第三十五話 白銀家の食卓
「ぷ、ぷぷぷぷ、ぷりん!?」
蘭は“猫”を被っていることを忘れ、叫んでしまった。
「はっ、し、失礼しました……」
顔を真っ赤にしてしおらしくする蘭。
「蘭、以前“フルーツポンチ”は食べさせたが、“プリン”を食べ損ねていたなと思ってな……」
白銀が母・瑠璃と同じ優しい笑顔で微笑む。
「いつも白銀本邸で食べていたプリンをお前にも食べて欲しくて、稜に用意させたのだ」
「蘭ちゃん! じゃなかった、龍ヶ崎お嬢様のために用意しました!」
得意顔をする龍生に白銀は再度頷く。
「稜。プリンはちゃんとボクたちの分もあるのかい?」
琥珀のからかうような声。
「当然です! なんだったら“おかわり”もたくさんあるくらいです!」
龍生は堂々と胸を張る。
「蘭、よかったね。“おかわり”も、たくさん出来るみたいだよ」
清野がソファーから立ち上がり、琥珀の手を引き立ち上がらせる。そして琥珀は蘭に近寄る。
「白銀家のプリンは最高級の卵とお砂糖を使っているからね……。
龍一郎の店のプリンも美味しいけど、うちのプリンも負けちゃいないよ」
蘭の肩に手を置き、琥珀が囁く。
「あらあら、蘭さんはプリンがお好きなの?」
瑠璃が楽しげに近寄る。
「でしたら、たくさん召し上がって下さいね」
「あ、その、“ぷりん”はまだいただいたことがなくて……。
で、でも、お言葉に甘えて、たくさんいただきますね」
まだモジモジしている蘭が恥ずかしそうにはにかむ。
「………………。
稜さん、蘭さんにわたくしのプリンも差し上げて――」
「る、瑠璃様?」
「蘭さんは、プリンを召し上がったことがないそうよ!
こんなに可愛らしいお嬢さんが初めて食べるプリンは、わたくしのプリンがいいわ」
「母上、何をワケの分からないことを言っている!?
蘭が初めて食べるプリンは、俺のプリンに決まっている!」
「いいや! ボクのプリンだね!!
蘭の初めてはボクがもらうんだ!」
「姉上こそワケの分からんことを……!
蘭の“ハジメテ”は全て俺のだ!!」
「…………………………」
「……龍ヶ崎少尉、琥珀の次は瑠璃様も落としたか――。侮れんな」
(それにしても、龍也だけ“別の話”をしてないか――?)
しみじみ呟く清野に龍之介が近づく。
「……清野くん。これはいったい……」
「琥珀のは、いつもの病気みたいなものだ。
気に入ったモノはとことん可愛がる――。
龍也もその傾向にあるように見えたが、あれは瑠璃様譲りだったのか――」
「ははは。やっぱり清野くんは面白いことを言うね」
清野は浅葱色の瞳で龍之介の琥珀色の瞳を見る。
「……キミも知っているだろ? 白銀家の家系は『白龍様』の血を引いているからね」
龍之介の琥珀色の瞳を細める。
「狙った獲物は絶対に逃さないよ――」
それは、琥珀と同じ猛禽類のような笑い方だった。
「……白銀家にはかなわんな」
清野はフッと蘭を見る。
蘭は白銀、琥珀、瑠璃に囲まれて困った顔をしていた。
「あ、あの! その“ぷりん”全部いただきますぅぅぅぅぅ!!!」
菫色の瞳がウルウルしている。
その表情に、したり顔の三人であった。
✕✕✕
大応接間から龍生に案内されてやってきたのは、白銀侯爵本邸の大食堂。そこは、マホガニーの長机と椅子。高い天井に光り輝くシャンデリアが吊るされていた。
(金持ちの家の食堂には、キラキラがあるのか!)
蘭はポカンと口を開けたまま上を見あげる。
「……どうした、蘭?」
「いや、キラキラがきれいだなと思って……」
(……キラキラ!? シャンデリアのことか!?)
白銀は琥珀と瑠璃を見る。
二人とも同じ顔で頷き合っていた。
(また同じ顔をしている……)
清野は気づかれないように、溜息をついた。
「ささ、蘭さんはわたくしの隣にお座りになって!」
瑠璃は蘭の肩に手を置き、強引に隣に座らせる。
蘭の向かいには白銀が座り、左隣には琥珀が座った。
「……こんないい席に……」
「いいのよ、蘭さん。
今日の主役は貴女よ」
瑠璃が微笑む。
「そんな、主役だなんて――。
恐縮です」
蘭が顔を赤く染め、俯く。
その様子に、全員が優しく目を細めるのであった。
すると、蘭の鼻腔にいい匂いが漂う。
パッと顔を上げると、白銀家お抱えの料理人が仏蘭西料理のフルコースの前菜を運んでくる。
目の前に広がる色とりどりの前菜。
「これは……、仏蘭西料理――」
「蘭。仏蘭西料理は初めてか?」
目の前の白銀が尋ねる。
「あ、小さい頃に……、まだ本当のお父様とお母様が生きていらした頃に一度だけ……」
蘭は白銀から視線を外す。
「……今回の顔合わせ、龍ヶ崎子爵家の方は来られなかった理由はそれかい?」
龍之介が言葉を紡ぐ。
「私は龍ヶ崎子爵家の義両親にとって、借金返済の為に育てられたようなものです。
だから、私にはもう関心がないのですよ」
蘭は精一杯笑って見せた。
「蘭、龍ヶ崎子爵家が頼れなくても、ボクと龍司をその代わりだと思って欲しい」
「琥珀、お義姉様――。ありがとうございます」
「蘭さん。清野さんや琥珀だけではありませんよ。
白銀侯爵家も、もう貴女の父と母です。何かあったらいつでも頼って欲しいし……、その、“母”と呼んでくれないかしら?」
瑠璃の言葉に龍之介も「うんうん」と頷く。
「……それって、つまり――」
蘭が龍之介と瑠璃を交互に見る。
「蘭さんを“龍也の婚約者”として認めると言うことだ――」
龍之介の言葉に蘭は立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「……お、お義父様、お義母様……!
ありがとうございます……!」
龍之介と瑠璃は顔を見合わせ、清野と琥珀も微笑む。
「……蘭、感謝の気持ちは父上にも母上にも十分伝わった。
座って昼食を食べようじゃないか――」
「あ、すみません。つい、立ち上がってしまって……!」
蘭は慌てて椅子に座り直す。
(お義父様とお義母様に認められたと言っても、気を抜くわけにはいかない!!)
(むしろ! ここからが本当の意味での戦場だぞ!)
✕✕✕
蘭は出された仏蘭西料理を美しい所作と完璧なマナーで食べきった。
「蘭さん。召し上がり方がとても上品なのね」
「ボクも蘭がこんなに美しい食べ方が出来るなんて知らなかったよ」
「お褒めにあずかり、光栄です……」
(き、緊張したぁぁぁぁぁ!! 目の前で龍也がずっと見てくるし! 両隣にはお義母様と琥珀お義姉様!!)
(軍でお偉いさんと食事した時以上に緊張したぞ!!!)
「お食事の最後に、プリンをどうぞ――」
蘭の前に龍生がプリンを四つ差し出した。
「え? これは……」
蘭は龍生を見あげる。
「あちらの方々からです」
白銀、琥珀、瑠璃がニコニコと微笑む。
(確かに全部食べるとは言ったけど……目の前に並べられると圧迫感があるな――)
「で、でも、私が食べてしまうと龍也様たちの分が……」
「問題ありません。先ほども申したでしょ、“おかわり”はたくさんあるんです」
龍生が白銀に気づかれないようにウィンクを送る。
そして、小声で話しかける。
「食べきれなくても、後で龍也の屋敷に届けるよう手配しておくよ」
「りゅ、龍生副官……!」
蘭が龍生に羨望の眼差しを向ける。
(う、蘭ちゃん。そんなに見つめられると、後で龍也に怒られるぅ〜)
「では、僕はこれで失礼しますね!
なにかあれば、お声がけください」
龍生はスマートに退室した。……つもりだ。
「さぁ、蘭。念願のプリンだよ!
たんとお食べ?」
琥珀が蘭を促す。
「……で、では……! 遠慮なく――!!」
蘭は震える手でスプーンを握る。
(こ、これが……!! 白銀家特製の、“ぷりん”!!)
「………………い、いただきます」
――あむ。
蘭の口に、プリンが運ばれる。
「――――!!!」
その瞬間、蘭の菫色の瞳がキラキラと見開かれる。
「う、うまい!!」
「卵の風味と、このちょっと苦いカラメルが合わさって――――――!!
とても美味しゅうございます…………」
蘭は顔を一瞬で真っ赤に染める。
(し、しまったぁぁぁぁぁ!!)
(うますぎて“地”が出てしまったぁぁぁぁぁ)
その様子に、琥珀はニヤニヤ目元と口元を歪め、瑠璃は何ごともなかったかのように優しく微笑んでいる。
清野もいつも通り食後の珈琲を嗜み、龍之介は咳払いをしていた。
蘭はチラッと白銀の顔を見る。
「蘭。大丈夫だ、気にせずに食べろ――」
「……はい……」
蘭は白銀に言われた通り、どんどんプリンを食べ進めた。
食べれば食べるほど、もっと食べたくなるプリンの味に、蘭は羞恥心よりも食欲が勝り、最後にはうっとりとした表情で四つのプリンを食べきる。
うっとりしていると、白銀が自分のプリンを差し出し、琥珀が手付かずの清野のプリンを蘭に与える――。
瑠璃は龍生を呼びつけ、なにやら指示を出していた。
蘭はそんなまわりの様子など気にせず、与えられるままにプリンを食べきり、満足気に微笑むのであった。
✕✕✕
食事も終わり全員で雑談をしていると、瑠璃が爆弾発言を落とす。
「そう言えば三週間後、白銀家主催の夜会があるのだけれど……。
蘭さんも龍也の婚約者として出席して下さるわよね?」
「………………え?」
プリンをたくさん食べ、ご満悦の蘭の表情が一気に現実に引き戻される。
「確かにな。早速、蘭さんを龍也の婚約者、白銀侯爵家の一員として社交界に紹介出来るか――」
「お、お義父様!?」
「三週間後か――。龍司、その日は何か予定はあったかい?」
「いや、特に予定はないな――」
「琥珀お義姉様まで――!?」
「じゃあ、早速手配しなくてはね!
龍也も蘭さんもそれで大丈夫かしら?」
「俺は問題ない――」
「龍也様!!」
「――もっと早く俺の婚約者として社交界に紹介してもいいぐらいだ」
「いやいやいや!
社交界で着るドレスなんて持ってませんよ!」
「昨日姉上と買い込んだ服にはドレスはなかったのか?」
「そうだね……、ボクとしたことが、蘭の洋服は散々選んだのに、肝心のドレスを選び忘れていたよ」
「お義姉様……!」
「蘭、また一緒に銀座に行こう。そして今度はドレスを選んであげよう!」
「お義姉様!?」
「銀座まで出向くのは億劫ね……。
いっそ白銀本邸に呼びつけましょうか!」
「お、お義母様!!」
「そうだわ! 今日、うちに泊まっていきなさいな」
「へ?」
「善は急げと言うじゃない?
早速、衣装問屋を呼びましょう!」
「え、で、でも、あ、明日も軍の仕事がありますし!
その、だ、男装道具もりゅ、龍也様のお屋敷にあるので……お泊りはぁ……」
「そんなの稜に頼んで持ってきてもらえばいいじゃないの」
「え! いや、その……」
(白銀本邸から龍也と一緒に登庁とか洒落にならなくないか!?)
「それはならん」
蘭があたふたしていると、白銀が低い声で一喝する。
「……龍也、様……?」
「あら? どうして龍也?
あなたも早く社交界で蘭さんを紹介したいのでしょ?」
「それとこれとは話が違う。
蘭は俺の屋敷に連れ帰る――」
「……なにも蘭さんだけ置いていけとは言っていないわよ?
龍也がどうしてもというなら、一緒に泊まればいいじゃない」
(え? お義母様はオレ一人だけ泊まれって言ってたのか!?)
「ならん――」
「どうして?」
「夜は、蘭と二人きりで過ごしたい――」
(はぁ!? 何いってんだ、この陸軍大将!)
(二人きりで過ごしたいって……いつも違う部屋でバラバラに過ごしてるじゃねぇか!!)
(誤解されるようなこと言うなよぉぉぉぉ!)
「……そんな理由――。認めないわ――」
「お義母様!?」
「――なんだい? 親子喧嘩かい?
いいことを思い付いたよ。蘭は今日、清野家で引き取るよ――」
「それもならん!」
「ダメよ、そんなの!」
白銀、瑠璃、琥珀の三人が睨み合う。
「えー、あの……、龍也、様? お義母様? お義姉様……?」
混乱する蘭に龍之介が近づく。
「――蘭さん、龍也をよろしく頼むよ」
「え? あ、は、はい……」
(それ、今言うことかぁぁぁぁぁぁ!?)
白銀家の人間に、振り回される蘭であった。
ご覧いただきありがとうございます!
白銀家特製「ぷりん」の美味しさに撃沈し、思わず素の男前な“地”が出てしまった蘭ちゃん、いかがだったでしょうか?
うっとり完食し、前侯爵夫妻からも温かく「龍也の婚約者」として認められたのも束の間……瑠璃お義母様から「三週間後の夜会」への出席を告げられ、蘭ちゃんの連れ帰り権を巡る白銀大将 vs 瑠璃お義母様 vs 琥珀お義姉様の仁義なき三つ巴バトルが勃発!
「夜は、蘭と二人きりで過ごしたい――」と真顔で言い放つ大将に、心の声で「誤解されるようなこと言うなよぉぉぉぉ!」と突っ込みまくる蘭ちゃんのギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!
【★次回予告★】
第36話『土曜日の約束』!
「うちでお泊まりさせたい」瑠璃お義母様&琥珀お義姉様と、「絶対に自分の屋敷へ連れ帰る」白銀大将の争いに巻き込まれる蘭。
白銀本邸へのお泊まりを回避するため、蘭は「引き出しのサラシ問題」を盾に上目遣いでおねだり作戦(?)を決行!?
焦りまくる龍生副官の援護射撃もあり、無事に白銀大将の屋敷へ帰れることになったかと思いきや……!?
瑠璃お義母様からの鋭い反撃で、来週の土曜日に「白銀本邸でのお泊まり&ドレス選び」という絶対絶命の約束を交わすことに!
令嬢としてずっと“猫”を被り続けなければいけない試練を前に、蘭ちゃんの胃痛が早くも限界突破――!?
怒涛の応酬と、蘭ちゃんの受難の予感をお楽しみに!
「プリンに悶絶する蘭ちゃん可愛すぎ!」「大将の独占欲全開なセリフにキュンとした!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




