第三十三話 白銀家の洗礼
龍生が運転する公用車が、白銀家の正面玄関前で停まった。
「白銀侯爵家本邸に到着しました」
「ああ」
白銀の合図で龍生は車から降り、ドアを開けた。
黒塗りの公用車から出てきたのは金刺繍が入った漆黒の陸軍大将服を纏った白銀と、同じく金刺繍入りの純白の海軍大将服を纏った清野。
男性陣が外に出ると、その手を掴み深紅の振袖を身に着けた蘭と、ロイヤルブルーのワンピースを着用した琥珀が顔を出した。
「僕は自動車置場に車を停めてから行くね」
龍生は恭しく頭を下げる。
「ああ、ご苦労だった稜――」
「勿体無いお言葉です」
龍生が顔を上げ、改めて四人を見る。
「さすがに陸軍、海軍両大将が揃うと圧巻ですね。
それに琥珀様は相変わらずお美しいし、蘭ちゃんもこの三人に負けてないよ!」
「龍生の息子――いや、稜」
今まで大人しくしていた琥珀がニヤリと笑い、口を開く。
「もう少し、蘭に対して気が利いた言葉が言えるようにならないと、征十郎もお前に家令は譲れないだろうさ」
「これはこれは手厳しい――。だって僕が蘭ちゃん褒めすぎると龍也がヤキモチ焼くでしょう?」
龍生は白銀の顔をチラッと見る。
「でも、そうだな――。
蘭ちゃん、とっても綺麗だよ」
「なっ!」
「……ということで、僕は一時退散しますねー」
龍生はウィンクをして車に戻り、エンジンを噴かせた。
「…………蘭、いつも通りのお前でいい――」
龍生に褒められ、顔を真っ赤にした蘭に白銀は告げる。
「いやいや、さすがに言葉遣いはちゃんとしないと!」
蘭は慌てて白銀と視線を合わせる。
「そうだな。……さすがに自分のことは“わたし”と言ったほうがいい」
「あははは。ボクの旦那様はお硬いね。
でも、第一印象が大事だからね――」
「言われなくても! そのつもりだった!」
「蘭は“猫”を被るのが得意だからな――。その点は心配いらんだろう。見合いの時を思い出す」
うんうん、と頷く白銀。
蘭は、さっきとは違う意味で顔を赤くし、ぷくーと頬を膨らませる。
「あはは、蘭。きんちょーは溶けたかい?」
「…………え?」
(もしかして、今の会話はオレの緊張をほぐす為に……?)
「まさか龍司も蘭をからかうなんて!
”蘭をからかい隊“の代表としてウカウカしていられないね」
「――姉上。その代表の座は俺のものだ。
姉上には渡さない……!」
「おや? 龍也も入隊かい?
じゃあ会費をもらわないと!」
「姉上!!」
「……龍ヶ崎少尉。琥珀はああ見えて、お前をかなり気に入っているようだ」
白銀家の姉弟喧嘩をポカーンと見つめていた蘭に、清野が近づく。
「……清野閣下――」
「……もし、白銀家との縁談が破談になっても、清野侯爵家で面倒をみてやる。
だから安心しろ」
「は、はあ……。ありがとう、ございます……?」
(これって、慰められているのか……!?)
(それとも、清野閣下はこの顔合わせが失敗すると思っているのか!?)
(どっちなんだぁぁぁぁぁぁ!!!)
(素直に喜べないぞ――!?)
「おい、義兄上。蘭に変なことを吹き込むな!」
「なんだい? 龍司も“蘭からかい隊”に入りたいのかい?」
「まさか」
清野が大げさに首を左右に振る。
「……こんなところで時間を潰すわけにいくまい。
玄関の呼び鈴を押せば、すぐに玄関番が迎えが来るのだろ?」
清野の言葉に、先ほどまでの姉弟喧嘩をしていた二人がピタリと大人しくなる。
「……それもそうだな。
行くぞ――蘭」
「おう! 望むところだっ!」
白銀は蘭と顔を見合わせる。そして、荘厳な白銀侯爵本邸の正面玄関扉の横に設置してある真鍮製の鎖を引いた。
鎖が引かれ、室内から「チリーン、チリーン」と真鍮製のベルの音が聞こえる。
(金持ちの家は「チリーン、チリーン」って鳴らすんだ!)
蘭が白銀をまじまじと見る。
「どうした?」
「いや。チリーン、チリーンが気になって……」
(チリーン、チリーン……だと……!?)
白銀は思わず後方にいる琥珀を見る。
琥珀も白銀と同じ顔で頷き合っていた。
(……考えることが同じ顔をしている。さすが血を分けた姉弟か――)
清野は一人、感心するのであった。
すると、重厚な正面玄関の扉が開かれる。
一行を出迎えたのは、鷲色の髪に栗色の瞳を持つ上品な紳士だった。
「お帰りなさいませ、龍也様。琥珀様。
それに、清野様もご無沙汰しております」
紳士は一人一人に視線を合わせる。
そして、栗色の瞳が菫色の瞳を捉える。
「貴女が龍ヶ崎 蘭殿ですね。
お待ちしておりました」
紳士は恭しく頭を下げる。
「は、始めまして、龍ヶ崎 蘭と申します。
この度はその……、色々とお騒がせさせてしまい、申し訳ございませんでした!」
(主に白銀がっ! だけどな!!)
蘭もしおらしく、頭を下げた。
「ああ。そんな――!
龍ヶ崎様、どうぞ頭をお上げください!」
紳士は焦ったように、オロオロと手を動かす。
「蘭。こいつは龍生 征十郎。
白銀家の家令で稜の父親だ」
「え? 龍生副官のお父様!?
あ、あの! いつも龍生副官にはお世話になってます!」
敬礼しようとする蘭の腕を白銀が掴む。そして、自身に引き寄せるように耳元で囁く。
「――蘭、早速“猫”が剥がれているぞ……」
「――ッ!」
蘭の頬が赤く染まる。
「おやおや」
後ろで控えていた琥珀がニヤリと口元を歪め、清野は目を細めていた。
「た、大変失礼いたしました。
龍生様にはいつも大変お世話になっております」
蘭はふわりと微笑む。
(どうだ白銀! オレの完璧な”猫“を見たかっ!)
蘭は横目で白銀を確認するも、白銀は不機嫌な顔をしていた。
(な、なんでだ!? この“猫”被りでもダメなのか!?)
「……龍ヶ崎様は少尉であらせられると聞き及んでおります。
見た目では、全く分からないものですね」
征十郎はしみじみ呟くと、一行を家の中に招き入れる。
「どうぞ、皆さまお上がりください。
大応接室で皆さまがお待ちです」
✕✕✕
室内履きに履き替えた四人は、征十郎に案内されるがまま大応接室の前までやってきた。
――トントン。
「龍之介様、瑠璃様。
龍也様と龍ヶ崎様、それに、清野様と琥珀様をお連れいたしました」
「ああ、入ってくれ」
低く落ち着いた、冷たさの中に優しさが残る声だった。
「――蘭。お前には俺がついている」
「何を言っているんだい? 龍也。
ボクたち三人の間違いだろ?」
琥珀の声に、蘭は振り返る。
「……琥珀お義姉様――」
「蘭。大丈夫だよ」
琥珀と清野の優しい微笑みを受け、蘭は前を見据えた。
「――龍也様。行きましょう――」
菫色と瑠璃色が交差する。
「ああ。
征十郎、扉を開けてくれ――」
「はっ、仰せのままに……」
――ギギギギギィー。
音と共に大応接室の扉が開かれる――
大応接間には長細いマホガニーのアンティークテーブルと、黒い牛革のソファーがいくつも並んでいた。
その中央に座るのは、仕立てのよい黒のフロックコートを着こなす白銀髪に琥珀色の瞳を持つ龍之介。
隣には美しい若草色のアフタヌーンドレスを着用した、銀色の髪に瑠璃色の瞳を持つ龍之介の妻・瑠璃。
白銀前侯爵夫妻の周りには、白銀家のお歴々が当主の婚約者はまだかまだか、と待ち構えていた。
「――失礼する」
白銀が大応接間に足を踏み入れる。
次いで蘭、清野、琥珀の順に入室した。
「……お久しぶりです。父上、母上。
それに、お歴々も――」
白銀が目を細めてお歴々を見渡す。
「ああ、久しぶりだな。龍也」
始めに口を開いたのは父の龍之介。
「――清野くんも、わざわざ来てくれたんだね。感謝するよ」
「いえ、大事な琥珀の弟である龍也の晴れの舞台だ。……義兄として、立ち合わんわけにはいくまい」
「清野様はいつも琥珀を大事にしてくださいます。
最高の旦那様ですわ」
琥珀はうっとりと清野に腕を組んだ。
(琥珀お義姉様!! お嬢様言葉も使えたんですね!!)
蘭は心の中でツッコんだ。
「――して、その者がお前の”婚約者候補“か――?」
龍之介の琥珀色の瞳が、蘭を射抜く。
(あっ……。お義姉様と同じ瞳の色……)
蘭は白銀の隣に並び、短く深呼吸をする。
「お初にお目にかかります。
龍ヶ崎 蘭、と申します。
この度はこの様な場にお呼びいただき、恐縮しております。
ふつつか者ですが、何卒よろしくお願いいたします」
蘭は菫色の瞳で白銀家の重鎮たちを見つめる。
そして、優雅に頭を下げた。
「……男装して軍にいるというからどんなゴリラ女かと思っておったが――。なんだ、普通のおなごではないか」
吐き捨てるような声。
「しかも、男装していた理由が家の借金だと言うではないか」
今度は愉悦を含む声。
「……白銀家の当主殿が“十五万円”で買い取った女が、借金まみれの子爵令嬢など笑わせる!」
「どうやって当主に取り入った?
その若い身体で迫ったか!?」
「龍也様も、所詮“ただの男”だったと言うわけか!」
下品な笑い声。
その声に、蘭は唇を噛み、深紅の振袖を手が白くなるまで握りしめる。
「……違う……。龍也は、そんな男じゃない――」
思わず声が漏れ、菫色の瞳で睨みつけたくなる。
(冷静になれ、オレ! こんなお小言聞き流せ!!)
「見合いの日に屋敷に連れ帰ったのだろう?
龍也様もお手が早い!」
(オレがけなされるのは一向に構わないっ!)
(でも、龍也は違うだろっ!!)
「――ッ違っ!」
「めでたい席でよくもそんな下品な言葉が出てくるものだ――」
「白銀家はいつから下賤の者が蔓延るようになったのだ?」
蘭の言葉を遮るように、白銀と清野が口を開く。
漆黒の軍服と、純白の軍服から放たれる氷点下の視線。
大応接間の空気が凍り、下品な笑みを浮かべていた老人たちの顔が引きつっていく。
「……おやおや。黙って聞いていればいい気になって。叔父様方はいつから立場が上になったんだい?」
琥珀が扇子で口を塞ぐ。
「俺が選んだ最上の女に、一体どんな文句があるのか?
この、陸軍大将・白銀 龍也が直々に聞いてやろう――」
ご覧いただきありがとうございます!
正面玄関での「チリーン、チリーン」に反応する白銀姉弟のシンクロっぷりや、龍生副官のお父様(家令の征十郎さん)とのギャップ、そして緊張をほぐそうとする「蘭からかい隊」のやり取り、いかがだったでしょうか?
漆黒と純白の軍服を纏う両大将、ロイヤルブルーのドレスの琥珀お義姉様、そして深紅の振袖姿の蘭ちゃんという圧巻の四人が揃い、ついに戦いの幕が落とされました――!
【★次回予告★】
第34話『白銀家の答え』!
大応接室で待ち構えていた分家の老害重鎮たちから、下品で心ない暴言を浴びせられる蘭ちゃんと白銀大将。
悔しさに拳を握りしめる蘭ちゃんでしたが、ここで白銀大将、清野閣下、そして琥珀お義姉様の「最恐の家族たち」による容赦のない反撃が始まる!
さらに黙って見ていた前侯爵夫妻(ご両親)も立ち上がり、まさかの決断を下すことに……!?
「俺が『一人の男』としても、蘭を離したくない――」
緊迫した顔合わせのラスト、龍生副官が用意した“白銀家特製の例のもの”とは一体……!?
怒涛のスカッと展開と、前侯爵夫妻から告げられる「白銀家の答え」をお楽しみに!
「重鎮たちへの反撃が待ち遠しい!」「“例のもの”が気になる!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




