第三十九話 着せ替え人形
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。皆さまご承知の通り、白銀侯爵家当主・白銀 龍也の婚約者――龍ヶ崎 蘭さんの夜会用ドレスを選ばせていただきますわ」
瑠璃と琥珀は、白銀と蘭の元に優雅に向かいながら衣装問屋たちと挨拶を交わす。
そして蘭の前に到着すると、白銀から蘭を引き剥がし、瑠璃の前に立たせた。
「皆さま、この方が新しくわたくしの娘になる蘭さんよ? とびきり似合うドレスを見せて下さいね」
「なんと可憐なご令嬢だ……!
いまお召しになっている薄桜色のワンピースもとてもよくお似合いですね!」
「それにしてもお美しいお方だ!
夜会用のドレスなど纏われたら、どんな殿方からも熱い視線を送られてしまいますな!」
「ささ、若奥様!
まずはこちらからご覧になってください!」
(ん、若奥様……?)
(若奥様って、誰の事だ?)
蘭は白銀の顔をチラッと見やる。
瑠璃色の瞳と菫色の瞳がかち合い、蘭は気づいてしまった。
(若奥様って――オレか!?)
「……お、お義母様――」
オロオロする蘭に、瑠璃は微笑む。
「大丈夫よ、蘭さん。
とびきり美しくしてさしあげるわ」
「うっ……」
(お義母様の圧が強い――)
(さすが龍也と琥珀お義姉様のお母上……!)
「取り敢えず、流行りのドレスを見繕ってくれ!
蘭、あの衝立ての裏で着替えるよ!」
「琥珀お義姉様!?」
琥珀がサロンの端に設置してある簡易的な衝立てを指さした。
「え? あそこで着替えるのか!? ――ですか?」
「そうだよ! いちいち部屋に戻って着替えるのも大変だからね!
大丈夫! 龍也は覗けないようにしてるから!」
「あ、いや! そういうことじゃなくて――!」
白銀が琥珀を睨みつけるも、琥珀はお構いなしに蘭の手を引っ張り衝立ての奥に押し込む。
(誰が蘭を覗くだと……? 覗くわけないだろう!)
一人で憤りを感じている白銀を龍生は眺める。
(龍也……。また目が血走ってるよ……)
(僕には分かる。龍也も男の子だもんね!
理性と欲望が戦ってる顔してるよ――)
(頑張れ! 龍也!)
龍生は心の中で白銀を応援していた。
蘭が押し込められた衝立ての裏には、各問屋の針子が待機しており、仰々しく蘭に頭を下げた。
「本日はよろしくお願いいたします!
若奥様!」
「うっ……。
こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
(また若奥様って言われた!!)
(なんだよ! 若奥様って! 意味分からんぞ!)
蘭は混乱していた。
「さあ、蘭。まずは今着ているワンピースを脱いで!」
「えっ! 今着たばかりなのに!?」
「当たり前だろ?
試着なんだから……!」
もじもじしている蘭に、琥珀が猛禽類の視線を向ける。
「蘭、なんだったらボクがまた手伝ってあげても――」
「いえ! 自分で脱ぎます! 脱げます!!
お義姉様のお手を煩わせるわけにはいきません!」
蘭は勢いよくワンピースのファスナーを下げた。
琥珀に遅れて、瑠璃がドレスを数点抱えて持ってくる。
「……蘭さん。まずはこの蘇芳色のドレスなんてどうかしら?
この前お召しになっていた真紅の振袖、とてもお似合いだったから、蘭さんには赤い色のドレスがいいと思うの」
「お母様、蘭は何でも似合うよ。
この前、銀座で試着した時なんて似合いすぎて店の服をほぼ全て買い占めてしまったよ――」
「え! あれ、お店の全部だったんですか!?
それは申し訳ない事を……」
「何を言っているんだ蘭!
あの洋服たちは、蘭に着てもらって喜んでいたさ!」
「……服が、喜ぶ??」
蘭は頭には疑問符を浮かべつつ、瑠璃は持ってきたドレスを針子に渡す。
「若奥様。まずはコルセットをつけさせていただきます――」
「……こる、せっと?」
「蘭、今からお腹や腰を締め上げるよ?
今日、お昼ご飯はほどほどにしたかい?」
「え? 締め上げる……?
ちなみにお昼はノワールで“まかろにぐらたん”を食べました!」
元気よく宣言する蘭に「あらあら」と頬に手を当てる瑠璃。
「……まぁ、蘭なら持ちこたえるだろう!」
少し考えてから琥珀が針子に指示を出す。
「この娘は強いから力いっぱい締めて大丈夫だよ。
さぁ、遠慮なくやっておくれ!」
「はい、畏まりました」
針子たちは琥珀に一礼すると、蘭に向き直る。
「さあ、これをお付けください」
「付けるって、どうやって――」
「蘭。姿勢を良くして、息を吐き出して――」
「ふ、ふぅーーーうっ!」
蘭が息を吐き出したタイミングで針子たちがコルセットを締め上げる。
「若奥様。もっと息を吐いて下さい! もっとです!」
「……こ、これ以上、……はぁっ!」
(これ以上締められたら“まかろにぐらたん”が出ちゃう!)
(龍也に言われて“かるぴす”にしておいて良かった……!)
(“はっとけーき”まで食べてたら――確実に吐いてたぞ!)
数人がかりでコルセットを締め上げられ、瑠璃が見繕った蘇芳色のドレスが着せられる。
「まぁ! 蘭さん!
なんて美しいのかしら!! まさに“社交界の華”ね!」
瑠璃が手を叩いて喜び、衝立の向こう側に声をかける。
「龍也! いるかしら?」
「――ああ」
白銀の短い返事に、蘭はドキッと心臓が跳ねた。
(……どうしたオレ? “こるせっと”で心の臓まで締められたか……!?)
「蘭さん、龍也にも見せて上げて――」
「え? あ、はい……」
そう言われて、蘭は瑠璃と琥珀と一緒に衝立から出る。
「龍也! この蘇芳色のドレスどうかしら?」
白銀の視線が、蘭の全身を見つめる。
「…………似合っている」
ポツリと呟かれた言葉。
「ああ! やっぱり可愛いわよね!
これにしましょうよ!」
「いや、お母様!
蘭の可能性はこんなものじゃないよ!
――次! 新橋色のドレスを持ってきて! 蘭は寒色系もかわいいよ!!」
「そうね、せっかく色々持ってきてもらっているんだもの!
たくさん試着させてもらいましょうか!
……龍也もそれでいいかしら?」
「……ああ」
「じゃあ蘭さん、またお着替えしましょ?」
「へ? あの、オレはなんでも大丈夫なんで、これでいいですよ?」
「あら、蘭さんも気に入って下さったのね! 嬉しいわ!
でも、せっかくだし……、違うドレスも見たいわ!
お着替えしてくれるかしら?」
白銀と同じ瑠璃色の瞳。
蘭は、その瞳に逆らうことが出来なかった。
「そうだ! 龍也にも好みを聞いておかないと!」
琥珀が白銀に振り返る。
「龍也は、どんな蘭が見たいんだい?」
「……どんな……だと……」
白銀は考える素振りを見せる。
「そうだな……露出があまりな――」
「え? 露出が多いドレスだって?
――龍司ですら、そんな率直に言わないのに。逆に清々しいね!」
「――は? 姉上、今なんと――」
「うん! そういうことなら、ここは琥珀お姉さんがひと肌脱いであげよう!
ふふふ、龍也も隅に置けないね!」
琥珀は白銀にヒラヒラと手を振り、蘭と一緒に衝立ての裏に戻っていった。
「…………………………」
絶句する白銀に、龍生が珈琲カップを差し出す。
「龍也、よかったね! 蘭ちゃんに露出が多いドレスを着てほしいけど、他の男に見られたくない!
そんな、葛藤を琥珀様が察してくれたんだね……!」
「…………稜、姉上にそんな葛藤は察して欲しくなかったな――」
✕✕✕
それから蘭は新橋色のドレスや長春色のドレス。山吹色や萌葱色など、様々な色と形のドレスを試着した。
「このドレスは背中が空きすぎているわね……」
「でも、龍也は空いてる方がいいみたいだよ?」
「そうなの? でもこれはちょっと……」
「このドレスは少し子どもっぽいかな?
これじゃあ蘭の魅力を引き出せないよ――」
「逆にこっちは少し落ち着きすぎね。
蘭さんには、まだ早いわ」
「これの色違いはあるかしら?」
「このビーズの刺繍はいいね!
他にはないのかい?」
「この生地、触り心地がいいわね――。
この生地の他のドレスはないのかしら?」
瑠璃と琥珀による、怒涛のドレス選びは困難をきわめていた。
「あぁ! もう全部似合いすぎて選べないわ!」
「蘭。気に入ったのはあったかい?」
「……………………え?
あ、もうなんでもいいです――――」
着せ替え人形にされ、放心状態の蘭。
(琥珀お義姉様と銀座で顔合わせ衣装選んだ時より試着させられている…………!)
「蘭、遠慮しなくていいんだよ?」
「遠慮? してませんけどー……」
「あらあら、蘭さん。疲れちゃったわよね……。
稜。蘭さんになにか甘い飲み物を持ってきてあげて――」
衝立ての奥から聞こえる瑠璃の声に、龍生は返事を返す。
「承知いたしました、瑠璃様!
気分転換に龍也も一緒に厨房に行こっか!」
「………………そうだな――」
白銀も椅子から立ち上がり、衝立てをチラッと見てから龍生に続いた。
✕✕✕
白銀と龍生が厨房から戻ってくる時、白銀は一着のドレスに目を奪われた。
「番頭。このドレスは――」
「ああ! さすが白銀侯爵様! お目が高い!
これは南蛮から伝わった珍しい織物を参考に、こちらの職人が織り上げた特別な生地でして――。光の加減によって、瑠璃色にも紫色にも見えるんですよ」
「……このドレスを蘭に――」
「はっ、ただいま!」
白銀と龍生が衝立ての前に立つ。
「瑠璃様! 紅茶をお持ちしました!」
「ありがとう、稜――」
衝立ての布が開かれる。
中にはぐったりしている蘭と、「う〜ん……」と悩む瑠璃と琥珀がいた。
「……紅茶、こちらに置いておきますね」
龍生が手前に置いてあったテーブルに紅茶を並べる。
「蘭ちゃん、紅茶だよ? お砂糖をたっぷり入れると、甘くて美味しいよ!」
「え? 助かった! ちょうど喉が渇いてたんだ――」
蘭がテーブルに近づくと、白銀と目線があった。
「……白銀――」
「……蘭、このドレスは試着してみたか?」
白銀の手には瑠璃色のドレスが握られていた。
「お! 綺麗な色だな」
蘭は紅茶を飲みながら答える。
「……このドレス、光によって瑠璃色にも紫にも見えるらしい――」
白銀がドレスを光に当てる。
「わぁ! いいな、これ!」
蘭は紅茶を一気に飲み干すと、白銀から瑠璃色のドレスを受け取る。
「へぇ〜、龍也にしてはいい趣味してるね」
「龍也、稜。試着するから外で待っていて――」
「ああ、分かっている」
琥珀と瑠璃の声。
白銀と龍生は頷き合い、衝立てを後にした。
数分後、衝立ての奥から感嘆が漏れる。
衝立てから出てきた蘭から、白銀は目が離せなかった。
「…………蘭、今までで一番似合っている」
「………………」
蘭の顔が赤く染まる。
「オレ……、これにする。
――いや、これがいい」
ご覧いただきありがとうございます!
瑠璃お義母様&琥珀お義姉様による怒涛のドレス選定会!
「若奥様」と連呼されるたびに「オレのことか!?」と混乱しつつ、容赦ない針子さんたちの「コルセット締め上げ攻撃」にノワールで食べたグラタンの危機(!)を感じる蘭ちゃん。
そして白銀大将のセリフを激しく勘違いした琥珀お義姉様の暴走により、見事な「着せ替え人形」と化してぐったりと放心する蘭ちゃんでしたが……!
最後は白銀大将の手配した、光の加減で瑠璃色にも紫色にも見える“運命のドレス”と出会い、両想いのような甘いやり取りで無事に決まって本当に良かったです!
【★次回予告★】
第40話『約束の簪』!
夜会用ドレスも決まり、いよいよ試練の白銀本邸お泊まり&豪華なフルコース夕食へ!
お淑やかに振る舞おうと必死な蘭だったが、白銀大将と琥珀お義姉様の「スパルタ指導権」を巡る激しい大喧嘩が勃発!二人をいさめるために蘭が取った行動とは――!?
そして白銀家総出による「社交界マナー&ダンス特訓」の日々がスタート!
何度も足を踏まれながらも根気強くエスコートする白銀大将が、夜会前夜に蘭へ手渡した“特別な贈り物”とは――?
爆笑の家族会議と、約束を守る白銀大将の激甘胸キュン展開をお楽しみに!
「大将の見立てたドレスが綺麗すぎる!」「ぐったりしてる蘭ちゃんが愛おしい!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




