第二十九話 モダンガールと閣下の焦燥
「……遅い! 遅すぎる!!」
ノワールで清野と刻藤に愚痴を聞いてもらいながら蘭を待っている白銀の我慢が限界に近づいてきた。
「おい! 姉上はいつまで蘭を独占するつもりだ!」
「独占って、蘭ちゃんはまだ誰のモノでもないでしょ?」
刻藤が珈琲のおかわりを注ぎながら嗜める。
「いや、蘭は俺のだ! 他の誰にも渡さない……!」
「やれやれ、これは重症なことで……」
清野と刻藤はお互いに目を合わせ、溜息をついた。
「……琥珀を止められなかった私にも責任はあるが――」
「いや、龍司。
ああなった琥珀ちゃんは誰にも止められない――」
「……………………。
買い物が終わったら、蘭と昼食を食べる予定だったんだ――」
白銀がポツリと話し始める。
「……アイツは、銀座に着いてからずっと俺の顔を見ていた――」
「きっと、腹が空いているのを伝えたかったに違いない――!!」
白銀は拳を握り自分の膝に叩きつける。
「俺としたことが判断を誤ってしまったのだ……」
「なぜ! 買い物に行く前にメシを食わせてやらなかった……!!」
清野と刻藤が再び顔を見合わせる。
「アイツは……、蘭は今頃腹をすかせて泣いているに違いない――」
「俺は……、自分が不甲斐ないのだ!!」
(龍ヶ崎少尉/蘭ちゃんって、龍也の愛玩動物か何かだったのか……?)
「まぁまぁ、もうお昼時は過ぎちゃったけど、今からなら夕飯は一緒に食べられるんじゃないの?」
刻藤が明るく言ってのける。
「なんだったらさ、蘭ちゃんが好きなもの、なんでも俺が作ってあげるよ!
で、蘭ちゃんが好きな食べ物って何?」
「好きな……、食べ物……」
白銀の表情が見る見る曇っていく。
「……どうした、龍也?」
清野が声を掛ける。
「お、俺は――、蘭の好物も把握していなかった……!!
なんというか失態だ――! 俺は、蘭の得意料理は知っていても、好きな食べ物まで把握していなかった……!!」
「………………」
「私の見立てでは、龍ヶ崎少尉は“スイーツ”が好きそうに見えたが――違うのか?」
「俺もそれ思ったよ! だって蘭ちゃんがスイーツ食べる時の表情、全然違うんだもん」
清野と刻藤の慰めも虚しく、白銀は肩を震わせ始めた。
「おい、義兄上。姉上が贔屓にしている洋品店を教えてくれないか!?」
「……は? なぜ?」
「……片っ端から当たって、蘭に好物を聞いてくる……!!」
「おいおい龍也――」
――カラン、カラン。
「やぁやぁ、待たせたね。諸君」
ノワールの扉が開く音――。
その音と共にノワールへ入ってきたのは、ピンクのワンピースとクロッシェ帽を被った淑女と、芥子色に黒いベルトをつけた令嬢。
二人のモダンガールだった――。
「遅いぞ、姉上!!」
白銀は入り口を見るやいなや言葉を失った。
「………………………………」
「どうしたんだい? 龍也?」
「ボクたちに、
――見惚れているのかい?」
白銀に続き、刻藤がモダンガールたちを迎え入れる。
「いらっしゃい、琥珀ちゃんと――
おやおや、これはこれは凄く可愛いモダンガールだね?」
「ふふん。ボクの自信作の一つさ!」
琥珀は、まるで自分が褒められているかのように自信満々に“作品”を披露する。
「…………あの、変じゃない、かな……?」
蘭はおずおずと、上目遣いで白銀を見つめていた。
「……………………蘭。
悔しいが、とてもよく似合っている――」
「……悔しい?」
(俺が選んだ“ハイカラさん”も帝都一と言っていいほど可憐でよく似合っていた)
(だが、今目の前にいるモダンガールはどうだ!?
……蘭がこの格好で街中を歩いたら、他のモダンガールたちが霞んでしまう……)
(認めたくないが、姉上の選んだ洋服が、蘭本来の輝きを何倍にもしている――!)
白銀は蘭の右手を持ち、跪く。
先程まで「蘭に好物を聞きに行く」だのと騒いでいた人物には到底思えないほど、落ち着いていた。
清野と刻藤が肩をすくめる。
「……蘭、姉上にひどい目に合わされなかったか?
それに、腹が減っただろう?
食べたいモノがあるなら言ってみろ。龍一郎がなんでも作ってくれるそうだぞ?」
「りゅう……、白銀――」
「蘭。別に名前で呼んでも構わんのだぞ?」
白銀がからかうように、目を細める。
「……っ! な、なんて呼ぼうが、オレの勝手だろ!」
蘭は「フン!」と白銀から目線を逸らした。
「……蘭」
――ぐぅぅぅぅ~。
その時、間抜けな音がノワールに響く。
(琥珀お義姉様と一緒にいた時は緊張して全然お腹空かなかったのに……!!)
(くそっ、龍也の顔見たら急に腹減ってきたぞ――)
「…………ははは。蘭、まずは食事にしよう――」
白銀は立ち上がり、蘭をテーブルまでエスコートする。
「姉上も、その後できっちり話したいことがある」
「おやおや、蘭を素敵なモダンガールにしたお礼かな? いいよ、そんなの。ボクも楽しかったし」
「――琥珀」
琥珀の言葉を清野の声が遮る。
「おや? 龍司、まだいたんだね?」
「まだいたではない。
まずは公用車を私的に使った言い訳を聞こうじゃないか――」
「………………テヘ☆」
琥珀は片目をつぶり、舌を出した。
「――そんなかわいいフリをしてもダメだ。
まずはこっちにこい――」
「はぁ~、龍司はお硬いね。
でも、そういうところも面白いよ」
琥珀が龍司の隣に座る。
「で、蘭? 何が食べたいんだ?」
「えっと……」
蘭は顔を真っ赤にして言い淀む。
「本当に、……なんでもいいのか?」
「もちろん」
答えたのはノワールの店主・刻藤 龍一郎。
「俺に作れるモノなら、なんでも作ってあげるよ」
優しい墨色の瞳に、蘭の菫色の瞳が揺れる。
「実は……、ずっと食べたかったものがあるんだ――」
✕✕✕
しばらくして、カフェ・ノワールのテーブルの一角は茶色い料理で埋まっていた。
ポークカツレツ。
メンチカツ。
チキンカツ。
エビフライ。
カキフライ。
コロッケ。
ポテトフライ。
「うわぁ! オレ、一度でいいから揚げ物を大皿で食べてみたかったんだ!!」
蘭の菫色の瞳がキラキラと輝く。
(俺はなぜ『好物は何だ?』と聞かなかった!!)
(……それにしても、蘭の好物は『揚げ物』なのか……?
これは、明日以降肉と油を買い占める必要があるか――?)
「これだけの揚げ物、社交界でもなかなかお目にかかれない量だね――」
白銀の思考を他所に、さすがの琥珀もこの大盛りの揚げ物には若干引いていた。
「……胃もたれしそうだな……」
清野は自分の胃を押さえ始める。
「さぁ、遠慮せずにたんと食べてね!」
刻藤はドヤ顔で料理を運ぶ。
「ありがとう! 龍一郎さん!」
蘭は無邪気な笑顔を刻藤に向ける。
(なぜ、龍一郎は自然に名前で呼ばれている!?
これでは、俺の努力が報われんではないか――)
「……蘭。俺が食べやすいように切り分けてやる」
「え? 自分でするからやらなくても――」
「龍ヶ崎少尉。やらせてやれ――。
アレは相当焦っていると見える――」
「……清野閣下がおっしゃるなら――」
蘭は諦めて、全てを白銀に任せることにした。
白銀はポークカツレツを小皿に取り分ける。
そして、綺麗な手つきで一口大に切り分けていった。
「蘭。口を開けろ――」
「え! さすがに自分で食べる!」
「いや、社交界のマナーでは切り分けた者が最後まで責任を持って料理を相手の口に運ばなければならないというルールがある」
「え! そうなのか……」
「ルールならしょうがないか――」
蘭は「あーん」と口を開ける。
白銀がカツレツを蘭の口に運ぶ。
――サクッ!
サクサクの衣が蘭の口の中で弾ける。
「――うまい!!」
蘭がとろけるような笑顔を浮かべるのであった。
「……それはそれとして、ウソはいけないな。龍也――」
蘭が白銀に餌付けされている横で、清野が溜息混じりに呟く。
「まあまあ、いいじゃないか。
我が弟の、あんな幸せそうな顔、ボクは見たことないんだから――」
「……真実を教えるのは、また今度でもいいのさ」
琥珀はチキンカツを切り分け、自分の口に運ぶ。
「……琥珀。そんなこと言って、ただ面白がってるだけだろう――」
琥珀は清野に向かい、再度片目をつぶり、舌を出すのであった。
ご覧いただきありがとうございます!
琥珀お義姉様によって可憐なモダンガールへと変身を遂げた蘭ちゃん!
言葉を失って見惚れ、思わず跪いてしまう白銀大将でしたが、ノワールでは自分の「重大な失態(好きなものを把握していなかった)」に勝手に打ちひしがれる重症ぶりが炸裂!笑
さらに大盛りの揚げ物(カツレツ祭)を前に、「社交界のマナーだ」と堂々と嘘をついてカツレツをあーんする図々しさと、素直に信じてとろける蘭ちゃんの攻防いかがだったでしょうか?
(カッコいい大将を期待されていた方、ポンコツ全開ですみませんでした!笑)
【★次回予告★】
第30話『顔合わせ前夜の大騒動』!
美味しいカツレツ祭りの後、ノワールで出された「ある果物」を巡って、琥珀お義姉様の意味深すぎる発言に白銀大将が再び思考停止……!?
さらに白銀邸へ帰宅すると、山のような荷物とモダンガール姿の蘭ちゃんを見た龍生副官が「蘭ちゃんという婚約者がいながら浮気なんて最低だ!」と大将に大激怒の勘違い!
そこへ琥珀お義姉様と清野閣下も乱入し、急遽白銀邸でのお泊まり会(?)が決定!?
明日の本家顔合わせを前に、「蘭と一緒にお風呂に入る!」と言い出す琥珀お義姉様に、男たちが大パニックを起こす前夜祭をお楽しみに!
「モダンガールの蘭ちゃん可愛すぎる!」「龍生副官の勘違いと琥珀お義姉様の暴走が最高!」と思ってくださったら、下にある【ブックマーク】や【星の評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!




