第三十話 顔合わせ前夜の大騒動
「ふー、食べた食べた!」
蘭は満足そうにお腹を撫でる。
「でも、さすがに全部は食べられなかったな――」
「心配しなくて大丈夫だよ。
食べきれなかった分は、折詰にしておくから持って帰ってよ」
料理に悲しみの瞳を向ける蘭に、刻藤が笑顔で提案する。
「おお! なんて至れり尽くせりなんだ!」
蘭が刻藤の気遣いに感激していると、琥珀が口を開く。
「ねえ、龍一郎。果物はあるかい?」
「うん? それなりにはあるよ?」
「ならよかった。
蘭――。好きな果物はあるかい?」
その言葉に、白銀の耳がピクりと反応する。
(姉上……、俺が聞けなかった蘭の好物を聞いてくれるのか!?)
(姉上にはしかるべき対処をしようと考えていたが、今回は大目に見てもいいかもしれんな――)
「んー、そうだなぁ〜。桃とか?」
蘭が腕組みをして答えを出す。
「なるほど。じゃあ龍一郎、桃とメロンをおくれ」
「――っおい、琥珀。まだ食べるのか!?」
琥珀の注文に清野が目を見開く。
「蘭、果物は別腹、だよね?」
「お、おう!」
「じゃあ決まりだ。別に龍司は食べなくていいよ?」
「………………そうさせてもらう」
「……でも、龍也にはメロンを勧めさせてもらうよ」
琥珀色の瞳がキラリと光る。
「は? なぜそうなる?」
(食べるのなら、蘭が好きな桃の方がいいのだが――)
「おっと、これは龍也にはまだ早い話だったね」
「どういう意味だ……?」
「意味なんてないよ?
ただ、ボクは、蘭を見てると無性にメロンが食べたくなっただけだ――」
「ちょっ、琥珀お義姉様! オレを見てメロンが食べたいってどういうことだよ!
オレがメロンみたいに丸々してるっていいたいのか!?」
「どうだろう――。
ねぇ? 龍也?」
琥珀は意味深に口元を上げる。
「…………………………」
龍也は一点を見つめ、固まってしまった。
「なんで白銀が固まってるんだよ!」
「………………いや、なんでも――」
「なんでもあるだろ!」
(オレのどこがメロンなんだよぉぉぉ!)
✕✕✕
「揚げ物も、桃もメロンも美味かった!」
ノワールからの帰りの車の中で、蘭は満足気に今夜の晩餐を思い出す。
「そうだね、ボクはやっぱりメロンがみずみずしくておいしかったよ」
「龍也もそうだろ――?」
琥珀が後部座席から運転席を覗き込む。
清野はその隣で胃を押さえていた。
「お、俺は……」
白銀の視線が右往左往する。
「おい、白銀!
ちゃんと運転しろよ! 危ないだろ!」
「す、すまない。蘭――」
「というか、なぜ俺の車に姉上たちも乗り込んでいるんだ!」
「今更だね――」
琥珀は後部座席で足を組み始める。
「明日は白銀本家で蘭の顔合わせがあるんだろ?」
「…………そうだな」
「――だからさ、ボクたちも同席してあげるよ」
「……結構だ。
姉上がいると、まとまる話もまとまらん」
「何を言う!
こっちには海軍大将・清野 龍司がいるんだぞ!」
「……俺も陸軍大将だが――」
白銀の声に蘭が頭を抱える。
(そう言えばこいつら陸軍と海軍の大将だった――!)
(また陸軍海軍大将会議が始まってしまうぅぅ――)
「龍也が陸軍大将なのは分かってるよ。
じゃあ聞くけど、明日の蘭の着付けはどうするつもりなんだい?」
「なんだと?」
「龍也は使用人を住み込ませていない。
……じゃあ誰が蘭を着付ける?」
「……それは――」
「言っておくけど、今日選んだ衣装は龍也じゃ、まして蘭一人でなんて着付けできないよ」
「………………」
「……龍也、今回は琥珀の方が一枚上手だったようだな――」
清野の一言で、琥珀に軍配が上がる。
白銀は眉間にシワを寄せながら運転するのであった。
✕✕✕
白銀邸に着き、最初に目に飛び込んできたのは衣装ケースの山だった。
「龍也、蘭ちゃん、おかえりなさい〜」
龍生の間の抜けた声。
「もう、いくら蘭ちゃんがかわいいからって、これはさすがに――え!? あの……! どちら様ですか!?」
龍生の目に、芥子色のワンピースに黒いベルトをつけた絶世の美女が目に入った。
「は?」
龍生の肩がなわなわと震え始める。
「龍也!! キミには失望したよ!!
蘭ちゃんという婚約者がいながら、どこぞのモダンガールを連れ帰るなんて!!」
「キミがそんなに最低な人間だったとは思わなかった!
謝れ! 蘭ちゃんと僕に謝れ!!」
龍生は先ほどの気の抜けた声がどこにいったのやら、鋭い剣幕で白銀を責め立てる。
「いやいや、何を言っているんだ……、稜?」
「何をって――、隣のモダンガールのことだよ!!」
白銀と蘭は顔を見合わせる。
そして――
「……龍生副官。オレだよオレ――」
蘭は照れくさそうに指で顔をポリポリと掻いた。
「………………え!?」
「ら、蘭ちゃん……、だったの!?」
龍生はモダンガールの顔をマジマジと見つめる。
「……龍生副官、そんなに見られると、さすがに恥ずかしい……」
消え入るような蘭の声。
「稜。これ以上、蘭に近づくな」
「ああ、ごめんね。それにしても、これが蘭ちゃん――」
龍生は固唾を飲み込む。
「僕はてっきり、龍也がモダンガールと浮気でもしたのかと思ったよ――」
「――うわき!?」
蘭が声を上げる。
「稜……。俺が蘭以外の女に惚れることはあり得ない。それくらい知っているだろ?」
「そ、それはそうなんだけど……。あまりにも今の蘭ちゃんが綺麗過ぎたからさ――。
こんなに綺麗なら乗り換えるかも……と――」
「…………稜…………」
「ご、ごめんって! それにしても凄い荷物だね?
まるで琥珀様の買い物みたいだ――」
「やぁ、龍生の息子。元気にしてたかい?」
「え? う、うわぁぁぁ!!
ほ、本物の琥珀様と清野閣下ーーー!!?」
龍生は後に飛び退き、尻もちを着いた。
「おやおや、大歓迎だね」
琥珀色の瞳を細め、龍生をからかう。
「龍生の息子。今日はボクと龍司もここに泊まるからその準備をしてくれたまえ」
「え!? 急に!?」
「それと……、明日、白銀本家で蘭の顔合わせがあるだろ?
運転手が必要だ。龍生の息子。キミにその重大な仕事を任せようじゃないか――」
「えっ――! これまた急に!?」
「だからさ、今日はキミも白銀邸に泊まるといい――。
これは、清野 琥珀の命令だよ? 分かったら返事を――」
龍生は白銀と清野を交互に見る。
二人とも俯き、申し訳なさそうな顔をしていた。
「さあ? どうなんだい? 龍生の息子?」
琥珀の圧が強まる。
すると、蘭が尻もちをついた龍生の元にしゃがみ込み、耳打ちをする。
「……龍生副官。琥珀お義姉様にはみんな逆らえない――」
龍生はガックリとうなだれる。
「……分かりました! 仰せのままに、琥珀様!!」
琥珀はニンマリ笑うのだった。
✕✕✕
玄関に置かれた大量の衣装を蘭の部屋に運び終えた龍生は、今度は急いで客間に布団を敷き始める。
「龍生の息子。ボクは今日蘭の部屋で寝るから、客間には龍司の分だけでいいよ」
「え?」
「おい、ちょっと待て姉上。
そんな話聞いていない――!」
抗議の声を上げたのは勿論白銀。
「そうだぞ、琥珀。急に来て泊めてもらうんだ。
客間で十分だろ?」
清野も白銀の援護するも、琥珀は聞く耳を持たなかった。
「蘭の部屋で寝るったら寝るんだ。
おい、龍司。清野家からボクたちの荷物はまだ届かないのかい?」
「はぁ~。今、清野の家令に電話したばかりだ。そのうち届くだろう」
「そのうちではつまらない!」
「琥珀。私たちの明日の着替えも持ってこさせるんだ。お前が文句を言わないように大量の着替えを運ぶことになる。使用人たちが大変だろうさ――」
「龍司ったら意地が悪いね。
ま、そういうところも面白いんだけど――」
「……そんなに暇なら風呂でも入らせてもらえばいいだろ?
お前は長風呂だから、上がる頃には荷物も届いているだろうさ」
「なんと! それはいい考えだね。
では蘭と入るとしよう」
「ちょっと待て、姉上。
そんなこと、誰が許可すると思っている?」
「許可なんて必要ないよ。
蘭は今、自室で荷物の整理をしているんだったね」
「龍生の息子。風呂の準備は出来ているかい?」
「え、出来てますけど――」
「それだけ聞ければ問題ない。
早速蘭を誘うとしよう」
琥珀は有無を言わさず蘭を迎えに二階へ行く。
取り残された男たちは一斉に溜息をついた。
「ボク、お布団敷き終わったらタオル用意してきますね――」
「すまないな……稜――」
「今夜は荒れそうだな――」
ご覧いただきありがとうございます!
本家での顔合わせ前夜、白銀邸に琥珀お義姉様&清野閣下が乱入して急遽始まった前夜祭(お泊まり会)!
意味深な「メロン」の発言で思考停止する大将や、変身した可憐な蘭ちゃんを見て「浮気だ!」と勘違いしてブチギレる龍生副官、いかがでしたか?
琥珀お義姉様の圧倒的圧に逆らえず、男たちが一斉にうなだれる姿も書いていて楽しかったです!
【★次回予告★】
第31話『お揃いの寝間着』!
「一緒に楽しいことをしよう――」
琥珀お義姉様に強引にお風呂場へ連行された蘭ちゃん。
泡立った指先で弱点である耳朶を優しくなぞられ、思わず悲鳴(?)を上げることになってしまい……!?
さらに湯上がり後、デパートから届いたのは……以前大将が裏で注文していた「ある特別な寝間着」。
大将とお揃いの“メンズサイズ”のブカブカ寝間着を羽織って現れた蘭ちゃんに、白銀大将をはじめとする男たちがまさかの絶句!?
顔合わせ前夜、白銀邸の夜はまだまだ終わらない――!
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