第二十六話 そういうことじゃねぇだろ!
龍生の叫びが白銀邸に響き渡る。
「せ、説明を――!」
龍生は白銀を見やる。
「説明など必要ない。
蘭は俺の婚約者だ――」
「いやいや、それ説明になってないから!」
龍生は蘭に視線を移す。
蘭は耳を押さえたまま、顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
「まだ食べられたくない! 食べられたくない! 食べられたくない!」
「“食べられたくない”ってどういう意味!?
龍也、蘭ちゃんを食事的な意味で食べようとしてるの!?」
「……そんなわけないだろう」
「だ、だよね……?」
(でも、蘭ちゃんのあの震えよう……。蘭ちゃんは何か勘違いしている……?)
「蘭――。そんなところで震えていないで俺の隣に来い」
「ひぃ! ここで食べるのか!?」
「食べるわけないだろう――」
「で、でも白銀、昨日『いつかは食べたい』って……」
白銀は自分の眉間を親指と人差し指で摘んだ。
「え! 食べたいってそっちの意味!?」
龍生は白銀をニヤニヤ見つめる。
「稜……。この話はしまいだ」
白銀は溜息をつく。
「蘭、俺の隣に来て酌をしてくれ――。
酌が終わったら、一緒に夕飯を食べるぞ、分かったか?」
「お、おお……」
蘭はおずおずと白銀の隣に座り、空になった盃に日本酒を注ぐ。
「蘭ちゃん、申し訳ないけど僕にもちょうだいな!」
「あぁ――」
龍生が元気よく盃を掲げた。
白銀のお酌が終わると、蘭は白銀の隣から身を乗り出し、龍生の盃に酒を注ぐ。
トトト――と見かけによらず豪快なお酌に、龍生は蘭をからかう。
「そういえばさ、蘭ちゃんはお酒飲めるの?」
「え? いや、オレはまだ十六だからお酒は飲めない」
「へぇ~〜。未成年か!
龍也も隅に置けないね!」
龍生が白銀をツンツンと肘でつつく。
「……やめろ」
白銀は嫌そうな顔で龍生の手を払いのける。
「僕と龍也は二十四だから、お酒は飲めるよ!
あと四年かぁ〜。四年後に一緒に飲もうね!」
「あははは……」
愛想笑いをする蘭。
(四年後……、つまりオレが二十歳なわけだが、その頃オレは、白銀とどうなってるんだ……!?)
二人分のお酌が終わり、蘭は自分の分の肉じゃがをよそう。
目の前には白米と、味噌汁を並べる。
「……じゃあ、改めまして――カンパイ!」
龍生と白銀が盃を掲げる。
蘭も見様見真似でお茶を掲げる。
三人はようやく、蘭お手製の夕飯にありつくのだ。
「――っはぁ〜! かわいい女の子についでもらうお酒はうまいね!」
「ははは、そりゃどうも――」
蘭は酒の代わりにお茶をすすった。
「どれどれ、蘭ちゃんの肉じゃがいただくね」
「お、おお」
龍生がジャガイモと肉を口に運ぶ。
蘭はドキドキしながら、その様子を見守っていた。
「う〜〜〜ん! おいしい!
前も言ったけど、やっぱり蘭ちゃんいいお嫁さんになるね!」
ニコニコしながら次々と蘭の料理を口に運ぶ龍生に、蘭は胸を撫でおろす。
横目で黙々と肉を食べている白銀の姿を確認し、蘭はようやく箸を持った。
「じゃあオレも――――」
――パクっ!
「ん〜〜! 我ながらうまくできたな!」
蘭は自画自賛しつつ、どんどん食べ進めて行った。
夕飯を食べる白銀と蘭の姿を交互に見る龍生。
(二人とも、同じ動きしてるな――)
白銀が白米を食べるタイミングで、蘭も白米を食べ、蘭が味噌汁をすするタイミングで白銀も味噌汁をすする。
(わざと合わせているのかな? それとも、偶然……?)
「なんかさ、さっきから二人とも同じ動きしてない?」
「なっ! 何を言っているんだ龍生副官!
オレと白銀が同じ動きをしているわけないだろ――?」
蘭が抗議の声を上げると同時に、白銀も動きをとめた。
(……そういうところが同じ動きなんだけど――)
(まぁいいや!)
「なんかさ、蘭ちゃんって龍也の婚約者っていうより、仲のいい『弟』みたいに見えるね!」
なんの気なしに発言した龍生の言葉に、白銀は眉をしかめる。
(……蘭が俺の『弟』……だと?)
「稜。亜嵐ならいざ知らず、今の蘭のどこが『弟』に見えるのだ?」
「え? 蘭ちゃんはかわいいんだけど、雰囲気? が『弟』っぽいかなーって思っただけだよ」
「………………お前は本当の蘭を知らんからそんなことが言えるのだ――」
白銀は無意識に蘭の秘められた胸元に視線を落とす。
「本当の蘭ちゃん?」
「……なに意味分からんことを言ってるんだ! 白銀」
蘭は白銀を睨みつける。
「オレは『弟』でもいいんだけど――」
「よくない」
速答だった。
「龍也がそんなに感情剥き出しにするの珍しいね!」
龍生は漬物をポリポリ食べながら微笑むのであった。
✕✕✕
夕飯も食べ終わり、白銀と龍生は酒をちびちび飲み、蘭は龍生がつまみとして買ってきたビスケットや千代古令糖をモグモグ食べていた。
「そう言えばさ、言い忘れてたことを思い出した!」
「言い忘れてたこと?」
ビスケットをかじりながら蘭が首を傾げる。
「うん、実はさ、父上から電話あったんだよ」
「……征十郎からか?」
白銀は盃から顔を上げる。
「うん。なんかさー、龍之介様と瑠璃様が蘭ちゃんに会いたがってるんだってー」
「りゅうのすけ、様? るり……様?」
「あー、龍之介様は龍也の父君で瑠璃様が母君ね!」
「なっ! 白銀侯爵様とそのご夫人ってことか!」
「……“元”だがな。今は俺が家督をついでいる」
「そ、そうか。
でも、その白銀のお父上とお母上がオレに会いたい……と――」
「まぁ、当然だな――」
白銀は涼しい顔をして、再び盃をあおる。
「俺は父上にも母上にも、なんの相談もせずにお前との縁談を進めたからな……」
「そのおかげで僕が大変な目にあったんだけどね!!」
龍生が間髪入れずにツッコむ。
「ちょっ……、白銀お前、何勝手に縁談進めてんだよ! 普通は順序ってもんがあるだろ! 順序ってものが!!」
「……では明日、本家に顔を見せに行くか……?」
「あ、明日!? ぐ、軍はどうすんだよ!! それに急に来られたって先方も困るだろうし、オレだってそんな服持ってないぞ!?」
「あれか!? 見合いの時に来てた振り袖着ればいいのか!?」
大混乱の蘭を前に、白銀は口元を上げる。
「……冗談だ――」
「おまっ、オレをからかったのか!!」
「あははは、蘭ちゃん落ち着いて!
大丈夫! 顔合わせは日曜日ってことになってるから!」
龍生はトンっと、自分の胸を叩く。
「は、はぁぁぁあ!? 日曜日って! 今日水曜日だぞ!? あと四日しかないじゃないか!!」
「なに勝手に決めてんだよ!! 白銀からも何か言えよ!!」
「…………日曜か。だったら土曜に銀座にでも行くか――」
「いや、そういうことじゃねぇだろぉぉぉぉぉ!!」
ご覧いただきありがとうございます!
3人で囲む賑やかな肉じゃが(甘煮)の夕飯……と思いきや、龍生副官からとんでもない爆弾が落とされてしまいました笑
個人のお気に入りポイントは、ラストの蘭ちゃんの叫び「いや、そういうことじゃねぇだろぉぉぉぉぉ!!」と、修修羅場(?)の横でマイペースに「漬物をポリポリ」食べている龍生副官の温度差です笑
【★次回予告★】
第27話『侯爵閣下のお見立て』!
突然決まってしまった、日曜日の元侯爵ご夫妻との顔合わせ。
「回覧板の出し忘れで軍人人生終了だ……!」と一人で勝手に勘違いして震える蘭ちゃんでしたが、大将の「職権乱用視察」という体で、急遽土曜日の銀座デート(お買い物)へ出かけることに!
お出かけ前、実家から持ってきた着物ではなく大将から与えられた薄紫色の着物にお着替えした蘭ちゃん。
なんと明日の顔合わせに備えてサラシを外し、本来の女性らしいシルエットで現れた蘭ちゃんに、白銀大将がまさかの思考停止……!?
「あまりの美しさに見惚れていた……」
本気すぎる大将の言葉と、ハイカラさんスタイルで銀座へと繰り出す二人の甘いお買い物回をお楽しみに!
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