第三十四話 白銀家の答え
陸軍大将・白銀 龍也の言葉に、お歴々がザワつく。
「――ッ龍也様。お言葉ですが、そこの借金まみれの子爵家の小娘では、白銀侯爵家と釣り合いがとれませぬ……!」
「龍ヶ崎子爵家の借金は、すでに返済済みだ――。
そうだな? 稜」
白銀が目配せをすると、タイミングよく龍生がやってきた。
「はい! 完済証もこちらに!」
龍生が白銀に完済証を渡す。
「……稜。お前は下がって例の準備を――」
「承知いたしました」
龍生は恭しく頭を下げると、大応接間を後にした。
白銀が龍生から受け取った完済証をお歴々に見せつける。
「ッ! 借金を返済したのは分かったが、その金は白銀家の財産から出したのだろう!?」
「“白銀家”のではない。“俺”の私財だ――。
俺の私財をどう使おうが俺の勝手だろう」
「――たかが子爵家の小娘に、十五万もの価値があるとでも!?」
「――貴様っ!」
白銀の瑠璃色の瞳が、一瞬金色に輝く。
「――――皆様。お静かに――」
大応接間に、低く落ち着いた声が響く。
その一喝で、今まで蘭を罵倒していたお歴々が口を紡いだ。
「龍也に龍ヶ崎さん。清野くんに琥珀も……。
ずっと立ちっぱなしでは疲れるだろう」
「――まずは、座るといい」
声の主は、前白銀侯爵・白銀 龍之介。
「ああ、そうさせてもらう――」
白銀は龍之介を一瞥し、蘭に向き合う。
「……蘭、不快な思いをさせてすまない。
あのお歴々は、後ほどしっかりとした処置をとる」
「いいえ、龍也様。
あのような小言、軍の宿舎では日常茶飯事でしたわ」
蘭は菫色の目を細めて見せる。
「そうか」
白銀は蘭の腰に手を回し、黒い牛革のソファーまで案内する。
そして、ソファーに座らせると左隣に腰を下ろす。
蘭と白銀が座るのを確認し、琥珀と清野も蘭の右横に座った。
「……改めまして、わたしが龍也の父。白銀 龍之介だ」
「妻の瑠璃でございます。
龍ヶ崎さん、先ほどは叔父様方が大変失礼いたしました」
瑠璃は名前と同じ色の瞳を閉じ、蘭に謝罪する。
(あ、お義母上様の瞳の色――)
(龍也と同じ瑠璃色だ……)
「いえいえ。お顔をお上げください」
蘭は精一杯の微笑みを浮かべる。
「私のことは、何と言われようと構いません。
実家が借金まみれなことも、貧しい子爵であることも揺るぎない事実です」
「それよりも……、私は龍也様のことも貶めるような言葉には納得できません」
蘭は菫色の瞳でお歴々を睨みつける。
「蘭。お前の澄んだその瞳で、穢れたものを見てはならん」
「龍也様……」
白銀が蘭の顎を掴み、自分の方に引き寄せる。
「ふふふ。龍也も言うようになったじゃないか」
扇子で口元を隠し、琥珀は目を細める。
「お歴々様方は随分と白銀本家の人間を侮っているね。
龍也が本気になれば、分家のあなた方はいつでも吹き飛ばされる、紙吹雪同然の存在さ――」
「――それとも、自分の孫娘でも本家に嫁がせたかったのかい?
残念だけど、分家の娘たちは誰も蘭の足元にも及ばない子たちばかりだよ?」
琥珀の言葉にお歴々の顔が歪む。
「し、しかし! その娘は軍に所属しているのだろ!?
そんな野蛮な娘、白銀本家に相応しくないのではないか!?」
「野蛮……か――。
それは我々軍人に対しての言葉と受け取ってよろしいか?」
清野が浅葱色の瞳を細め、お歴々を見下す。
「い、いえ! 清野海軍大将の事では全くなく――!」
「おなごが男の格好をして軍にいるのが野蛮であるも言っているのだ!」
「そうだ! その通りだ!」
「聞けば借金の為に男装して軍にいたのだろ!?
借金を返済した今、軍にいる理由がないではないか!!」
蘭の身体がピクッと動く。
「わ、私が軍にいるのは借金返済のためだけではありません!」
「戦場から離れて久しいお歴々には、今の軍の訓練がどんなに厳しいのか分かるまい」
白銀は、蘭を肯定するかのように蘭の手を握りしめる。
「蘭は、女の身でありながら全ての試験を乗り越え、若干十六にして少尉になった幹部候補でもある」
「あなたたちよりも、軍人として何倍も優秀な人材だ――」
「なっ! 若造が!!
黙って聞いていればいい気になりおって……!!」
一人のお歴々が立ち上がる。
「……叔父上。貴方の最終的な階級は確か……『陸軍少佐』でしたか?」
白銀は瑠璃色の目で、立ち上がった老人を一瞥する。
「白銀の分家というだけで、ろくに戦場にも出ず、机に座りただ書類に判を押すだけだったあなたと、実力で少尉にまで上り詰めた蘭。
どちらが軍人として“役に立つ”とお思いか?」
老人の顔から血の気が引いていき、膝がガタガタと震えだす。
「……自身の実力をゆめゆめ忘れぬことだな――。
『少佐』殿」
老人は崩れるようにソファーに座り直す。
「ま、まあ、その娘の軍人としての顔は分かった。
だが、白銀本家に嫁ぐとなると、いつまでも軍人として軍にいるわけにもいくまい?」
別の老人が口を開く。
「……そうだな。白銀家に嫁ぐのなら、早急に跡継ぎを産む必要がある。
軍隊などにいつまでもいては、琥珀殿の二の舞になる」
「はっはっはっはっは!
確かに、清野侯爵家に嫁いでから数年経つが、一向に子宝の話を聞かぬな!
これではいつまで経っても白銀本家に跡継ぎが生まれぬではないか!」
「やれやれ、蘭を虐められなくなったと思ったら、今度はボクかい?
叔父上たちにも困ったものだ――」
「琥珀……」
「大丈夫だよ、龍司。
ボクがこんなボンクラたちに負けるわけがない」
琥珀は楽しそうに笑みを浮かべる。
「叔父上たちは早急に豚箱に行きたいと見える。
いいよ、軍法会議でもなんでもかけてあげるよ」
「ははははは。琥珀殿は冗談が通じる女性で助かるよ」
「……冗談で言ってると思うのかい?
このボクが――」
乾いた老人たちの声。
琥珀色の瞳を細め、舌なめずりをする。
「と、とにかく!
軍はいつ辞めるのだ!?」
話を逸らすように蘭に詰め寄るお歴々。
「あ、その――」
(まだ、軍を辞めたくない……!)
(でも、ここで“辞める”と言わないと、龍也や琥珀お義姉様の立場が危うくなるのでは!?)
蘭は言葉に詰まる。
「先ほども申しただろう? 蘭は優秀な軍人だ――」
白銀の声。
「りゅ、龍也……様……」
「俺が、『陸軍大将』としても、『一人の男』としても、蘭を離したくないのだ――」
「……………………」
「父上、母上。
これは、俺と蘭の問題だ――」
「二人できちんと話し合って、お互いが納得できる答えを探したい――」
「……………………」
大応接間に数秒の沈黙が落ちる。
重い沈黙を破ったのは白銀の父・龍之介。
「……龍也。お前が本当に龍ヶ崎さんを想っている気持ちは理解出来た」
「……父上――」
龍之介は深く頷く。
「……瑠璃」
龍之介は瑠璃を見る。
瑠璃も龍之介に向き合い、頷き合う。
「――叔父様方、本日は遥々白銀本邸にお越しいただきありがとうございました」
瑠璃は立ち上がりお歴々を見る。
「ああ、瑠璃様……」
老人たちのすがるような視線。
「しかし、その言動は侯爵家としてあまりにも品性を疑うものでございました」
「瑠璃……様……?」
「……白川の叔父様方も、白井の叔父様方も――。
わたくしの親戚ということもあり、黙って聞いておりましたが、当主の龍也と龍ヶ崎様への態度。
さらには清野家に嫁いだ琥珀にまで、下品で下劣な言葉を浴びせる……。
とても耐えられるものではありませんでした」
「る、瑠璃様――! それは――」
「我が妻・瑠璃の言う通りだ」
龍之介も立ち上がり、瑠璃の肩に手を回す。
「白銀家当主の龍也とその婚約者に浴びせた数々の罵声。清野侯爵夫人である琥珀にも心ない言葉を投げかける――。
これは、白銀本家としてもそれなりの対応をとらせていただく――!」
「りゅ、龍之介様まで……!」
「どこの馬の骨とも分からぬ子爵家の娘をなぜそのように庇われるのか!」
「龍也様のお相手は、我が白川家か白井家のような高貴な血筋の者でなければ釣り合わぬ!!」
「……本性が出たな――」
白銀前侯爵夫妻に執拗に絡む老人たちに、清野がポツリと呟く。
「いくら高貴な血筋でも、その一族に叔父上たちのような低俗な輩がいるだけで、こちらから願い下げだね……」
琥珀も口を覆っていた扇子をパチンと閉じる。
「清野くんと琥珀の言う通りだ……」
龍之介は琥珀色の瞳を閉じ、ゆっくりと見開く。
「征十郎! 今後、白銀家からは白川家と白井家への一切の援助をすべて打ち切りとする!」
大応接間の奥に控えていた征十郎が恭しく頭を下げた。
「白銀家への立ち入りも全て禁じる故、即刻立ち去るがよい!!」
「なっ! 何をおっしゃるのですか、龍之介様!!」
「我々は今まで白銀家の発展のため、どれだけ尽力したと――!!」
「尽力した……だと? 我が白銀家の財産を散々食い潰していたのはどこの『少佐』殿だったか――」
白銀と蘭も立ち上がり、お歴々を見下ろす。
「俺の選んだ女をよくもけなしてくれたな――」
白銀が蘭を守るように背中に手を添え、抱き寄せる。
「親戚筋だからと見逃していた件が何件もある。
それを全て償わせてくれる――!」
「りゅ、龍也様!」
「どうか! どうか御慈悲を……!!」
「貴様らに慈悲などない!」
「ひっ!」
「即刻立ち去るがいい!!」
白銀の咆哮に、老人たちは一目散に逃げ出す。
大応接間には静寂が訪れていた。
「あ、あの……」
静寂を破ったのは、白銀に抱き寄せられたままの蘭。
蘭の声に、全員が動き始める。
まず動いたのは白銀。
「蘭。大丈夫だったか――?
怖い想いをさせてしまったな――。すまない――」
先ほどの咆哮の主とは思えぬほど、優しい声色の白銀。抱きしめる腕に力が入る。
「あ、わ、私は大丈夫です!
それより、苦しいので早く離して下さいませんか!?」
「あはははは。蘭はやっぱり蘭だね――。
そういうところ、ボクは好きだよ――」
琥珀は扇子をもう一度開き、パタパタと扇ぐ。
「琥珀。ずっと考えていたんだ――。
琥珀を侮辱したアイツらを軍事法廷にかける方法を……。
だが、それだけでは私の怒りが収まらん。どうにか全財産を没収する方法も考えなければ――」
「あはは。ありがとう龍司。
龍司のそういうところも、ボクは大好きだよ」
清野と琥珀も指を絡める。
なんとか白銀から解放された蘭に、今度は龍之介と瑠璃が向き合う。
「龍ヶ崎様、本日はお見苦しいところをお見せしてしまい、ごめんなさいね」
「龍ヶ崎さん、嫌な想いをさせてしまったね……」
「い、いえ! こういうのは慣れていますので大丈夫です!」
蘭はポンッと胸を叩く。
「……蘭。“猫”が剥がれてきているぞ――」
ボソッと白銀が耳元で囁く。
「あ!? えーと、ご心配をおかけして申し訳ありません。
この程度の“お小言”は軍人として生活している中では日常茶飯事ですので、オレ――あっ! わ、私のことはどうぞご心配なさらずに……」
蘭の様子に龍之介と瑠璃は目を丸くした。
(ヤバッ!? “オレ”って言っちゃった!!)
「……龍ヶ崎様って、不思議な方ね」
ふわりと笑う瑠璃色の瞳。
(龍也と同じ――)
「ねぇ、龍ヶ崎様のこと、“蘭さん”って呼んでいいかしら?」
「へ? あ、は、はい!
“蘭”でも“蘭さん”でも“蘭ちゃん”でもお好きに呼んでいただいて結構です」
蘭もふわりと笑って見せた。
「瑠璃ばかり親しくなるのはいただけないな――。
私も“蘭さん”と呼ばせてもらうとしよう」
「はい! お好きにお呼び下さい」
(琥珀お義姉様と同じ色――)
(ん? この流れ……、オレは認められたのか??)
「あ、あの〜。大変失礼なのですが、私は龍也様の婚約者としてお二人に認められたのでしょうか?
それとも、軍人として、白銀大将閣下の部下として、お二人に認められたのでしょうか……?」
「あらあら」
瑠璃が目を細め、龍之介が咳払いをする。
その時。
――トントン。
大応接間の扉を叩く音。
「失礼いたします。
皆様、昼食の用意が出来ました」
その言葉に、瑠璃が両手を胸の前で嬉しそうに合わせる。
「まぁ、さすが征十郎の子ね。気が利くわ」
そして、蘭に向き直す。
「蘭さん、先ほどの質問の答え――。
一緒に昼食を食べながらお話してもよいかしら?」
「え? あ、はい!
もちろんですわ」
瑠璃の優しい表情につられ、蘭も顔をほころばせる。
「あっ! 龍也様、例のものを調達できましたよ!」
龍生が白銀の顔を覗き込む。
「よくやった。稜――」
白銀は龍生に頷く。
「例のもの――?」
蘭が首を傾げ、白銀を見あげる。
蘭の疑問に、白銀は目を細め堂々と宣言した――。
「稜に用意させたのは――
白銀家特製のプリンだ――」
ご覧いただきありがとうございます!
分家の重鎮たちのゲスい暴言に怒る白銀大将、清野閣下、琥珀お義姉様!
そして何より、ビシッと一括して 分家を断絶・追放してくれた前侯爵夫妻(龍之介様&瑠璃様)、いかがだったでしょうか?
「俺が『一人の男』としても、蘭を離したくない――」という大将の最高に痺れる名言も飛び出し、ついに二人を「婚約者」として認めてくれた白銀家。
緊迫した顔合わせも無事に終わり、龍生副官が持ってきた“白銀家特製の例のもの”と共に、和やかな(?)昼食会へ――!
【★次回予告★】
第35話『白銀家の食卓』!
龍生副官が用意した“例のもの”――それはなんと、白銀家特製の極上「プリン」!
初めて食べるプリンのあまりの美味しさに、蘭ちゃんのあの“男前な地”がうっかり飛び出してしまうハプニングが発生!?
さらに前侯爵夫妻からあたたかく家族として迎えられ、無事に顔合わせを終えたのも束の間……お義母様からとんでもない「爆弾発言」が投下される!
「三週間後、社交界の夜会に出席してちょうだい」
社交界デビューのためのドレス選び、そして「蘭の連れ帰り権」を巡って、白銀大将 vs 瑠璃お義母様 vs 琥珀お義姉様の仁義なき三つ巴バトルが勃発する――!?
賑やかすぎる白銀家の食卓と、新たな波乱の予感をお楽しみに!
「スカッと追放劇最高だった!」「プリンに悶絶する蘭ちゃんが早く見たい!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




