第三十六話 土曜日の約束
「わたくしたちで言い争っていても、埒が明かないわ!」
瑠璃は痺れを切らしたように、パンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「こう言うのは蘭さんに決めてもらいましょう!」
「へぇっ!?」
急に話しを振られて、蘭は間抜けな声をあげてしまった。
(やばっ! 変な声で返事しちゃったぁぁぁ!!)
(どうしよ!! 今、全然、令嬢らしからぬ声だったぞ!!)
蘭の顔がどんどん赤くなると同時に、白銀、瑠璃、琥珀の顔がニマニマしていく。
「あ、その、えっと……」
オロオロする蘭に瑠璃は身を乗り出して尋ねる。
「蘭さん。遠慮なんてしなくていいのよ?
今日は、うちに泊まりたいでしょう?」
「蘭! ボクと一緒に清野家に行こう!」
琥珀も椅子から立ち上がり、蘭の隣へと詰め寄る。
「また一緒にお風呂に入ろう?
薔薇や柑橘の香りの固形石鹸を好きに使わせてあげるよ!」
「またお風呂に入る――ですって?
琥珀、あなた――!」
「ふふふ、お母様。
一足お先に失礼しましたわ」
琥珀はロイヤルブルーのワンピースを軽く掴んで、膝を軽く折った。
「――――!!
今度、家族全員で温泉旅館にでも行きましょうか」
瑠璃は深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「で、蘭さんはどうしたいのかしら?」
「蘭、ボクと一緒がいいよね?」
「蘭、俺と一緒に屋敷に帰るぞ――」
(三人の圧が強い――!)
その時、蘭の目に龍生の姿が映った。
「あっ……、その……。
お義母様のご提案も、お義姉様のご提案も、どれも素敵で選べないのですが……」
蘭の菫色の瞳が上目遣いで瑠璃と琥珀を見つめる。
「先ほども申しましたように、明日は軍での仕事があります。
龍生副官に、その――男装衣装を持ってきて頂く案なのですが……、サラシなどの下着類は、私の部屋の……かなり個人的な引き出しにしまってありまして――」
蘭は白銀をチラッと見る。
「その……龍也様以外の殿方に見られるのは、……恥ずかしくて――」
蘭は恥ずかしそうに目を伏せた。
「…………!!!」
蘭の言葉に一番に反応したのは龍生だった。
「る、瑠璃様!! 流石にその……! と、年頃の女の子の部屋の、しかも、かなり個人的な引き出しを僕が開けて、中を漁るのはとてもじゃないけど出来ません!!」
(そんな事したら、龍也に殺されます!!!)
龍生は蘭以上の冷や汗を流し、瑠璃を説得する。
「…………確かに、年頃の女の子の部屋を、婚約者でもない男の子に漁りなさいというのは余りにも配慮に欠けていたわ。
蘭さん、稜。ごめんなさいね――」
「いえいえ! お義母様!!
お気持ちはとても嬉しいんです!! 本当です!!」
「僕も……! お役に立てなくて、申し訳ありません!!」
「……じゃあ蘭は今日は清野家へ――」
「琥珀も、今日は諦めろ――」
「龍司……」
「龍ヶ崎少尉も言っているだろ?
明日は軍での仕事がある。それに、清野家にも男装衣装はないんだ」
「でも、サラシなら買ってくればいいし、軍服だって――」
「……琥珀。海軍大将の家から、陸軍少尉が出てきたらどう思う?
しかも、亜嵐少尉はただの陸軍少尉ではなく、陸軍大将・白銀 龍也の書生なのだろ?」
「…………うっ……」
「ここまで言えば、流石の琥珀でも分かるだろ?」
「………………悔しいけど、龍司の言う通りだね――」
瑠璃と琥珀はさっきまでの勢いはどこへやら。
二人ともすっかり意気消沈した様子だった。
そんな二人を見下ろすように、白銀はスッと立ち上がり、勝利宣言をする。
「最初から結果は決まっていた。
蘭は俺と俺の屋敷に帰る――!」
白銀は戦利品を抱き上げるように、座っていた蘭の腰をグイっと抱き寄せて立たせた。
「……龍也……様……」
「帰るぞ、蘭。
俺たちの屋敷に――」
「は、はい……」
有無を言わさぬ白銀の圧に、蘭は屈した。
蘭は白銀にエスコートされ、大食堂の扉に向かう。
その時――
「お待ちなさい!」
二人を呼び止める声。
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
白銀は瑠璃色の瞳を細め、蘭と一緒に振り返る。
「……今日のところは蘭さんを諦めます。
ですが! 来週の土曜日はうちに必ず泊まりに来なさい!」
「……は?」
「三週間後に夜会があると言いましたね?
そして、蘭さんのドレス選びが必要な事も分かっているでしょ?」
瑠璃も、白銀と同じ瑠璃色の瞳を見開き、応戦する。
「蘭の夜会衣装は、俺が責任を持って見繕う――。
それでいいだろう?」
「見繕うって、また銀座に行くのかい?」
口を挟む琥珀。
「…………姉上、今度は邪魔をするなよ――」
「邪魔だなんて人聞きの悪い!
そんなに言うなら、龍也は女性の衣装に精通してるのかい?」
「……そんなもの、店員に見繕わせた中で俺が選べばいいだろう」
「はぁ〜、龍也は分かっていないね。
夜会のドレス選びは、その日に身に着ける物全てを取り合わせするんだよ?
龍也に宝石の価値が分かるのかい?」
「……その件も含めて、来週泊まりに来なさいと言ったのです」
「…………お義母様……?」
「いいですか? 龍也、蘭さん。
今度の夜会はただの夜会ではないのです。
蘭さんを白銀家の一員として『紹介』するのですよ?
そんな大事な夜会で、蘭さんに恥をかかせるわけにはいきません!」
瑠璃は一歩、龍也と蘭に近づく。
「……蘭さんを、社交界で一番華麗に、優雅に、美しくしてさしあげます。
そのために、来週の土曜日、白銀本邸に衣装問屋を呼びます。
龍之介様もいいですね?」
「――ああ、問題ない」
龍之介はコクリと頷く。
「土曜日に泊まれば、次の日、軍に行く必要はないから男装する必要もないわよね」
「……………………」
蘭は白銀を見る。
「来週の土曜日か――。
龍司、来週の土日、ボクは白銀本邸に帰ってもいいかな?」
「………………好きにしろ」
「ありがとう龍司! じゃあ、ボクの贔屓にしている銀座の仕立て屋も白銀本邸に呼ぶようにするよ」
琥珀の瞳に、生気が戻る。
「……龍司も一緒に泊まるかい?」
「いや、私はいい。
家族で仲良く過ごすといい……」
「……寂しかったら、いつでもボクに会いに来てね」
「……分かった」
琥珀と清野のやり取りを見せつけられた蘭は白銀の裾をチョンチョン、と引っ張る。
「なあなあ、龍也――。
この流れ、来週はお泊まりしなくちゃまずいかな?」
「………………」
白銀は大きくため息を付いた。
「……分かった。
来週の土曜日にまた来る――」
そこには、瑠璃と琥珀の勝ち誇った顔があった。
(えぇぇぇぇぇぇ!! お泊まりってことは、オレはずっと猫を被り続けなきゃいけないじゃねぇかぁぁぁぁ!!)
(お義母様とお義父様の前で”オレ“は封印しなくちゃならない!!)
(どうするオレ!! 出来るかオレ!?)
(もう、既に胃が痛いぃぃぃぃぃ!!!)
ご覧いただきありがとうございます!
蘭ちゃんの「下着はかなり個人的な引き出しに……」という上目遣いなおねだり(?)と、焦りまくる龍生副官の必死な説得のおかげで、無事に(?)白銀大将の屋敷へと連れ帰られることになった蘭ちゃんでしたが……!
瑠璃お義母様&琥珀お義姉様の最強タッグによる「ドレス選び&お泊まり作戦」に見事にはめられ、来週の土曜日は白銀本邸でお泊まりが確定!
「お義父様とお義母様の前で猫を被り続けなきゃいけない」と今から胃痛にのたうち回る蘭ちゃんの心の声のギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!
【★次回予告★】
第37話『腹が減っては戦ができぬ』!
白銀本邸からの帰り道、緊張が解けた蘭の体に突如異変が襲いかかる……!?
焦る白銀大将の手慣れた(?)介抱と、まさかすぎる「体調不良の原因」とは――?
そしてあっという間に迎えた試練の土曜日!
「本邸で猫を被り切れるか」と胃を痛める亜嵐を案じた白銀の手配で、お馴染みのカフェ・ノワールで腹ごしらえをしてから本邸へ向かうことに。
初めて食べるハイカラなメニューに目を輝かせる亜嵐と、相変わらず亜嵐に激甘な白銀大将のやり取りをお楽しみに!
「蘭ちゃんの上目遣いおねだりが可愛すぎた!」「大将の独占欲全開なセリフにキュンとした!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




