日(土)の21:00】に更新いたします!
(さらに、その次の第6話も【明後日・5月24日(日)の21:00】に連続更新予定です!)
最初の週末は毎日21時にお届けしますので、ぜひお見逃しなくお楽しみください!
「二人の初晩餐が気になる!」
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