第三十一話 お揃いの寝間着
「蘭! 一緒に風呂に入ろう!」
白銀に与えられた自室で、琥珀が選んだ洋服たちを整理している蘭。
遠慮なしに自室の扉が開かれた。
「うわぁ! ビックリした!
……琥珀お義姉様、今、何て――」
「何でもいいから来るんだ。
一緒に楽しいことをしよう――」
「楽しいこと? 夜食でも食べるのか?」
「ふふふ。蘭は食いしん坊だね――」
「あ、いや、別に食べたいとかそういう意味じゃなくて!」
あたふたする蘭の腕を引っ張り、琥珀は部屋を出た。
「あっ、まだ荷物の整理がぁぁぁぁぁ!!」
✕✕✕
「……って、何で風呂なんだよ!!」
琥珀によって連れてこられた浴室で、蘭は叫びを上げる。
「何でって、その洋服、一人じゃ脱げないだろ?
ボクが脱がせてあげるよ――」
「い、いやいや! 大丈夫です!
自分で脱ぎます!! 自分で脱げます!!」
蘭は思わず敬礼する。
「遠慮しなくていいんだよ。ほら、おいで――」
琥珀の指が、黒いベルトに触れる。
「ひぃぃぃぃぃ! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
「助けてとは人聞きの悪い――」
「大丈夫。痛くしないから――」
「ひっ――!」
(モダンガールって、洋服脱ぐだけで“痛く”なるのかっ!?)
「こ、琥珀お義姉様……、お手柔らかに、お願いします――!」
(痛いのはイヤだぁぁぁぁぁ!)
蘭は涙目になりながら、琥珀のなすがままになっていった。
✕✕✕
二人は服を脱ぎ終わり、いよいよ浴室の扉を開ける。檜の匂いと、浴室の湯気が一気に押し寄せてきた。
(洋服脱いでも全然痛くなかった……)
(琥珀お義姉様……やっぱりすげぇお人なんだな――)
「蘭。ボクが身体を洗ってあげるよ――」
「えっ! いやいや、さすがにお義姉様にそんなことさせられない!
むしろ、オレが代わりに洗わせて下さい!」
「ふふ、いい娘だね。蘭――」
琥珀がふわりと笑う。
「でも――、今日はボクが洗ってあげたい気分なんだよ。さぁ、ここに座って……」
「こ、琥珀お義姉様……」
(琥珀お義姉様、なんて優しいんだ……!)
蘭は言われた通りに腰掛けに腰を下ろす。
「ふふふ。龍也とも一緒に入ったことはあるのかい?」
「はぁ!? 入るわけないだろ!!」
琥珀の言葉に、蘭は間髪入れずに叫ぶ。
「そうかい。ま、そうだろうと思ったよ――」
琥珀は蘭の後に座り、固形石鹸を泡立てていく。
「――蘭。今度、清野の家に泊まりにおいで……。
清野の家には薔薇や柑橘の匂いがする固形石鹸があるんだ――」
「へぇ~。そんなオシャレな固形石鹸があるんだな。今度、白銀に言って――――ッッ!!」
「い、今! どこ触った!!」
「身体を洗うんだから身体の隅々まで洗うのは当然だろ?
なんだい? 洗ってほしくない場所でもあるのかい?」
「なっ、なっ、なっ!」
「例えば――ココとか?」
泡立った琥珀の指先が、蘭の柔らかな耳朶を優しくなぞる。
「ひゃん!」
(うぅっ、耳触られて変な声出ちゃった――)
「……なんだい蘭? ココが弱いのかい?」
「こ、こはく……おねぇさま――。そこは……!」
「……どうしたんだい? 言ってくれないと、分からないよ?」
「ッッ――――!! も、もう、や、やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
蘭が琥珀の洗礼に顔を赤くし、身悶えている時、白銀は風呂場の前を歩いていた。
(い、今。蘭の声が――!!)
(助けに行くか!? いや、だが、今アイツは姉上と一緒に風呂にいる――)
(そんな状況で風呂場に駆け込んだら、姉上に何と言われるか――!!)
風呂場の前で固まっている白銀を見つけ、龍生が近寄る。
「どうしたの? 龍也? 顔がちょっと赤いよ?」
「い、いや。何でもない――」
「……ふーん。これさ、今清野家の使用人が届けてくれた荷物、脱衣所に入れておこうと思ったんだけど……。僕は関わらないほうがいいと踏んだ!」
龍生は固まっている白銀にスーツケースとタオル、そして何かの包みを渡した。
「……火曜日に百貨店で買ったものが届きましたよ。蘭ちゃんに渡しておいてね」
そう言うと、龍生は次の準備に取りかかる。
「清野のお屋敷から届いた荷物、蘭ちゃんの部屋に運ばないと〜!
あー! 使用人は忙しーなー!」
大きな独り言とともに、廊下に消えていった。
(百貨店で買ったもの――? まさか! このタイミングでか!)
白銀は頭を抱えながら、脱衣所に荷物を放り込んだ。
✕✕✕
「し、死ぬかと思った……」
湯船から上がり、蘭は脱衣所で力尽きていた。
(琥珀お義姉様、湯船の中でもからかってくるなんて――!!)
「蘭。いいお湯だったね」
琥珀が涼しい顔で蘭を見る。
「おや? 清野の家から荷物が届いているようだね――。龍司の言った通りだ」
琥珀はスーツケースに近づき、脱衣所に投げ入れられたタオルと謎の包みを蘭に渡す。
「……これは?」
「ボクの荷物じゃないから蘭のものじゃないのかい?」
蘭が不思議そうに包みを持ち上げる。
「――身体を乾かしてから開けようじゃないか。
さぁ、僕が全身を拭いてあげるよ――」
「こ、琥珀お義姉様――!
もう、もう結構ですからぁぁぁぁ!!」
琥珀は自分の身体にタオルを巻き、蘭に向き合う。
「大丈夫だよ、蘭。優しくしてあげるから――」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
✕✕✕
蘭の全身をタオルで優しく拭いたあと、琥珀はスーツケースから硝子の瓶を取り出した。
「蘭、明日は本家への顔合わせなんだ。
いつも以上に気合いを入れないとね――」
琥珀は瓶から液体を取り出す。
「琥珀お義姉様……、それはいったい?」
「これはね、化粧水と乳液さ――」
「……けしょう、すい? にゅーえき?」
「あはは、蘭は使ったことがないんだね。
これはね――モダンガールの必需品さ」
琥珀は説明しながら、蘭の顔に化粧水や乳液をのせていく。
「……なんか、いい匂いがする――」
「ふふ。これはね、ボクのお気に入りさ。
さぁ、蘭。終わったよ――」
蘭に塗り終わると、琥珀は自身に塗り始めた。
(モダンガールって、色々大変なんだな――)
「――蘭。そんなに見られていたら、さすがのボクでも恥ずかしいかな?
ほら、例の包みを見せておくれよ」
「あ、ああ! 分かった」
蘭は言われた通りに包みを開ける。
そこには、白いシルクの寝間着が入っていた。
「………………これは…………」
✕✕✕
「龍也、先にお風呂いただいたよ」
広間でブランデーを傾けていた白銀、清野は琥珀の声に振り返る。
「ああ――」
短く告げる声とは裏腹に、白銀の顔が見る見る赤くなる。
浅葱色のネグリジェを着た琥珀の後ろに、隠れるような白。
「蘭、そんなに隠れていては“お揃いの寝間着”がお披露目できないだろ――?」
「ぅ……」
(別にお披露目なんかしたくないし、一刻も速く部屋に戻りたい……!!)
「こ、琥珀お義姉様。
これは白銀が勝手に選んだんであって、別にお揃いってわけじゃ――」
蘭は、百貨店で白銀が選んだ純白の寝間着――男性サイズを身にまとっていた。
白銀は男性ではあるものの、スラリと細い白銀の体躯を持っている。
だが、蘭が袖を通せば襟口や袖口はブカブカ。
ズボンもダボダボ。
ただ、一点だけがシルクの生地が引っ張られ、パツパツになっていた――。
蘭は寝間着が滑り落ちないように一生懸命に押さえている。
「でも、“龍也と全く同じ寝間着”がいいと言ったんだろ――?」
「いや、よく覚えてないけど“全く同じ寝間着”がいいとまで言った覚えはないぞ……!」
勢いよく琥珀に抗議する蘭。
その時、ズボンを押さえていた手を離してしまい、ズボンが下に落ちた。
「……なっ!」
琥珀と蘭のやり取りを眺めていた男性陣から声が上がる。
「うわぁ! 落ちちゃった!」
「おっと、それは大変だ――」
琥珀は後ろを振り向き、慌ててズボンを拾う蘭を見る。
その瞬間――
ブカブカの襟口から白い肌が見えた。
(………………メロンだ――)
白銀は息を呑んだ。
「蘭。――お前が俺と“一緒のサイズの寝間着が着たい”と言ったから、俺と同じ寸法で注文したが……」
「発注し直すか――?」
(これでは以前見たシャツ一枚の姿となんら変わらん――!)
「え!? い、イヤだぁぁぁ!!
採寸はもう懲り懲りだぁぁぁぁぁ!!」
蘭はしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。
しゃがみ込んだ衝撃で、襟口からは曲線がのぞいていた。
「龍也。これは何かしらの新しい趣向なのか――?」
蘭と白銀のやりとりを黙って見ていた清野が、ブランデーを傾けながら白銀に向き合う。
「どういう意味だ……」
「いや、これはなかなか前衛的だな、と思って――」
清野は琥珀の後に隠れる蘭に目配せをする。
「おい、義兄上! 蘭を見るな!」
白銀は蘭の前に立ち、清野の視界から蘭を隠す。
「――見るなと言われても、視界に入る」
「おや? 龍司もボクにキミの寝間着を着てほしいのかい?
――しょうがないから、今度着てあげるよ」
そう言いながら、琥珀は清野に近づいて行った。
「いや、そういうわけではないのだが――」
――すぱーん!
「はーい! お待たせしました!
おつまみ作ってきたよー!」
勢いよく襖が開かれ、名状しがたい空気をまとった部屋に元気よく飛び込む龍生。
龍生が目にしたのはダボダボの寝間着を着て何かを叫ぶ蘭。
そんな蘭を上から見下ろし、固まる白銀。
清野の隣に座り、清野の持つブランデーを清野の腕ごと奪って飲もうとする琥珀。
(……ボクがおつまみ作ってる間に何があった!?)
「…………見なかったことにしますね――。
また来まーす」
――すー。
龍生は何ごともなかったかのように、襖を閉めた。
ご覧いただきありがとうございます!
琥珀お義姉様の恐怖の風呂場セクハラ(笑)&耳朶いじりに悲鳴を上げつつ、湯上がり後にデパートから届いたのは……以前大将がデパートで注文していた「お揃いの純白シルク寝間着」!
ブカブカの寝間着を必死で押さえるものの、ズボンがずり落ちてブカブカの襟口から覗く姿に「……メロンだ――」と心の声で絶句する大将と、気まずい空気にそっと襖を閉める龍生副官の姿、いかがでしたか?笑
【★次回予告★】
第32話『深紅の振袖と麻布の戦場』!
顔合わせ当日の朝、ベッドの中で琥珀お義姉様に抱きつかれ、まさかの「朝の接吻(口吸い)」を迫られて涙目で助けを呼ぶ蘭ちゃん!
扉を蹴破って救出した大将でしたが、今度は朝食のサンドイッチを巡って「朝からお熱いアクシデント」が発生して……!?
そして出かける直前、琥珀お義姉様の手によってプロデュースされた蘭ちゃんの「本気のお召し物姿」に、白銀大将が呼吸の仕方を忘れて完全に沈黙!?
ついに到着した麻布の巨大な白銀侯爵家本邸。
「何があっても俺がお前を守る」と手を重ねる大将と共に、ついに決戦の地(本家)へ踏み出す――!
「お義姉様の口吸い未遂に早く読みたい!」「大将が固まるほどの蘭ちゃんの姿が気になる!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




